ユグドラシルの守人
ウォンドの町を包み込む森林地帯、その中心にそびえ立つ伝説の巨樹・ユグドラシル。
その遥か高み、雲を突き抜けた頂上に二つの影があった。
「久しぶりですね、精霊王様」
優しげな声をかけたのは、一人の男だった。切れ長の細い目、流れるような長い青い髪、そして特徴的な長い耳。その姿はどこかアリスを彷彿とさせた。
「ここは変わらんな。相変わらずイリスの手足となって働いているようだな、ギリス」
オウが冷ややかに応じる。ギリスと呼ばれた男は、困ったように笑った。
「ははは。今はそんなことありませんよ。ただ、これが私の仕事ですから。姉さんのように逃げるわけにはいかないですしね」
ギリスは少し言葉を切ると、楽しげに続けた。
「イリス様に聞きましたよ。あなたほどの方が、召喚された異世界人の下僕になっているとか?」
「ふん。我は己の心に従って生きておるだけだ」
「『間違えて連れてきちゃったバグが邪魔をする』って、散々愚痴られましたよ」
ギリスが後頭部をさすりながら苦笑する。
「バグか……確かにそうかもな。だが、それが良いのだ。我が主様はな」
自信たっぷりに言い切るオウに、ギリスは細い目を少しだけ開いた。
「随分お気に入りのようですね。……手を貸さなくていいんですか? あれは私たちでも手を焼く代物ですよ」
「お前が放っているからあんなものが生まれるのだ。やる気になれば誕生すらさせなかっただろうに」
「別にイリス様に言われて放置してるわけじゃないですからね?」
ギリスの言葉を鼻で笑い、オウは戦場を見下ろした。
「我が主が、魔神ごときに遅れをとることなどない。アリスもな」
「姉さんの末裔ですか……イリス様が随分と気に入っていたなぁ」
「あの暇人が。……まあ見ておれ。主の力をな」
場面転換:ウォンド北側の森の奥
「奏多ァァァァ!!」
アリスの悲鳴がこだまする。
奏多は「グブッ」と大量の血を吐き出し、己の胸を見下ろした。そこからは、魔神と化したサイクロプスロードの青白い腕が、非情にも背後から突き抜けていた。
「これで生きてるんだ? すごいね」
感情を排した声で、魔神が淡々と囁く。
「あなた……! 絶対に許さない……!」
怒りに我を忘れたアリスが駆け寄ろうとするが、奏多は鋭い視線でそれを制した。
(奏多……笑ってるの?)
アリスが息を呑む。
奏多は血塗れの口元で、ニッと不敵に歯を見せた。
「――スキル、『超速再生』」
短く呟くと同時に、後ろの魔神を思い切り蹴り飛ばした。
ズボォッ! と腕が引き抜かれた瞬間、奏多の胸に空いた巨大な風穴が、シュウシュウと音を立てて一瞬で塞がっていく。
「うおっ……」
後ろに飛ばされ、たじろぐ魔神。奏多はそのまま間髪入れずに言葉を重ねた。
「スキル、『神力創造』」
――キィィィィィィィン!!
奏多の持つ刀が、眩い光を放つ。
しかし、その光が収まった時、刀はいつもの金色ではなく、何の変哲もない「漆黒」の刀へと姿を変えていた。
奏多は静かに、まるで刃についた露を払うかのような動作で、スッと斜めに刀を振り抜いた。
「君は……何者……なん……」
魔神が最後まで言葉を紡ぐことはなかった。その体は「つー」と斜めにズレ、重力に従って地面へと滑り落ちる。
どしゃっ、と肉の塊が落ちて動かなくなった。
「はぁ……はぁ……」
直後、奏多の膝がガクリと折れる。
「奏多っ!」
アリスが必死に駆け寄ると、奏多は荒い呼吸のまま、笑顔で顔を上げた。
「新しいスキル……これは、きっついな……」
アリスは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「本当に、規格外なんですから!」
二人はその後、何とかギルドへと戻った。
ギルド内では、ダウラたちやレトルから報告を受けたガイが緊急警報を発令しており、物々しい空気に包まれていた。
残っていたのは、心配そうに待っていたダウラたち一行とレトル、そしてグランドマスターのガイ。カインたちも少し冷静さを取り戻してそこにいた。
ちなみに、ギガスのジリアンは「割に合わねえ」といの一番に逃げ出したらしい。
奏多は、サイクロプスロードが進化して魔神となったこと。そして、神力のことは伏せつつ、アリスと二人で死闘の末に討伐したことを報告した。
「本当に二人で倒したのか……?」
ガイは疑わしげな視線を向けたが、ダウラたちが「こいつらの実力は本物だ!」と熱く語ってくれたおかげで、なんとか信じてもらえた。
こうして、ウォンドを揺るがしたサイクロプスロード討伐依頼は、幕を閉じたのである。




