絶望の巨躯
ギルドの重厚な扉を押し開け外に出ると、ダウラに声をかけられる。
「アリスティ!俺たちと支部まで行こうぜ!」
奏多は足を止め、少し考えた。
「別にいいが、俺たちは準備もしないからこのまま行くぞ? それでもいいのか?」
「おう、もちろん!俺たちも準備なんてねえから大丈夫だ」
ダウラは白い歯を見せて笑う。こうして二つのチームは、街の最北端に位置する支部まで連れ立って歩くことになった。
道中、二つのパーティは互いのことを語り合った。
ダウラたち『バーニングハート』は、血の繋がった三兄妹で組まれたパーティだった。槍使いのダウラが先陣を切るアタッカー、次女のアウラが支援魔法でバックアップし、長男のロウラが巨大な盾斧を構えて敵を食い止める。10歳の頃から冒険者を続けているベテランパーティだった。
「ロード級の討伐は今回が初めてなんだ。いやぁ、楽しみで仕方ねえよ!」
少年のように目を輝かせて語るダウラに、奏多たちは苦笑いする。自分たちの素性を明かすわけにはいかないため、「アクエリア近くの島で育った」という設定で話を合わせた。
同じ槍使いであるダウラとレトルは特に気が合ったようで、「依頼が終わったら一緒に飲みに行こうぜ!」と肩を叩き合い、楽しげに笑い声を響かせていた。
支部に到着すると、集合までまだ一時間あるというのに、ロイヤルアインシアの面々はすでに到着していた。
(また喧嘩になりそうだな……)
そう察した奏多とアウラは、無言のうちに結託した。アウラがダウラの手を引き、奏多がアリスを促して、カインたちから最も遠い席へと座らせる。ロイヤルアインシア側も、その意図を察したのか、先ほどのように突っかかってくることはなかった。
一時間後。重厚な足音と共に、ギルド職員を従えたガイが現れた。
「……全員集まっていないようだが?」
ガイが不機嫌そうに口を開いた、その時だった。
――バタン!!
扉が勢いよく蹴破られ、一人の男が踏み込んできた。『ギガス』のメンバーだ。その男は、片手でぐったりとうなだれる女性の髪を掴み、そのまま床を引きずっていた。
男は近くの椅子にどっかと座ると、後ろからついてきた仲間のメンバーに、まるで荷物のように女性を投げつける。
「すまねえな! 待たせちまって! こっちの方が少し熱くなっちまってよぉ!」
男は下卑た笑い声を上げる。その光景に、アリスが激しい怒りを露わにした。
「なんなんですか! あの人……!」
ガイはそんなギガスの横暴を一瞥したが、深追いはしなかった。
「何をしていても構わぬが、時間は守れ。ジリアンよ」
ジリアンと呼ばれたリーダー格の男は、ニヤニヤと笑いながら「へいへい」と軽く頭を下げた。
「よし。では今から作戦を伝える」
ガイが地図を広げる。
「ここからさらに北、およそ30キロ先にサイクロプスロードが迫っている。時速はおよそ1キロ。極めて遅い進行だが、周囲には大量の魔物が溢れ出している。そいつらは今、他の冒険者が食い止めている最中だ。貴様らは、余計な雑魚には目もくれず、サイクロプスロードのみを狙え。以上だ」
「は? 作戦ってそれだけか?」
奏多が思わず聞き返す。あまりに大雑把な内容に呆れたのだ。
「フン! 貴様らはそこで見ていればいいということだ。首を取るのは我々ロイヤルアインシアだからな!」
カインが勝ち誇ったように言い放ち、「行くぞ!」と仲間に号令をかけてすぐに出発してしまった。
「あー、動いた後は腹が減るなあ。先に腹ごしらえしとくかー」
ジリアンたちはその場で飯を食い始める始末。それを見たダウラが奏多に向き直る。
「奏多! 俺たちも行くぞ!」
「そうだな」
二つのパーティは、足早に支部を後にした。
支部の二階には、入り口とは逆方向、森へと通じる階段がある。そこに出た瞬間、一行は足を止めた。
視界の先、遠く離れた森の向こうに、山の如き巨大な正体がそびえ立っていた。
「あれが……サイクロプスロード……」
レトルが呆然と立ち尽くす。
「ああ、怖いよな、兄弟?」
ダウラがレトルの肩に手を置いて話しかけるが、レトルはその横顔を見て顔を引きつらせた。
「……いや、お前、全然怖がってないじゃん」
「ほら! あんたたち、さっさと行くよ!」
後ろからアウラの叱咤が飛ぶ。
「あれが魔物だなんて……。信じられません……」
あまりの巨大さに圧倒されるアリス。すると、ロウラがそっと彼女の横に立った。
「俺が……守る!」
「は、はい! ありがとうございます!」
突然のロウラの宣言に、アリスはびっくりしながらも丁寧に礼を言う。そんな仲間たちの様子を見て、奏多はぐっと拳を握り、気合を入れた。
「よし! 行こう!」
目的地までの半分ほどの距離を走った頃だろうか。周囲に他の冒険者たちの姿がちらほらと見え始めた。
彼らは、ダウラの首にかかった「金色のプレート」を目にすると、自分たちの戦いを止めてまで声を上げる。
「いけえええ! S級様だ!」
「頼んだぞ!」
ダウラは走るスピードを落とさず、そいつらに大きく手を振りながら突き進む。
次第に、地響きが近づいてきた。
ズシン……ズシン……
一歩、また一歩。奴が歩くたびに地鳴りのような音が響き、大地がグラグラと揺れる。周囲では他の魔物が走り回る音や、冒険者たちが上げる叫び声が絶え間なく聞こえてくる。
「そろそろだな」
奏多が短く言う。
「だな」
ダウラが槍を握り直す。
そして、その時だった。
「う、うわああああああ!」
絶叫を上げながら、全速力でこちらへ走ってくる集団がいた。
「お? あいつらって……」
ダウラが目を細める。
「カインね」
アウラが冷ややかに言った。
ロイヤルアインシアのリーダー、カインは仲間と共に必死の形相で駆けてくる。奏多たちの前で立ち止まると、ズレた金縁眼鏡を直そうともせず、焦燥しきった声で叫んだ。
「お、おい! お前らも早く逃げろ! あいつは……あいつは俺たちの手に負える相手じゃない!」
「ど、どうしたんですか?」
アリスが尋ねると、カインはガタガタと震えながら答えた。
「あいつ……俺たちの攻撃が全く効かなかったんだ。普通のサイクロプスなら簡単に切り伏せられるはずの攻撃が、傷一つつけられなかった! しかも……あいつ……笑ったんだ。俺たちが焦る顔を見て、ニタァと笑いやがったんだ! もう行くぞ!!」
カインはそれだけ言い残すと、蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
「笑う? 知能が高いのか……」
奏多が呟く。
「とにかく、俺たちは向かうぞ!」
ダウラの掛け声と共に、一行は再び駆け出した。
目の前に現れたサイクロプスロードは、近くで見るともはや「壁」だった。顔の中央にある巨大な単眼が、ギョロリと動き、奏多たちを捉える。そして、奴は口を大きく開け、不気味に「ニタァ」と笑った。
「見つかったな」
「だけど動きは変わらねえ。相手にすらされてねえってのか!」
ダウラが叫ぶ。「アウラ!」
「わかってるわよ! ――水の精霊よ、我願うことを叶えたまえ! レインニードル!!」
アウラが杖を天に掲げて詠唱する。すると空中に巨大な魔法陣が展開され、そこから無数の、鋭く尖った雹が降り注いだ。
その一つひとつが矢のような速度で、サイクロプスロードの巨躯に直撃する。
「なんか、いつもより強くないか?」
ダウラの問いに、アウラが答える。
「ここはマナの量が潤沢だから。魔法の威力が底上げされてるんだよ!」
その威力には、普段からクルスの魔法を見ている奏多たちですら少し驚くほどだった。
飛び散った雹が、凄まじい水飛沫となって周囲を霧のように包み込む。
だが次の瞬間、その白い霧を無造作に突き破って、巨大な影が踏み出してきた。
「なっ……!」
アウラの顔が驚愕に染まる。
霧の中から姿を現したサイクロプスロードは、全くの無傷。それどころか、歩くペースすら一切乱さずに前進を続けていた。
「あの魔法が効いてないなんて……」
レトルが息を呑む。
「これは……」
奏多が刀の柄に手をかけた。
だが、そんな絶望的な光景を前にして、ダウラだけは不敵に口角を上げた。
「ああ……最高だ。これこそ俺が求めていた戦場だぜ!」
休みだから結構長め




