女神アリスティ
夜の帳が下りると、昼間の静寂が嘘のように廃塔が怪しく光り出した。
見張り台には松明を持った盗賊たちが立ち、塔の内部からは下卑た笑い声や怒鳴り声が風に乗って聞こえてくる。
「騒がしくなってきたな」
遠方の茂みから、奏多が静かに呟いた。
「盗賊って夜型なんですかねぇ。不健康ですね」
横で一緒に観察していたアリスが、呆れたように肩をすくめる。
それを聞いて黙れ二日酔い!と心の中でツッコミを入れる奏多。
そこへ、獣人の姿で周囲を偵察していたレトルが音もなく戻ってきた。
「あいつら、結構な数だぞ。外に20人、中は正確にはわからないがその倍はいるかもしれない」
「わかった。ありがとう、レトル」
今回の条件は「一人も逃がさないこと」。奏多は慎重に作戦を練っていた。
「周辺に伏兵は?」
「いや、誰もいない。あいつらは塔の中に固まってる」
「なら、今だな。……レトル、いけるか?」
「ああ、いつでも!」
奏多が短く頷く。
「よし。アリス、10秒後に結界を頼む。……行くぞ!」
奏多とレトルが影のように塔へ向かって疾走する。ちょうど10秒後、二人が塔の敷地に足を踏み入れた瞬間、塔の周囲を包み込むように巨大な光の壁が出現した。
「な、なんだ!? 何が起きた!」
ざわめく盗賊たちの声を置き去りに、奏多とレトルは散開。
「うっ!」「がはっ!」
闇の中から放たれる一撃に、外の見張りたちは声を上げる暇もなく次々と崩れ落ちていく。
「外は全滅。あとは中だ」
奏多が正面の重い扉を蹴破る。
「……っ!」
中に広がっていたのは、見るに堪えない光景だった。泣き叫ぶ女性たちを娯楽としてなぶり、下卑た笑いを浮かべる盗賊団。
「なんだぁてめえ……は……?」
犯行の最中だったボスの男が振り返りかけたが、その時にはすでに奏多が背後に回っていた。
「眠ってろ」
トン、と首筋を打つだけで男を無力化し、周囲の残党もレトルが瞬く間に制圧した。
「大丈夫か? これで体を隠せ」
奏多が自分の上着を脱ぎ、震える女性に手渡す。
「あ、ありがとうございます……」
地下牢に閉じ込められていた者たちも全員救出し、盗賊団を芋蔓式に確保して、依頼は完璧に達成された。
この一件を境に、アリスティの快進撃は止まらなくなった。
破竹の勢いで高難度依頼をこなし続ける彼らは、いつしかギルドで奇妙な「二つ名」で呼ばれるようになっていた。
「おっ! 『女神アリスティ』のお出ましじゃねえか!」
ギルドに入った瞬間、馴染みの冒険者たちが囃し立てる。
「……お前らなぁ、その呼び方やめろよ」
奏多が半眼で睨みつけるが、冒険者はガハハと笑い飛ばした。
「いいじゃねえか! この町初のS級パーティ様なんだからよ!」
そう、短期間で数々の奇跡的な戦果を挙げた彼らは、異例のスピードでS級に昇格していた。依頼人への誠実な接し方、そしてアリスの神秘的な容姿から、いつしかパーティ名は「女神アリスティ」という響きで町中に広まっていたのだ。
「パーティ名っぽくないよね、それ」
レトルが苦笑いし、アリスも不服そうに頬を膨らませる。
「私が女神なんて、おこがましいというか……なんか嫌です」
そのまま三人が受付に向かうと、受付嬢もニヤリと笑った。
「あら、女神アリスティの皆さんじゃない。……話は変わるけど、指名依頼が来てるわよ」
「指名?」
「巨大な魔物、サイクロプスの討伐よ」
「サイクロプス? 確かに上位だけど、わざわざS級に指名するほどか?」
奏多が首を傾げる。サイクロプスなら以前も倒したことがある。
「実はね、ただのサイクロプスじゃないの。『サイクロプスロード』よ」
アリスが息を呑む。
「アインシアの西に広がる森に突如現れたそいつは、現在、王都に向けて進行中。各地のS級冒険者に緊急招集がかかっているわ。今回は他パーティとの『合同討伐』になるわね。強制じゃないけど、どうする?」
「……受けるよ。放置して王都が壊滅したら、また面倒なことになるからな」
脇の二人も静かに頷く。
「そう。出発は今日の昼よ。西の町ウォンドまで約二週間。しっかり準備しておきなさい」
こうして奏多たちは、初めての合同依頼、そして王都を揺るがす巨大な脅威へと立ち向かうことになった。




