初めての討伐依頼
「うう……気持ち悪いです……」
「もう飲めない……もう一生お酒は見たくない……」
ガタガタと激しく揺れる荷馬車の荷台。アリスとレトルは完全にノックアウトされ、無惨に潰れていた。それを通路側に座る奏多が、呆れ果てた様子で眺めている。
「お前ら、あんなに煽るからだぞ……」
「お客さん、頼むから荷台で吐かないでくれよ? 掃除が大変なんだ」
御者の男が不安そうに振り返る。
「……はは、すみません。気をつけさせます」
奏多は力なく答えた。
昨夜、ギルドでの熱烈な歓迎に応えて酔い潰れたアリスとレトル。奏多はそのまま二人を引きずるようにして、早朝の馬車に乗り込んだ。受けた依頼は「ゴブリンの討伐」。
駆け出しの冒険者は普通、薬草採取などの地味な仕事から始めるものだが、酔っ払ったアリスが「魔物の討伐なんて、あーたし達には楽勝ですよぉ!」と豪語し、強引にこの依頼を分捕ってきたのだ。
受付嬢には「本当に死ぬかもしれないんだよ?」と何度も念を押されたが、奏多としても腕試しのつもりでいたので、結局そのまま受けることにした。
――それから、揺られること五時間。
途中、レトルが数回リバースしかけたが、奏多が瞬時に魔法で消滅させて事なきを得た。
「着きましたよ、お客さん」
御者の声に顔を上げると、そこには目的地の村が広がっていた。
「ここが依頼のあった村か……」
「あまり活気が……ないですね……」
すっかりアルコールが抜けて回復したアリスが、奏多の隣から顔を出す。
「この辺りは最近魔物の襲撃が多くてね。若い衆や女子供は町に降りちまってるんだよ」
御者が寂しげに教えてくれた。魔物の襲撃――今回の依頼の元凶だ。
「よし、行くか」
奏多は荷台から飛び降り、いまだに顔色が青いレトルを引きずり出して村の中へと足を踏み入れた。
すぐに住民が気づき、奥から村長を呼んできた。
「ようこそ、アクエリアの冒険者様。わしが村長を務めております、ドアンと申します」
現れたドアン村長は、頬がこけ、まともに食事も摂っていないようだった。他の住民たちからも生気が感じられない。
「……依頼を受けました、『アリスティ』です」
パーティ名は昨日、適当に決めたものだ。ドアンは震える声で奏多に問いかけた。
「すみません、依頼を出しておいて何ですが……本当にこの報酬で受けてくださるのですか?」
この依頼、内容は「数不明のゴブリン討伐」で、報酬は二万アイン。
あとで聞いた話では、討伐依頼の相場は最低でも六万、数不明となれば二十万アインが妥当らしい。
「ああ、構わない。腕鳴らしのついでだ」
奏多が淡々と答えると、村長は涙を浮かべて深く頭を下げた。
「ありがとうございます……。この村は、以前からゴブリンの襲撃を受けておりました。奴らは徒党を組んで襲ってきますが、これまでは村の若い衆が追い払っていたのです。しかし、最近は数があまりに多く……。襲撃が続くうちに若い衆も村を見捨て、町へ逃げてしまいました。今ではもう、戦える者がいないのです……」
「そうか。じゃあ――」
奏多が言いかけた言葉を、アリスが遮った。
「村長さん! 私たちが、絶対にゴブリンたちを全員倒してきます!」
アリスの真っ直ぐな瞳と情熱に、村長は圧倒されたように「お、おお……」と声を漏らす。
「よし、じゃあ早速山に向かうか」
「長旅でしょうに、先に休まれてはいかがかな?」
村長の提案に、フラフラのレトルが食いつく。
「いいんですか!? じゃあ、お言葉に甘えて――」
「大丈夫です! 行きましょう奏多、レトル!」
アリスに首根っこを掴まれ、レトルは悲鳴を上げながら引きずられていった。
山へ向かう道中、一行は村の惨状を目の当たりにした。
畑は荒らされ、家屋の数棟は無惨に破壊されている。山の入り口に設けられていた防護柵も、粉々に粉砕されていた。
「ここからだな」
村の境界を越えた瞬間、アリスの空気が変わった。
「奏多……」
「ああ、気づいてる。見られてるな……それも、相当な数だ」
「なんだか、前もこんなことありましたよね。あの時はレトルはいませんでしたけど」
アリスが懐かしむように言う。
「今も同じようなもんだろ」
奏多は、壊れた柵に縋り付いて死にそうになっているレトルを一瞥した。「レトル、お前は少し休んでろ。……行くぞ、アリス!」
奏多とアリスが同時に駆け出す。
アリスが森へ向けて鋭い風魔法を放つと、隠れていた大量のゴブリンたちがたまらず空中に舞い上がった。
「今です!」
「おう! 最近覚えた新技を試させてもらう。――【マナ・キャノン】!」
奏多が周囲の濃厚なマナを一点に凝縮し、純粋なエネルギー弾として撃ち出した。
――ドォォォォン!!
着弾の瞬間、衝撃波が森を揺らし、浮き上がっていた五十体以上のゴブリンが一瞬で肉片へと変わった。
「周囲のマナをそのまま凝縮してぶっ放すなんて……相変わらずめちゃくちゃですね、奏多は」
「魔法を練るより早くて便利だろ?」
「普通、そんな効率の悪いこと思いついてもやりませんよ」
呆れるアリスに対し、奏多は周囲の気配を読み取っていた。
周囲に魔物の気配は消えた。しかし、奏多の表情は晴れない。
「討伐数は五十を超えたか。……だが、これだけの数が徒党を組んで里に降りてくるのは異常だな」
「ええ。まだまだ山の方に気配があります。何かが、彼らを追い出しているのかもしれません」
「……だな。少し警戒を強めていくぞ」
奏多たちは消えたゴブリンの群れの先、不気味に沈黙する山の深部へと視線を向けた。




