ドキドキの冒険者登録
「見えてきましたよ!」
アリスの弾んだ声に誘われ、奏多がキャビンの外へ顔を覗かせると、水平線の向こうにアインシア王国の活気ある港町が姿を現した。本来なら数ヶ月はかかるはずの過酷な航路。だが、奏多がスキルを駆使して造り上げた魔導船は、物理法則を置き去りにするほどのスピードで、わずか一週間という驚異的な速さで目的地へ到達してしまった。
「……じゃあ、あの辺に寄せるか」
隠蔽魔法で船の存在を周囲に悟らせぬまま、三人は音もなく入国を果たす。港の裏路地へと滑り込んだ彼らは、すぐさま変装の魔法を展開した。奏多はそのまま、アリスは特徴的な耳を消し、レトルは全身の獣人としての特徴を隠して人間の姿へと変わる。
「よし、早速この町のギルドに行ってみるか」
「ギルド登録かぁ……。ドキドキするね」
レトルが緊張した面持ちで頷く。一方、自由奔放な真なる魔王はすでに別のものに心を奪われていた。
「奏多ー! これ見てください! すごく美味しそうです!」
アリスは港の屋台から漂う香ばしい匂いに目を輝かせ、奏多の制止を待たずに駆け寄る。
「はぁ……。おい、アリス!」
「アリスさん……俺らはお金もないんだから、先に登録しに行かないとダメですよ……」
レトルのあまりに真面目な正論に、奏多は思わず感動の眼差しを向けた。「お前……本当にいいやつだな」
だが、そんな二人の心配をよそに、アリスはすでに串焼きを口に運んでいた。
「これ! 美味しいです! あ! こっちも!」
「お嬢ちゃん、いい食べっぷりだねぇ。……それで、お代はあるのかい?」
屋台の店主がニコニコと笑いながら問いかける。その瞬間、アリスの動きが止まった。
「え……。お金は……その……あのぉ……」
冷や汗を流しながら、両手の人差し指をツンツンと合わせるアリス。
(……これ、食い逃げで逃げるしかないか?)
奏多が最悪のパターンを想定して周囲を伺った、その時だった。
「なーんてな! 冗談だよ!」
店主が豪快に笑った。
「お嬢ちゃんのその綺麗な髪色、まるで女神イリス様みたいだからな。縁起がいいや、今回は特別におまけしてやるよ! その代わり、次からはきっちりもらうからな?」
「女神、イリス……」
店主の言葉に、奏多の胸に微かなざわめきが走る。
「え? あ、ありがとうございますぅ……!」
アリスは感動のあまり涙目で深々と頭を下げた。
三人は親切な店主にギルドの場所を聞き、町の大通りを抜けていく。
「ここだな」
目の前に現れたのは、重厚な石造りの二階建て。看板には大きく『アクエリア冒険者ギルド』の文字。扉を押し開けると、中は吹き抜けの広いフロアになっていた。壁にはびっしりと依頼書が貼られ、荒くれ者たちが昼間から酒を煽り、喧騒に包まれている。
だが。
三人が足を踏み入れた瞬間、ピタリと喧騒が止んだ。
ギルドにいた冒険者全員が、無言で三人をじっと見つめている。
「……な、なんだこの雰囲気は」
奏多が小声で呟く。
「もしかして、変装魔法が不自然だったのかな?」
レトルも顔を引きつらせて返す。
「とにかくカウンターへ行きましょう」
アリスを先頭に、重苦しい沈黙の中を突き進み、受付へとたどり着いた。
「こんにちは。あなたたち、ここは初めてかしら?」
声をかけてきたのは、落ち着いた雰囲気の綺麗な受付嬢だった。
「あ、ああ。俺たちは冒険者になりたくて来たんだ」
「ふーん、新人さんね。それなら、こんな辺境の港町じゃなくて、王都にでも行けばいいのに」
「……別にいいだろ」
奏多が偽造した身分証を差し出す。
「はい、確かに確認したわ。今日からよろしくね。わからないことがあったら……」
彼女が説明を続けようとした、その時。
「俺らが教えてやるぜぇ!!」
じっと見ていた冒険者たちが、一斉に椅子を蹴って立ち上がった。
「ひっ!?」
あまりの勢いに、思わず身構える奏多たち。
「こら! あんたたち! 新人をビビらせるなって言ったでしょ!」
受付嬢がカウンターを叩いて一喝する。
「すまねえな! ビビらせるつもりはねえんだよ。ただ、久しぶりの新人が嬉しくてな!」
「ごめんね。こいつら、顔だけは怖いから新人がすぐ逃げちゃうの。だから『初めての客が来たら黙ってろ』って言っておいたんだけど」
奏多は内心で安堵した。(なんだ……だからあんな異様な空気だったのか)
「よし! じゃあ兄ちゃんら、こっちに来い! 冒険者祝いで酒盛りだ!」
「いや、俺たちは登録が先で……」
奏多が断ろうとしたが、時すでに遅し。
「え!? いいんですか! かんぱーい!」
アリスはいつの間にかジョッキを手に席に座っていた。
「あ、おい! アリス!」
「おっ、いい飲みっぷりだな嬢ちゃん! こっちの兄ちゃん(レトル)もいける口じゃねえか!」
頭を抱える奏多の横で、受付嬢がクスクスと笑った。
「とりあえず、ようこそアクエリアの冒険者ギルドへ。あいつら、見た目はアレだけど気のいい奴らだから許してあげてね」
「……ああ、よろしくな」
荒くれ者たちの豪快な歓迎に巻き込まれながら、奏多たちの新しい旅――『冒険者生活』が、賑やかに幕を開けた。




