戦いの後 それぞれの動き
「う……ここ……は……」
目が覚めると、視界に飛び込んできたのは見慣れた自室の天井だった。
「目が覚めましたか!?」
間近に迫る顔に、広臣は焦点が合わないまま問いかける。
「愛……多……か……?」
「はい! よかった、本当に……。目が覚めたんですね、広臣くん」
聖女・夢野愛多が安堵の表情を浮かべた直後、バンッ! と乱暴に扉が開いた。
「広臣!」
「甲斐、生きてるの!?」
血相を変えて飛び込んできた太一と萌を、愛多が必死に制する。
「ちょっと! 今ちょうど目が覚めたところなんですから、静かにしてください!」
それを聞き、二人は「よかったぁ……」と脱力したようにその場に座り込んだ。
「うっ……」
広臣が上体を起こそうとすると、愛多が慌てて駆け寄る。
「ダメです! まだ安静にしていてください!」
「大丈……夫だ。【理想……再現】」
体に染み付いた習慣でスキルを呟いた瞬間、広臣の全身に凄まじい電流が走ったような衝撃が襲った。
「うっ! うわああああ!!! 痛い! 痛いっ、身体が……っ!」
自らの体を抱きかかえ、ベッドの上でのたうち回る広臣。
「ホーリーヒール!」
愛多が咄嗟に放った光の魔法が広臣を包み込み、ようやく激痛が引いていく。
「ハア……ハア……。なん……で……?」
「王国の医療魔法班から言われました。広臣くんの体には、もう『勇者のマナ』がなくなってしまったみたいなんです」
愛多が悲しげに俯く。
「っ!? そんな……! だけど、ステータスにはまだ『勇者』だと……。スキルだって、あるはずだ!」
「……体は広臣くんなんですけど、体内のマナだけが、別の不純なものに書き換えられているみたいで……」
「な、なんで……。というか、魔王はどうなった!? 空井はっ!?」
空井の名前を口にした瞬間、広臣の脳を割るような激痛が走った。
「ゔゔっ!!」
「空井……くん? 何を言ってるんですか。私たちは魔王に負けて、命からがら帰ってきたんじゃないですか」
「ああ、そうだぞ。俺たちが負けて、最後に広臣が魔王に敗れたんだろ? それで撤退したんだ」
太一と愛多の言葉に、広臣は必死に記憶を辿る。
(僕が……負けた? 魔王に……?)
だが、脳裏に浮かぶのは黒く澱んだモヤのような何かだけだ。それが魔王であるという確信はある。だが、その姿も、戦いの詳細も、霧の向こう側にあるように思い出せない。思い出そうとするたびに、頭痛がひどくなる。
「うっ……ううう……」
「まだ安静にしていてください。これ以上の魔法治療も逆効果みたいですから……。さっ、二人とも邪魔よ、外に出ましょう!」
愛多に追い出されるように、太一と萌は部屋を後にした。
一人残された広臣は、冷や汗を流しながら、思い出せない「魔王」の影に怯え続けていた。
【アインシア王国・王の間】
「あの勇者どもを使っても倒せぬとは……」
王の苦々しい声に、宰相が静かに応じる。
「ええ。しかも、帰還した兵の誰一人として魔王の顔を覚えておらず、死人が一人も出ぬまま逃げ帰ってくるとは……。超常的な何かが起きたとしか思えませぬ」
「だが、勇者がまだ使える事実は変わらぬ。今まで通り丁重に扱い、女神イリス様の御神託を待つしかないのう」
「はっ。……して、ドラゴニアの方へは今回の件、どう伝えますかな?」
「ふむ。女神の神託により急遽撤退した、とでもしておけ。あのトカゲどもに隙を見せるわけにはいかぬからな」
【ドラゴニア・王城最上階】
「やっぱしアインシアは負けたか。そりゃあ、あそこには精霊王がいるしな」
ドラコは窓の外を眺めながら、不敵に笑った。
「神託だぁ? 神託どころか女神本人が現れたっぽいけどな。面白そうだし、お忍びで見に行けばよかったぜ」
ドラコが立ち上がったその時、竜人の兵士が慌てて飛び込んできた。
「報告! 侵入者です! 賊は一匹、鳥人族のようです!」
「ああ、わかってる。そいつは客人だ。絶対に傷つけるなよ」
【名もない空間】
「はあ。久しぶりに外に出たから疲れたわ」
豪華な椅子に身を預け、イリスが独り言をこぼす。
「ずいぶん勝手な真似をしてくれたな」
背後から響く重厚な声。そこにいたのは、燃えるような赤い髪をなびかせた、二メートル近い長身の女だった。竜人種のような羽や尾はないが、その瞳には圧倒的な捕食者の圧が宿っている。
「あら? 来てたのね、竜神」
「お前が勝手な振る舞いをするからだ。本来起こるはずの事象を捻じ曲げおって」
「あら、最初に彼(奏多)に接触したのは、あなたのほうでしょう?」
「少し顔を見ただけだ。お前は直接干渉し、勇者を駒として歪めた」
竜神の怒りに呼応するように、周囲の空間が燃え上がる。
「お前の管理不足だろうが」
「なに? やるの?」
鋭い視線が交錯し、一触即発の空気が流れる。だが、先にため息をついたのはイリスだった。
「こんなところでやり合っても無意味よ。管理不足って言うけど、あそこには精霊王のオウちゃんがいるのよ? 誰が管理なんてできるっていうの」
「ふぅ……」
竜神も炎を消し、静かに息を吐く。
「まあいい。人間が当分動かぬというのなら、私の子供たちが何をしても、文句はなかろうな?」
「勝手にすれば? 私が決めることじゃないもの」
鼻を鳴らして竜神が消える。
イリスは、彼女が消えた後の空間を見つめながら独りごちた。
「あなたでも同じようにしてたわよ。精霊王がいなくたって、人間じゃあそこには勝てなかったんだから……」
そう呟き、彼女は空中に浮かぶ広臣の幻影を愛おしげに見つめる。
「はあ〜。広臣ちゃん、もっともっと、強くしてあげなきゃね……」
女神の歪んだ慈愛が、再び不穏な光を放ち始めていた。




