真なる魔王
「どうすればいい!?」
奏多の焦燥に満ちた声が響く。
「今はまだ暴走しておるだけだ。理性を完全に失い、黒いマナの塊と化す前に殺すべきだろうな」
オウは氷のように冷徹な声で言い放つ。
「はあ!? 同郷のやつを殺せるわけないだろ!」
「甘いことを。あいつが完全に闇に呑まれれば、もはや主とて手が付けられん怪物になるぞ。主がやらぬというのなら、我が今ここで息の根を止めてやろう」
オウが殺気を孕んだ一歩を踏み出す。
「くっそ……。わかった! 俺がやる。だけど、できるだけ殺さない方向でいくぞ!」
奏多は覚悟を決め、広臣に向けて両手を突き出した。
「スキル【魔力操作】! これであの黒いマナを引き剥がす!」
「ぐ、ぐ、ぐうおおおおおおおおおお!!!」
広臣はもはや人のものとは思えぬ叫びを上げ、周囲の大気を腐食させるような勢いで暴れ回る。
「な、なんなのよ……」
腰を抜かした萌が震え、拘束された太一が必死に叫ぶ。
「おい、空井! お前、広臣を殺す気か!?」
(殺すわけねえだろ。一応クラスメイトなんだ!)
返す余裕のない奏多は心の中で毒づく。だが、現実は残酷だった。奏多の【魔力操作】を以てしても、広臣を包む闇はビクともしない。
「くっ……マナが引き剥がせない……!」
「既に魂の深淵まで同化しておるからな。手遅れになると言ったのだ。まったく……」
やれやれと首を振るオウ。その時、奏多たちの背後から凛とした声が届いた。
「私がやります」
一同が驚いて振り返る。
激しい戦いの余波に立ちすくむ兵士や住民たちの間を、一人の少女が真っ直ぐに歩いてきた。誰もがその圧倒的な気圧に押されるように、吸い寄せられるように道を開ける。
「アリス!」
「状況は塔から見ていました。奏多さん、私にやらせてください」
「……あいつは暴走してるし、俺のスキルすら通用しない。危険すぎる」
「大丈夫です」
アリスはそれだけを言い、奏多の瞳をじっと見つめた。
その瞳に宿る不退転の決意に、奏多ははっとして、すぐに短く笑って答えた。
「……わかった。頼む」
アリスは一人、闇を撒き散らす広臣の前へと進み出る。数メートルの距離で立ち止まると、狂乱するかつての勇者へ静かに語りかけた。
「あなた、奏多と同じ世界から来たんですよね。勇者として召喚され、人間の思いを背負って魔王を倒しに来た。……あなたがどんな思いでここに来たのかは分かりません。ただ、私も、この島を奏多と一緒に背負って今ここにいるんです。だから、絶対にあなたを止めてみせます」
アリスは静かに目を閉じ、深く、ゆっくりと息を吐いた。
そして、カッと目を見開いて叫ぶ。
「スキル【神力操作】!」
アリスの両隣から、眩いばかりの光を放つ巨大な「白い手」が出現した。
「あれは……」
オウが珍しく目を見開いて呟く。
「なんだ、あれは?」
「……神の力だな。我や竜神、そして女神と同じ次元の力だ」
「神の力だって?」
「そうだ。あれこそが真なる魔王の力。普通のマナとは理の違う、神のマナを宿した力だ。アリスよ、ようやく目覚めたか」
オウの言葉に喜びが混じる。
アリスから放たれた巨大な白い腕は、暴れ狂う広臣を慈しむように包み込んでいく。すると、あれほど頑強だった黒いマナが、浄化されるように霧散し始めた。
「う、ウグアアア……」
広臣の叫び声が徐々に小さくなり、人の声を取り戻していく。
「あと少し……!」
アリスの額に汗が浮かぶ。
「いける……これなら甲斐を救える!」
奏多が確信した、その時だった。
『私の力に干渉するなんて。ちょっと甘く見ていたかしらね』
どこからともなく、鈴を転がすような、しかし心まで凍てつかせる冷ややかな声が響いた。その場にいる全員の頭の中に、直接突き刺さるような声。
「っ!? 誰だ!」
奏多が周囲を警戒する。
『私? 皆ご存じのはずだけれど?』
声は止まらない。オウが突然、空の向こうを睨みつけて低く唸った。
「……出てきたか。神界に引きこもっているはずではなかったのか?」
「オウ? なんだこれは、一体誰が……」
「あいつが干渉してきたのだ。あの不吉な黒いマナを勇者に埋め込み、暴走の種を撒いた張本人がな」
オウの視線の先――虚空が歪み、そこにはこの世界の理を司るはずの存在の影があった。




