アリスティアの王、新たなる敵
修行を開始してから一ヶ月が経過した。アリスはオウとの過酷な組み手を経て、見違えるほど強くなっていた。
島に魔物が出現したと聞けば真っ先に現場へ駆けつけ、以前なら魔法を多用して倒していた相手を、今や拳一つ、足技一つで討伐してしまう。その動きに迷いはなく、無駄なマナの消費も一切ない。
しかし、ある日オウは静かに拳を収め、こう告げた。
「うむ。教えられることはもう何もない」
アリスは呆然とした。
「え……? まだ、おばあちゃんのような魔王の力を得るには至っていません。このままでは終われません!」
必死に食い下がるアリスに対し、オウの視線はどこまでも冷徹で、かつ確信に満ちていた。
「これ以上の指導は無用だ。お前の技量は既に極まった。あとはお前自身が、己の内側にある『何か』を掴み取るしかない。それは他人が教えられるものではないのだ」
「わかりました……」
アリスは唇を噛み、悔しさに肩を震わせた。この一ヶ月、どれほど泥にまみれても、先代魔王の真なるマナ――あの禍々しくも圧倒的な力を引き出すことはできなかった。自分自身のマナが少し変質し、身体能力が飛躍した程度。それではドラコのような怪物には届かないと、彼女自身が一番よく分かっていた。
だが、去り際のオウの言葉が彼女の心を救う。
「勘違いするな。お前は自分では気づいておらぬかもしれんが、確実に変化している。その『器』に値するだけの技量を得たからこそ、我は修行を終えるのだ。自信を持て。あとはお前次第だ」
アリスの表情がパッと明るくなり、力強く返事をした。
「はいっ! ありがとうございます、オウちゃん!」
「このまま、納得いくまでここで研鑽を積むがよい。外のことは心配するな。主がなんとかするだろう」
オウはそう言い残し、音もなく修行場を去っていった。
アリスが孤独な修行に明け暮れる中、奏多は別の形で島の強化に努めていた。
手に入れた新職業「守王」の力を使い、住民一人ひとりに「加護」を分け与えていたのだ。
その恩恵を最も受けたのは、最長老のクルスだった。
加護を受けた彼女の肌には艶が戻り、背筋は伸び、まるで全盛期の頃のように若返った。彼女は即座にエンシェントエルフの魔法師団を再編し、奏多が張った結界に幾重もの多重詠唱による防護壁を上書きしていった。
ボンド率いるドワーフたちも黙ってはいなかった。
彼らは奏多が生み出す特殊な素材を使い、未知の武器や防具を次々と鍛え上げた。それだけでなく、自らも最前線で戦えるよう、武具の扱いと近接戦闘の技を極限まで磨き上げた。
ゲルド率いる獣人族も、ドワーフたちとの猛訓練をこなしつつ、島の各地に防御拠点を構築。若手のホープであるレトルは、アリスの成長に刺激を受けたのか、自ら願い出て一人で地獄のような自主練に没頭していた。
鳥人族は空からの脅威をいち早く察知するため、哨戒班と空中迎撃部隊を組織し、アリスティアの空を鉄壁の監視下に置いた。
だが、ただ一人、アルマだけは別の道を歩んでいた。
「ドラコのやつには、わっちがケリをつける」
そう言い残し、彼女は一ヶ月以上前から島を後にしていた。住民たちは心配したが、奏多が「彼女なら大丈夫だ」と皆を宥め、それ以上の詮索はさせなかった。
姿を消す前日の夜。奏多が塔の一階にある食堂で、アリスやオウに振る舞うための夕飯を作っていた時のことだ。
不意に、背後からアルマが声をかけてきた。
「いつもながら、食欲をそそる良い匂いですなあ、奏多殿」
「ああ、アルマか。ちょうど良かった。これから飯にするんだが、一緒に食べていくか?」
奏多が誘うが、アルマは穏やかに、しかし断固とした態度で首を振った。
「せっかくのお誘いですが、これからの道中に備えて身を軽くしておきたいのです。申し訳ありませんが、今日は遠慮させていただきます」
「道中……? なんかあったのか?」
奏多が手を止めて問いかける。アルマの瞳は、これまでに見たことがないほど真剣な光を宿していた。
「ええ。わっちは、あいつ……ドラコのことを、わっち自身の手で終わらせなければならないのです。過去の遺恨を精算するため、少しこの島を離れます」
その覚悟の重さを感じ取った奏多は、引き止めるような無粋な真似はしなかった。
「……そうか。わかった。死ぬなよ」
「ふふ、もちろんです。わっちはしぶといですからな」
アルマはそう笑うと、暗闇の中に消えていった。
そして、さらに一ヶ月が過ぎようとしていた。
ある朝、奏多は塔の自室で、奇妙な圧迫感を感じて目を覚ました。
「……きたか」
その直後、頭の中に凛とした声が響く。
『奏多殿! 水平線の彼方に艦隊を確認! アインシア王国の船が来ましたぞ!』
クルスからの緊迫した念話だった。
かつて自分を無能と蔑み、この島へ放逐した国。その傲慢な軍勢が、今まさにアリスティアを射程に捉えようとしていた。
「ああ。わかっている。今いく」
奏多は静かに念話を返し、ベッドから立ち上がった。その背中には、もはや追放された惨めな少年の面影はなく、一国を背負う「守王」としての威厳が備わっていた。
忙しいし、なんもまとまらないうーん。




