空っぽの器、塩を得る
「奏多っ! 魔法使えるなら最初に言ってくださいよっ!」
アリスは頬を膨らませ、ぷんぷんと音が聞こえてきそうな勢いで、わかりやすく怒ったふりをして見せた。
「だから、魔法なんて今のが生まれて初めてなんだって! 見るのも使うのも今日が初!」
「もう、言い訳ばっかり!」
二人は倒した魔物を解体しながら、そんな言い合いを続けていた。
アリスによれば、この魔物の肉は非常に美味で、氷魔法で冷やせば保存も効くらしい。
(……いや、これどう見ても牛だよな。うん。魔物っていうか、牛だわ)
奏多は内心でツッコミを入れつつ、ナイフを動かす。
生き物の解体には最初こそ躊躇したが、「そんな弱気じゃおばあちゃんに怒られちゃいますよ!」とアリスに発破をかけられ、渋々教わりながら作業を進めた。
「なあアリス、この『うし』……じゃなくて魔物は、いつもどうやって料理するんだ?」
「え? 火で炙って食べるんですよ? ほら、こうやって」
キョトンとした顔で返すアリス。その無垢な表情が、不覚にも可愛いと思ってしまう。
「味付けとかはしないのか?」
「あじつけ? 味ならありますよ! お肉の味です!」
自信満々に返され、奏多は言葉を失った。
「なら……今夜はアリス先生に任せてみるよ」
ということで、今夜の夕食担当はアリスに決定した。
その夜。焚き火の爆ぜる音が、静かな夜の島に響く。
「今日は魔物が出ちゃったから、石化した土地を見に行くのは明日にしましょうね」
「そうだな。というか、あんな大群ってよくあることなのか?」
奏多の問いに、アリスは少し表情を曇らせた。
「実は私も初めて見ました。魔物は普通、一匹か二匹……多くても四匹くらいでしか現れませんし、群れることはないんです」
(この島で何かが起きてるのか? もしかしたら、俺がここに来たことで変化が……)
考え込みそうになる奏多だったが、「えーい、考えてもわからん!」と頭を振った。
それよりも、目の前の「牛肉もどき」だ。空腹の極致にある奏多は、思わず涎を垂らしながら肉を見つめてしまう。
そんな奏多の様子を、アリスは(可愛いところがあるんだな……)と、頬を緩めて見守っていた。
「ん? どうかしたか、アリス」
「な、なんでもありません! もうすぐできますから!」
顔を赤くして視線を逸らすと、彼女は焚き火から肉を刺した枝を取り出した。
「ほら、これくらいの焼き加減が一番美味しいんですよ」
「ありがとう。……じゃあ、いただきます!」
二人の声が重なる。奏多は一口、勢いよく肉に食らいついた。
(うまい……! 久しぶりに食べた肉だ、うますぎる……!)
猛烈な感動が突き抜ける。しかし、二口目を咀嚼したところで、奏多の「料理好き」としての感覚が冷静に口を開いた。
「どうですか、奏多さん! 美味しいでしょ!?」
誇らしげなアリスに対し、奏多は少し言いづらそうに口を開く。
「……あのさ、アリス。美味しい。美味しいんだけど……」
「美味しいんだけど……? なんですか?」
ずいっ、と顔を近づけてくるアリス。
「これ……味が薄いです」
「そんな!? これがお口に合わないなんて、奏多さんはなんて高貴な生まれなのですか!」
ガーンとショックを受け、額に手を当ててうなだれるアリス。
「いや、本当に『塩』をかけるだけで劇的に変わるから! 試してみてほしいんだ」
「しお? しおって何ですか?」
奏多はハッとした。
(そうか……。ずっと二人きりで、その後は一人でこの島にいたんだ。調味料の存在すら知らなくても無理はないのか)
奏多は一つ頷くと、力強く宣言した。
「よし、わかった。俺が『塩』を作る!」
「おー!」
意味はわかっていないようだが、アリスもつられて一緒に拳を突き上げた。
海岸へと移動した奏多は、月明かりに照らされる海を眺めていた。
「とは言ったものの……海水から取れるってことくらいしか知らないんだよな」
煮詰めればいいのか、干せばいいのか。
知識は曖昧だが、どうしてもアリスに「本当に美味いもの」を食べて笑顔になってほしかった。
(アリスを喜ばせたい。美味しいものを食べさせてあげたい……!)
強く、強く願ったその瞬間。視界にステータスが表示された。
《個体名:空井 奏多の精神的渇望を確認》
《スキル【調味料生成】を獲得しました。空きスロット3にセットされます》
「うおおおっ!」
一人でガッツポーズを決める。これがあれば、アリスの食卓を豊かにできる。
喜び勇んでアリスのもとへ駆け出そうとした奏多は、ふと、立ち止まった。
冷静に考えて、自分の身に起きている現象を振り返る。
言葉を理解したいと願えば【言語理解】。
魔法を使いたいと願えば【魔力操作】。
そして、美味しいものを食べさせたいと願えば【調味料生成】。
(俺のスキル……「空きスロット」って、もしかして、とんでもないチートなんじゃないか……?)
今さらながら、自分の手にした力の「異常さ」に、奏多の背筋に冷たい高揚感が走った。




