空っぽの器、魔王を知る
「まずは皆、無事でよかった」
クルスの言葉に、会議室を包んでいた重苦しい空気がわずかに緩んだ。しかし、彼女の表情は晴れない。
「……しかし、こうも早く壁を取り除いた弊害が出るとはのう」
円卓を囲むのは、各部族の代表であるボンド、ゲルド、アルマ。そして奏多、アリス、オウの面々だ。
「ドラコのやつ……なんてマナをしてやがる。昔この島にいた時の何倍、いや何十倍も強くなってやがった」
ボンドが忌々しそうに吐き捨てると、ゲルドも深く頷いた。
「昔は、わしやボンドと取っ組み合いの喧嘩をしていたくらいだったのにな……」
「ああ。わっちらのことなんて、もはや眼中になさそうだったね」
アルマが悔しそうに肩を竦める。彼らの言葉を聞きながら、奏多は一人、小刻みに震える自分の手を見つめていた。
「……俺は、何もできなかった」
絞り出すような声だった。
「自分に力があると過信していたのかもしれない。あいつに反応することすら、声を発することすらできなかった……!」
「奏多……」
アリスが心配そうに寄り添う。その沈んだ空気を切り裂いたのは、奏多の隣に座るオウだった。
「主よ、そう自分を卑下するな。あのガキは『竜神の加護』を受けておるのだ。普通の異人では逆立ちしても届かぬ域にいる。主が気を落とす必要はない」
「だけど……現実として、俺は手も足も出なかったんだ」
「大丈夫だ。我が保証しよう。主にはただ『経験』が足りないだけだ。じきにあんなガキなど、取るに足らん存在になる」
「オウ……ありがとう。なんだか、少し元気が出たよ」
奏多が微かに笑うと、オウは不敵に微笑み返した。
「うむ。それにこれから、竜人族だけではなくアインシア王国からも何かが来るであろうからな。嫌でもそのうち強くなる」
「……え? そのうちって、強引すぎないか?」
奏多のツッコミに、ようやく会議室に少しの笑みが戻る。しかし、クルスが冷静に釘を刺した。
「そうじゃな。人間も昔のように攻撃をしてくるだろう。ドラゴニアにアインシア……どちらも相手にするとなると、今のこの島の戦力ではあまりに無理がある」
「確かに。今の私たちだけでは、彼らには到底……」
アリスが視線を落とし、アルマが唇を噛む。静まり返る会議室で、再びオウが口を開いた。
「国を強くしたいのであろう? やり方ならいくらでもあるぞ」
「オウ殿が直接、国を守ってくれるってことかい?」
アルマが期待を込めて問うが、オウは「ふん」と鼻で笑った。
「我が国のために動くわけがなかろう。我は主のためにしか動かん。それに、いくら我とて二つの勢力を同時に相手にするのは骨が折れる。……だが」
オウはそこで言葉を切ると、すっと奏多とアリスを指差した。
「主とアリス。お前ら二人なら、国二つを相手取ってもどうにかなるであろうな」
「私と……奏多が?」
驚くアリスに、オウは諭すように続けた。
「忘れたのか? お前ら二人は『魔王』なのだ。魔王というのは単なる職業ではない。この世界における魔王とは、竜神や女神、そして我…精霊王と同格の存在なのだ。……つまり、あのガキが受けていたように、この島の住民に『加護』を与えることができるのだ」
「加護……。俺やアリスに、そんな力が……?」
奏多は自分の掌を見つめた。何も持たずに流れ着いたこの手で、今度は住民たちに力を与え、守ることができるのか。新たな希望の光が、会議室を静かに照らし始めていた。




