空っぽの器、新たな脅威に会う
「あっ!見えてきましたよー!」
アリスの弾んだ声に、キャビンで休んでいた奏多が顔を出す。
「おお……」
視線の先には、真っ青な海から巨大な岩山が突き出したような、荒々しくも荘厳な島が鎮座していた。
デッキで共に景色を見ていたレトルは、その圧倒的な存在感に「う、うわぁ……」と小さく震えている。
(おいおい。ゲルドもたまに小心なところがあるけど、こういうとこ似てるよな)
奏多は内心で苦笑しながら、船を島の岸壁へと寄せた。
「大丈夫でしょうか? 熱くありませんかね?」
おそるおそる上陸するアリスに、「見た感じ噴火はしてなさそうだぞ」と奏多が続き、最後尾をレトルが固める。
「ここって、誰か住んでいたのか?」
「いえ、ここは祭事の時などに使われていたようで、定住者は不毛だったみたいです」
「ボス……ゲルドに聞いた話じゃ、竜人族にとっての最重要聖域だったらしいよ」
レトルが「ボス」と呼ぶのに少し引っかかりを覚えつつも、奏多は周囲を警戒した。
「神聖な島、か。なら今も竜人族がいてもおかしくないよな」
「祠は中腹にあるみたいです! 行きましょう!」
意気揚々と歩き出すアリスに、奏多は「はぁ……」と重い腰を上げる。一方、レトルはなぜか嬉しそうに尻尾をブンブンと振っていた。
「え? レトルもワクワクしてるのか?」
「いや〜、俺ら獣人は本能的に、こういう体を動かす環境が大好きでさ!」
「レトルさんも冒険が楽しみなんですね! さあ、急ぎましょう!」
アリスのポジティブな解釈に、レトルも「おう!」と元気よく応える。奏多は「……まあいいか」と諦めて二人の後を追った。
しばらく険しい山道を登ると、山肌に口を開ける巨大な洞窟が現れた。入り口には古びたしめ縄があり、神聖な空気が漂っている。
中に入ると外の暑さが嘘のようにひんやりとしており、奥の祭壇には、一際目を引く**「赤い結晶」**が祀られていた。
「あれが、竜神様が創ったとされるマナの結晶です」
アリスの説明を聞きながら、奏多は結晶を凝視する。【魔力操作・極級】を持つ今の彼には、その異常なマナ濃度が手に取るように分かった。小さな結晶一つに、この島ごと消し飛ばしかねない膨大な熱量が凝縮されている。
(……すごいな、これ……)
そう思った瞬間、奏多の意識がふっと途切れた。
気づくと、辺りは深い暗闇に包まれていた。
「アリス!? レトル!?」
呼びかけるが、返事はない。二人だけではない。地面の感触すら曖昧な、奇妙な空間だ。
「なるほど……貴様が『新たな魔王』か」
背後から響いた重厚な声に、奏多は即座に振り返った。だが、そこには何も見えない。
「誰だ?」
「俺様は『竜神』。奏多よ、貴様のことは知っている。古い知り合いがえらく気に入っているようでな」
(竜神……!? 本当にいたのか)
奏多は冷や汗を流しながらも、努めて冷静に問い返した。
「俺に何の用だ?」
「近づいてきたのは貴様のほうだろう? まさか『イリスの血』まで連れてくるとは思わなかったがな」
「イリスの血? 何のことだ?」
「……あやつ、本当に何も言ってないのだな。まあいい。奏多よ、また会おう。近いうちにな」
次の瞬間、視界が弾けた。
「……っ!」
気がつくと、奏多は祭壇の前に立っていた。アリスとレトルは、先ほどと変わらず感心したように石を見つめている。
「どうしました? 奏多」
「いや……なんでもない」
奏多は動悸を抑え、下山を促した。
「いや〜、すごかったですね!」
興奮冷めやらぬアリスと、「お二人についていけて良かった! これからもご一緒していいか?」と目を輝かせるレトルを乗せ、船はアリスティアへと向かう。
「ああ、もちろんだ。……ん?」
島が近づいた時、奏多は異変に気づいた。島の上空が、見たこともないほど巨大な雲の塊に覆われていたのだ。
悪天候ではない。ただ、不自然にそこだけに「何か」が停滞している。
「ただの雲じゃないですよね、あれ……」
アリスが不安げに呟く。さらに接近すると、雲の切れ間からゴツゴツとした岩肌と、巨大な樹木の根のようなものが覗いていた。
「……これ、島が浮いてるんですか?」
アリスの言葉に奏多も息を呑む。雲の範囲はアリスティアを完全に覆い尽くすほど巨大で、その全容は見えない。
「とにかく、急いで島に戻ろう!」
奏多は船の出力を上げ、影に呑み込まれたアリスティアへと急いだ。空を飛ぶ島――それが「天空国ドラゴニア」であることは、想像するに難くなかった。




