空っぽの器、結界を張る
「この舟、魔法で動いてるんですか?」
アリスの純粋な疑問に、奏多は「いや、俺にもわからない」と潔く言い切った。
二人はアリスティアを離れ、水平線の向こうに見えていた島へと向かっていた。30分ほど進むと、手付かずの原生林に覆われた、かなり大きな島に辿り着いた。
「あまり景色は変わりませんね」
「だろうな。アリスティアも島だしな」
素っ気なく答える奏多だったが、アリスは鼻をくんくんと動かして呟いた。
「でも、なんですかね。匂いが違う気がします」
(マナの質が違うからか……?)
奏多がそう思いながら森の中へ足を踏み入れた瞬間、アリスが急に足を止めた。
「何か、見てますね……」
背後から飛んできたものを、アリスが反射的に掴み取る。
「これは……石?」
「キキィ!!!」という甲高い鳴き声と共に、茂みから大量の魔物が飛び出してきた。
「これは……猿か!?」
「行きましょう、奏多!」
しばらくの激闘の後、奏多は額の汗を拭った。
「ふぅ……どうにか全部倒したか」
「ええ。見たことのない魔物でした。というか奏多、ずいぶん動けるようになりましたね」
アリスの感心したような言葉に、奏多は自分の拳を見つめた。
「ああ。レベルが上がってステータスも軒並み上がったからな。魔法を使わなくても、素手で戦えるくらいには強くなったよ」
2人は少し休んでから探索を続けた。
さらに森を進むと、急に視界が開けた場所に出た。そこには朽ち果てたボロボロの小屋が佇んでいた。
中を覗くと、そこには人間とは異なる、いくつかの人骨が転がっていた。
「うっ……」
顔を背けるアリスに対し、奏多は「異人の骨か……?」と、驚くほど冷静に呟いた。かつての自分なら動揺したはずだが、これも職業補正の影響なのだろうか。
「おそらく、クルスおばあちゃんが言っていた、外に投げ出された異人なのかもしれません……ごめんなさい……」
アリスは深く頭を下げた。祖母が使った禁術の代償を、自分のことのように悔やんでいる。二人はその小屋を弔うように燃やし、小さな墓標を建ててその島を後にした。
島に戻ると、浜辺にはドワーフの一団が集まっていた。
「おーい、奏多殿! どこへ行っておったんじゃ」
ボンドが駆け寄ってくる。アリスが申し訳なさそうに「私がわがままを言って……」と謝ると、ボンドは「クルスにあれほど念を押されておったのに」と苦笑いした。
「ま、いいんじゃが。言われた通り、防壁を作るために仲間を連れてきたぞ」
「え? 奏多のスキルで建てればいいじゃないですか」
アリスの問いに、奏多が答える。
「建てるのは俺のスキルでいいけど、建設のノウハウはドワーフの方が詳しいだろ? 聞きながら作ろうと思ってな」
ボンドが「わしらはどう動けばいい?」と尋ねると、奏多は「海からも空からも守れる防壁」という難題を提示した。
「空からも!? 竜人族を想定するなら確かに必要じゃが……いっそドーム状に囲うか?」
「それだと陽の光が入らないぞ」
「鳥人族が空を飛べなくなるじゃないか」
ドワーフたちが頭を抱える中、アリスがポツリと提案した。
「なら、もう建てないで『結界』を張ればいいのでは?」
「それじゃ!」とボンドが膝を打つ。「魔法の結界なら、敵意を持つ者だけを弾くことができるわい」
だが、アリスもクルスも、島全体を覆うほどの巨大な結界を維持する魔力はないという。
「主がやればよかろう」
「うわっ! 急に出るなよオウ!」
いつの間にか腕を組んで立っていたオウが、事もなげに言った。
「主には【魔力操作】と【マナの再構築】があるだろう? それを使って結界を張ればよい。思うようにイメージしろ。足りないマナは我が負担してやる」
(そんなに簡単に言うけどさ……やってみるか)
奏多は気合を入れ、二つのスキルを同時に意識した。
周囲に満ちるマナを分解し、再構築して一つの膜に仕上げる。それを【魔力操作】で極限まで薄く広げ、島全体を包み込む。
――目に見えない、透明なマナの壁。
「……っ!」
バタッ、と奏多はその場に膝をついた。
「奏多っ!」
駆け寄るアリス。奏多の顔は汗だくだったが、その瞳には達成感が満ちていた。
「……完成だ」
アリスティアを包む、絶対的な守護の盾。新たな魔王の力が、島を再び安息の地へと変えた瞬間だった。




