空っぽの器、壁を破る
「そんなことが……」
アリスは唇を噛み締め、消え入るような声で呟いた。語られた過去は、彼女が想像していたよりもずっと過酷で、血の匂いのする悲劇だった。
「そこからアリスとリリス以外が石化するまで、何十年と島だけの生活になったのじゃ。もともと自分たちの畑や魔物で生きてきたから、生きることに苦労はしなかったがの」
「そうか。そのドラコとかいう奴と竜人族は、今もどこかで生きているのか?」
奏多の問いに、クルスは力なく首を振った。
「それも分からん。もともと人間は異人を迫害してきたからのう。あれから何百年も経っておるのじゃ。もう我ら以外の異人は、この世界におらぬかもしれん」
ガンッ! と、ボンドが拳でテーブルを叩いた。
「ドラコ……あの野郎……。今思い出してもムカついてくるぜ」
「ボンド、ゲルド、アルマ、ドラコは、それぞれの部族代表として仲が良かったし、互いに切磋琢磨し合う仲じゃった。特に、アルマとは深い仲じゃったからな」
クルスの言葉に、ゲルドも険しい表情で腕を組む。
「どんな意図があろうと、わしはあいつを許せん」
「……もういいよ。もう会うこともないさ」
そこへ、部屋を出て行っていたアルマが戻ってきた。
「頭を冷やしてきた。すまないね、みんな。……それで、聞いた通りリリスさんの禁術のおかげで、外交ってのは無理だろうね」
「それなんだけどさ」
奏多が皆を見渡して切り出した。
「俺は人間の国から島流しにあって、気づいたらこの島に流れ着いたんだ。完全に隔離されてるなら、そんなこと起きるか?」
「どこかに穴でもあったんじゃないのか?」
「いや、アリスの術は完璧じゃった」
「はい。おばあちゃんが亡くなって何年も経ちますけど、今でもマナはこの島を囲んでいます」
議論が平行線を辿りかけたその時、不意に声が割り込んだ。
「おそらく、主がなんのマナも持っていなかったからだろうな」
「オウ!? いきなり出てくんなよ、びっくりするだろ!」
「我は主と共にあるからな。……この世界の生き物はマナを持って生まれてくる。それは我ら精霊や魔物も同じだ。しかし、主にはマナが欠片もなかったのだ」
「空っぽだったから、壁を通り抜けられたってことか?」
「ああ。今は島のマナを宿しているが、それはスキルの影響だろう。……それに、島を開きたいというなら、主のスキルでどうとでもなるはずだぞ」
オウの言葉に、奏多は自分の掌を見つめた。
「俺の……スキルで……」
「わっちは奏多殿に任せるよ。王は奏多殿だからね」
アルマが晴れやかな顔で笑う。
「ワシらも、それでいいですじゃ」
ボンドとゲルドも力強く頷いた。
「ふむ。奏多殿が外と繋がりたいなら、それでいい。もしまた人間たちが攻めてきても、今の奏多殿ならなんとかしてくれるじゃろ」
クルスも信頼を込めた目を向ける。
「私は、奏多と外の世界を見てみたいです。奏多となら、どんな困難も立ち向かえる気がします!」
アリスの真っ直ぐな瞳に、奏多の心にあった最後のモヤモヤが消え去った。
「……よし、わかった」
奏多は立ち上がり、力強く宣言した。
「この島と世界を、もう一度繋げよう!」
かつて島を閉ざした絶望の歴史を、今度は自分たちの力で塗り替えるために。新たな魔王の決意が、古き都の空気に熱を帯びさせた。




