裏切りの愛
黒い船の周囲に広がる光景に、一行は言葉を失った。
「こんなことって……」
リリスが震える声で呟く。そこには、共に島で暮らしてきたはずの黒いローブの竜人族と、アインシア王国の旗を掲げた人間の兵士たちが、折り重なるようにして住民や客を蹂躙していた。
船からは、蟻の這い出るような数で次々と兵士たちが降りてくる。
「貴様ら……何をしてるんだ!?」
ボンドの怒号が響くが、人間の兵士たちは下卑た笑いを浮かべて応えた。
「おっと、泥臭いドワーフに獣臭い獣人か。ん? そこのエルフと鳥人の嬢ちゃんらはイケるねぇ」
兵士たちが「あのエルフは俺にくれ」「じゃあ俺は鳥の嬢ちゃんだ」と品定めを始める中、これまで沈黙を守っていた竜人族の一人が初めて口を開いた。
「おい。あの鳥人族には手を出すなという約束だ」
「そうだったな。じゃあエルフだけで楽しむとしようか」
兵士たちの下劣な会話に、クルスの堪忍袋の緒が切れた。
「貴様ら……言わせておけば……! 私に続け、戦闘部隊! 風の精霊よ、我望む力を――ストーム・バースト!」
凄まじい竜巻が兵士たちを巻き込み、吹き飛ばしていく。それに合わせ、エルフの戦闘部隊が放つ風魔法が一つに重なり、黒い船ごと包み込む巨大な嵐へと成長した。
「さすがクルスさんの魔法だ! これなら船ごと行けるぞ!」
ゲルドが興奮気味に叫んだその時――。
「やはり来てしまったか、アルマ……」
不意に響いたその声に、アルマの心臓が跳ねた。
「ド、ドラコ!? そこにいるの!?」
その瞬間、船を囲んでいた猛烈な竜巻が一気に霧散した。船の前に浮遊していたのは、竜人族の若き長、ドラコだった。
「さすがはクルスさんの魔法だ。俺がいなければこの船は粉々だったな」
ドラコは淡々と言うと、冷徹に詠唱を始めた。
「炎の精霊よ、我に従い力を渡せ――クリムゾン・バレット」
放たれた真っ赤な熱線が、目にも止まらぬ速さでエルフの戦闘部隊を直撃する。
「みんな!」
叫ぶクルスとリリス。アルマは必死に声を絞り出した。
「ドラコ! 何をやってるんだ!?」
「アルマ……これは俺たち竜人族が生きるためには仕方のないことなんだ。君もわかるだろう? 我ら異人が生き残るには、人間の圧倒的な武力が必要だということが」
「なんで……! あなたは代表として、他の部族とも仲良くやってきたじゃない!」
「それは自分たちが生き残るためだ。我らの祖、竜神様のように再び世界の頂点に立つために必要な過程なのだよ」
ドラコは悲しげな、だが揺るぎない目でアルマを見つめた。
「アルマ……君は俺と一緒に来ないか? 君だけは特別なんだ」
「ふざけないで! 私はここが好きなんだ! ここを潰すってんなら、私だって容赦しないよ!」
アルマの拒絶に、ドラコは「そうか」と一瞬だけ表情を曇らせた。
「……またな」
先ほどよりも巨大な紅蓮の弾丸が放たれる。
「させない! サンドウォール、五重がけ!」
リリスが瞬時に砂の壁を幾重にも展開し、衝撃を受け止める。
「アルマちゃん、行って!」
リリスの合図に頷き、アルマはドラコへと突撃した。だが――。
「時間だ。じゃあな」
ドラコの姿はフッと掻き消えるように消え去った。追いかけて上空へと上がったアルマは、そこで目にした光景に息を呑んだ。
水平線の向こう側。海を黒く塗りつぶすほどの軍艦が、巨大な艦隊を組んでこちらに向かっていた。すべての船に、アインシア王国の国旗が翻っている。
急いで地上へ戻ったアルマが、震える声でその事実を伝えた。
クルスは、絶望に満ちた港の煙を見上げながら呟いた。
「人間だ……。人間が、攻めてきたぞ……」
平和な「生誕祭」は終わりを告げ、島は最悪の侵略戦へと飲み込まれていった。




