2人の修行
「ここは……?」
奏多は辺りを見回しながら呟いた。
そこは、先ほどまでいたユグドラシルの麓とは全く異なる、色の概念すら曖昧な奇妙な場所だった。奏多たちは、竜神がその爪で切り裂いた別次元の空間へと足を踏み入れていた。
「ここは世界の狭間にある空間だ。ここなら時間すらも存在しない」
竜神が重々しい声で説明する。
「じゃあ、ここで何か修行でもするってことですか?」
広臣が尋ねると、竜神は即座に首を振った。
「そうだ。だが、そんなに時間はない」
「は? 何を言ってるんだ? お前、今『時間は存在しない』って言ってただろうが」
矛盾した言葉に、奏多が苛立ちを隠せず眉をひそめる。
「時間は存在しないが、カオスだってこの空間にくることは可能なんだ。もし俺たちのマナを感知されれば、ここに強引に割り込んでくることも十分に考えられるからな」
「なら、なおさら急がないと……!」
焦る奏多を、竜神は鋭い眼光で制した。
「慌てるな。奴も復活したばかりで、まだ真に力を引き出せていないのだろう。だからこそ、あの場でお前らをすぐ殺さずに残して消えていったのだ」
竜神は言葉を区切ると、二人を真っ直ぐに見据えた。
「続けて言うが、俺様が時間がないと言ったのは、お前らがカオスに勝てる算段をつけるまでのことだ」
「勝てる……算段……」
広臣がその言葉を噛み締めるように呟く。すると、竜神は奏多に向き直った。
「奏多。お前、なんでも好きなスキルを手に入れられるらしいな」
「え? 空井、そんなスキルを持っていたのかい!?」
広臣が驚愕の声を上げる。
「まあな。だけど、さすがに『カオスを倒す』みたいな、世界の理を無理やり歪めるようなのは無理だぞ」
奏多が淡々と自身のスキルの限界を告げると、竜神はフンと鼻を鳴らした。
「だろうな。そんな都合のいいことができたら、とっくにやっているだろうしな。俺様がお前にやってもらいたいのは……『竜化』だ」
「竜……化? あの、ドラコがやってたやつか?」
「ああ。ドラコは竜人族だから自力でできるが、純粋な人間のお前には本来それはできない。だからこそ、そこを特異なスキルで補うのだ」
「あ、ああ。それなら、たぶんできると思うが……」
奏多の返答に、竜神はさらに言葉を重ねる。
「ただ、竜化というのは本来、何百年という血の滲むような鍛錬のもとで初めてできるようになる高度な技だ。スキルで形だけそれを再現したとしても、お前の肉体がその強大なマナについてこれるかは全くの別問題だろう。だからまずは、いつでも肉体を壊さずに竜化を制御できるようにするのだ」
「わかった……。強くなれるなら、なんだってやるぞ」
奏多の瞳に、不退転の決意が宿る。
「ふっ」
その覚悟を見て、竜神は少しだけ満足そうに笑った。
すかさず、横からドラコがガシガシと自分の頭を掻きながら笑いかけてくる。
「コツは俺様が教えてやるから、なんでも聞いてこいよ、奏多!」
「あ、あの……。僕は、何をすれば……?」
自分だけ置いていかれたような形になった広臣が、恐る恐る尋ねる。
「お前は、女神の力を引き出せるようにしてもらう」
竜神の言葉に、広臣は目を丸くした。
「女神の力……?」
「ああ。勇者というのは、元々女神イリスがカオスに対抗するために創り出した最強の存在。それは、イリス自身の力を自在に操れる人間のことなのだ。カオスやギリスと言った『分体』とは違う。イリスの力そのものを、人間の器に埋め込んだ存在なのだよ」
「イリス様自身を……。え? それなら、愛多が使うスキルはなんなんですか?」
広臣が疑問を口にすると、竜神は静かに首を振った。
「ああ。聖女のスキル『女神代行』は、純粋な信仰心から女神の力に近いものを再現しているスキルだ。ただ、勇者と聖女じゃ元々の器が違いすぎて、聖女の器では完全にはイリスの力を使えないだろう?」
「たしかに……。あのスキルを使うと、愛多にかなりの負担がかかってたみたいだ」
広臣はこれまでの戦いでの愛多の痛々しい姿を思い出す。
「というわけだ。お前は勇者の器を持って、その女神の力を完全に使いこなせるようになるのだ。今ここで愛多に『女神代行』を使ってもらい、そのマナの波長から力の引き出し方を身体に覚えろ」
「なっ! それじゃあ、愛多がまた負担で……!」
広臣が咄嗟に拒絶しようとする。しかし、その言葉を遮るように、愛多が優しく、しかし凛とした声で微笑んだ。
「大丈夫です、広臣くん。竜神様が、私の足りないマナをすべて補填してくれますから」
「というわけだ。俺様が愛多に力を貸すから、それで彼女への負担を極限まで軽減する」
竜神の言葉を聞き、広臣は愛多の決意に満ちた表情を見て、強く拳を握りしめた。
「……わかりました。やってみます!」
力強く、広臣はそう言い切った。
こうして、限られた時間のなか、世界の狭間で、奏多とドラコ、広臣と愛多、それぞれの命懸けの修行が静かに幕を開けるのだった。




