復活の魔神王
「死ねえええええええッ!!!!」
ものすごい怒号とともに、ベノムの体の周りがメラメラと禍々しい炎で燃え上がり始める。
あの時、女神が現れた戦場で神槍グングニルを強引に使用した代償――抉れるように赤黒く変色した右腕は力なく下げたまま、ベノムは残された左手にボッ! と大量の炎の玉を出現させた。
「フンッ!」
ベノムが短く言った途端、その炎の玉が目の前から掻き消える。
奏多はそれに合わせて刀を構えて身構えていた。しかし――次の瞬間、突如として奏多の腕の端をえぐるように、ボコッ! と丸い穴が開いた。
「なっ……! Flint!?」
思わず腕を庇う奏多。だが、異変はそれだけでは終わらない。
直後、ボゴッ! ボゴッ! と、前触れも風を切る音もなく、奏多の体の至る部分が突如として抉られていく。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
あまりの激痛に奏多は痛みで叫んだ。
「我が魔法は不可視の魔法だ。貴様なぞ、この左手一本で十分だ」
ベノムが傲然と言い放つ。右腕を失ってなお、その左手から放たれる不可視の熱呪は圧倒的だった。
一瞬にして全身ボロボロになり、その場に崩れ落ちる奏多。
「くっ……。見えないどころか……避けることすら、できなかった……っ」
「終わりにするぞっ!」
ベノムが吠えると、先ほどの球体が、今度は空を埋め尽くさんばかりに大量に出現した。
「くそ……っ」
絶対絶命の状況の中、奏多は刀を強く握り直す。
「さっさと死ぬがいい」
ベノムがそう言った瞬間、周りの赤い球体が次々と消えていく。不可視の猛撃が殺到し、奏多が覚悟を決めた、まさにその時だった。
「――カミノタテ」
どこからか、聞き馴染みのある鋭い声が聞こえた。
次の瞬間、奏多の目の前で、ババババババッ!!!! と激しい連鎖爆破が次々と巻き起こる。奏多を襲うはずだった不可視の衝撃が、すべて目の前で完全に防がれたのだ。
「な、なんだ……!」
驚愕する奏多。
「何者だァァァッ!!」
自分の絶対の魔法を遮られ、周囲を激しく燃やしながら吠えるベノム。
もうもうと立ち込める煙の向こうから、一人の男が静かに歩いてきた。奏多の横を通り過ぎていく、その見覚えのある男――。
「……空井、待たせたね」
「甲斐……!」
そこに立っていたのは、勇者・甲斐広臣だった。
「なんでここに……!?」
「君に渡した聖剣があるだろう? 聖剣が僕を呼んだんだ」
広臣が静かに告げた瞬間、奏多の懐から、まばゆい光を放ちながら聖剣がひとりでに浮き上がりながら出てくる。
パシッ!! と、その聖剣を迷いなく手で握りしめる広臣。
「あの男を倒せば、すべて終わるんだね?」
広臣が前方のベノムを見据えて尋ねる。
「ああ、だけどお前、体は?」
心配して聞く奏多に、広臣はニコッと笑ってみせた。
「もう大丈夫だ」
広臣はそう言って前を向くと、ベノムに向かって話しかける。
「ずいぶん僕の友人を痛めつけてくれたみたいだね」
「貴様……あの時いた勇者だな」
ベノムの顔が不快そうに歪む。
広臣は聖剣の鋒をベノムへと真っ直ぐに向け、毅然と言い放った。
「そうだよ。君を倒して、僕は友人に恩返しをする」
「黙れェェェェェッ!!!!」
ベノムの怒号とともに、再び先ほどのやつ――大量の赤い球体が空間に出現し、一斉に消失する。
「またそれかい? 僕には効かないよ」
広臣は走りながら言う。
「カミノタテ」
広臣が呟くと、先ほどのように、走る広臣の周りで大量に爆発が起き、ベノムの不可視の熱弾が次々と霧散していく。
「なぜ効かぬ!? なぜ我が不可視の熱呪が当たらぬぅぅぅッ!?」
ベノムが驚愕の声を上げる。
「勇者だからさ!」
一瞬でベノムの前に飛び込んだ広臣が、叫びながら斬りつける。
「――カミノツルギィィィィッ!!!!」
一閃。聖剣の圧倒的な刃がベノムの体を深く切り裂いた。
「ぐぁァァァァァァァッ!!!!」
ベノムの体から大量に出血をして、その巨体がどさりと倒れ伏す。
「じゃあ、あとはイリス様を返してもらうよ」
広臣は息を整えながら、倒れたベノムに歩み寄る。しかし、ベノムはまだ怨念を滾らせていた。
「貴様ァァァァッ! 許さん! 絶対に許さんぞォォォォ!! ――原……化ッ!!!――」
ベノムが立ち上がった、まさにその直後だった。
ズボッ……!!
いきなり、ベノムの体から『手』が出てくる。背後から容赦なく体を貫かれたのだ。
「……なっ……セ、セバスチャン……きさ……ま……」
ベノムが信じられないというように呟く。彼の背後に立っていたのは、魔神の執事、セバスチャンだった。
「あなたが倒されると、色々面倒なのでね」
セバスチャンは淡々と言い放つと、ベノムを貫いていた手を引き抜く。
「お前……自分の仲間を……」
その光景に、奏多が戦慄の声を上げる。
「仲間……? 私たちはカオス様に従える同士ですよ」
セバスチャンは言いながら、ベノムのあの赤黒く変色した右腕を切り落とす。グングニルの力が宿り、女神を縛り付けていたその腕を。
「ぐぁぁぁッ!?」
ベノムが激痛に叫び声をあげる。
「これだけは守らないと。女神に復活されたらおしまいですからね」
「き……ざ……ま……」
ベノムは虫の息となった。
それをみて、セバスチャンは「ふむ」と言うと、ベノムの身体を魔法で持ち上げる。
そのまま、ズッ……。
セバスチャンは、カオスの眠る繭にベノムの身体をねじ込んでいく。
グジュグジュ……という不快な音とともに、
「やめ……うおおお……!」
と叫ぶベノム。
そうして徐々に埋まっていき、最後は叫び声も消えた。
「な、なにがしたいんだ……」
広臣が不気味なセバスチャンの行動に声を漏らす。
「ほほほ。これで準備は整いました。あとは……」
セバスチャンは言うと、ズブッッ!! と自分の体に手を突き刺した。
「なっ……!」
広臣と奏多が同時に息を呑む。
そうして、セバスチャンは自身の胸から心臓を取り出す。
ドクドクと波打つセバスチャンの心臓。
セバスチャンは恍惚の表情を浮かべ、
「この時を心よりお待ちしておりました。カオス様……」
と言って、その心臓を握りつぶす。
それと同時に、セバスチャンは糸が切れたかのように倒れる。
潰された心臓から流れ落ちる血が、繭に滴っていく。
――ドクン……!
――ドクン……!
と、再び脈を打ち始める繭。
「なっ! 繭が復活した……?」
奏多が驚愕の声を上げる。
「これはちょっとやばそうだね」
広臣も冷や汗を流す。
奏多は叫んだ。
「オウ! 無事なのか!」
「…………」
しかし、何も返事がない。
「なんだ……。おい! 返事をしろよ!」
奏多の焦燥の叫びが響く、その時だった。
ドクン……! ドクン……!
ドクンドクン……! ドクンドクンドクドクドクドク! と脈が早くなっていく。
「……!」
何かに気づいた広臣が叫んだ。
「空井! 逃げるんだ!」
広臣が走り出し、2人はその場から退避する。
次の瞬間、繭がものすごい轟音とともに爆発する。
爆発の大きさは、巨大なユグドラシルを半壊させるほどだった。
煙の中から飛び出す2人。
「無事か! 甲斐!」
奏多が尋ねる。
「ああ、なんとかね。……でも」
広臣がユグドラシルを見る。
「カオスが……復活……したのか?」
奏多が恐る恐る視線を向けた。
シュゥゥゥゥゥ……と、煙が晴れていく。
その煙から、一体の人影が映る。
奏多はその姿を見て言葉を失う。
「オ……オウなのか……?」
奏多がぽつりと呟く。
その人影は、姿形はたしかに精霊王のオウだった。
しかし、奏多の呼びかけにも応えないそれは、生まれたことを確かめるかのように自分の手を握ったりしてみている。
「空井……。あの禍々しいマナ……。あれは……」
広臣が恐怖に声を震わせる。
「やめろ……甲斐。それ以上は……」
奏多は現実を拒絶するように言った。
そいつはゆっくりと奏多と広臣の方をみる。
そうして、口が裂けんばかりにニヤッと笑うのだった。




