終焉の時
「はぁぁぁッ!!」
奏多は黄金の神力を爆発させ、八岐大蛇と化したミリア目掛けて一直線に飛び込んだ。一閃。極大の光刃が空間を裂き、ズパァン! と一本目の巨大な首を鮮やかに切り落とす。
「ガァァァァッ!?」
切り口からドス黒い血液を撒き散らし、狂ったようにのたうち回るミリア。
「ギリス!!」
「うん!」
奏多の呼応に、ギリスは即座にマナで編み上げた緑色の光弓をキリキリと限界まで引き絞った。
スパッ――!
放たれた光の矢が、のたうち回るミリアのもう一本の首を正確に射抜く。その瞬間、ブチブチッ! と嫌な音を立てて連鎖するように三本の首が力なく沈んでいった。
「グギャァァァオァッ!!」
さらに悲痛な叫びをあげるミリア。
「残り四本だっ! こいつで一気に決めてやる!!」
奏多の握る刀の切っ先から、濃密な黄金のオーラが目に見えて ぐんぐんと伸びていく。
その光刃が数十メートルにまで達した瞬間、奏多は神速の踏み込みから横一文字に刀を振り抜いた。キィィンと空間が鳴り、スッと残りの四本の首が同時に宙を舞う。
ズゥン……。
すべての首を失った八岐大蛇の巨体が、重い音を立てて大樹の頂へと沈んでいった。
「奏多くん! そのまま行くんだ!」
「わかってる!」
ギリスの声に背中を押され、奏多は足を止めずに走る。目指すは世界樹の最深部、囚われた女神の元へ。
「女神を返してもらうぞ!!」
奏多はベノムとセバスチャンが構える前方へ向け、黄金に輝く刀を振りかざして高く飛び上がった。――その時だった。
「奏多くんっ!!」
背後から、ギリスの引き裂かれたような悲鳴が響く。
「え?」
空中でハッとして振り返った、その瞬間だった。
ゴボッ……! と生々しい音が響く。奏多の目の前で、ギリスの華奢な腹部を、太く強靭な『巨大な蛇の尻尾』が無慈悲に一突きに貫いていた。
「ギリス!? なんで……っ!?」
奏多は息を呑んだ。そして、凄まじい違和感に襲われてハッとする。
――ベノムに向かって飛び上がっていたはずの自分は、なぜか最初の足場から、一歩も動かずに突っ立っていたのだ。
ズッ……。
肉を抉る音と共に容赦なく尻尾が引きぬかれ、ギリスはその場にドサリと崩れ落ちる。
「どうやら、僕たちは……最初から、幻術にかけられていたみたいだね……」
ギリスは口元から血を流し、自嘲気味に呟いた。
「ずいぶん都合のいい幻想を見ていたようね、アリスティアの王様?」
正面から、嘲笑を孕んだ艶めかしい声が聞こえる。
煙の向こうから姿を現したのは、先ほどすべての首を切り落として倒したはずの、八岐大蛇の姿をしたミリアだった。その巨体には傷一つなく、八つの悍ましい頭もすべて健在のまま、くねくねと蠢いている。
「幻術……だって……?」
奏多が歯噛みしながら刀を握り直す。
「ええ。私の固有能力は『幻術』。女神イリスにさえ気づかれずにアインシアを完全に洗脳下に置けたのも、私のこの完璧な能力があってのことなのよ」
「そんな能力が……。だがな、幻術だって分かれば、それにかからないように立ち回ればいいだけだ!」
奏多が黄金のオーラを再び滾らせる。
「かからないように? ……どうやって?」
ミリアの八つの頭がいっせいに不気味に嗤った。
直後、奏多の目の前からミリアの巨大な姿が、かき消えるように消失する。
「なっ……! どこに消えた!?」
警戒を周囲に巡らせた瞬間、突如として死角である真横から、凄まじい質量の巨大な尻尾が奏多の肉体を捉えた。
ドガァァァンッ!!!!
「ぐおっ!?」
バキボキという、肋骨が派手に砕ける鈍い音が響き渡る。奏多はユグドラシルの頑丈な枝の上を、何度も激しくバウンドしながら吹っ飛ばされ、地面に激しく叩きつけられてようやく止まった。
「くっ……。あが、肋が……っ」
奏多は悶絶しながらも、口の血を拭う。
「私の幻術はね、かかっていることすら自覚させない。だからあなたは、何もできないままここで終わりなのよ」
ミリアの冷酷な宣告が響く。
「くそっ……! どうすれば、破れる……!」
奏多は痛む脇腹を押さえ、朦朧とする意識の中でなんとか立ち上がった。
「奏多くん、大丈夫ですか!?」
そこへ、腹部を貫かれたはずのギリスがタタッと走って近寄ってくる。
「ギリス!? お前、腹の穴は……!」
「私はこのユグドラシルがある限り、絶対に死なないんだ。だから自分の心配はしないで。それより君を治すよ!」
ギリスが両手をかざすと、温かな緑の光――高密度の回復魔法が奏多の身体を包み込み、砕けた肋骨を急速に繋ぎ合わせていく。
「さて、どうする? 奏多くん」
「困ったね……。彼女の幻術は、本体であるイリス様ですら直前まで見抜けなかったほど強力なんだ……。それに、あそこで静観しているベノムとセバスチャン……あいつら、絶対に何か別のことを企んでる」
ギリスが緊迫した面持ちで、前方の二人に視線をやる。
「どちらにせよ、ここでグズグズしてたら本気でヤバいよな」
奏多は刀を構え、焦燥感を募らせる。
「お話は終わったかしら? じゃあ、さっさと死になさい」
ミリアが冷たく言い放つと、八つの頭がそれぞれ異なる属性のマナを急速に宿し始めた。
【火、水、風、土、闇、光、雷、氷】
それぞれの口の前に、異なる色彩を持った、超高密度に凝縮されたマナの球体が出現する。
「これで終わりよ!!」
ドバァァァァァンッ!!!!
八つの球体が一斉に放たれ、それぞれが空間を焼き尽くす極太の魔力ビームとなって、奏多たち目掛けて降り注いだ。
「走れ、ギリス!!」
奏多とギリスは左右に分かれ、猛烈な爆発の連鎖から逃れるように世界樹の頂上を駆け抜ける。
「ほらほら! 逃げ回ってばかりじゃ、足元にあるあなたたちの最愛のユグドラシルが死んでいくだけよ?」
ミリアの言葉通り、追尾するように放たれる無数のビームが、世界の命運たる世界樹の枝葉を容赦なく破壊し、削り取っていく。
「くっ! このまま逃げ回ってちゃラチが明かねえ……! 攻めるしかない!」
奏多は反転し、ビームの嵐の中を正面から突き進む。
「あっ! ダメだ、戻って、奏多くん!!」
背後からのギリスの制止の声は、激しい爆音にかき消されて奏多の耳には届かない。
「――『マナ・バースト』ッ!!!!」
奏多は自身の純粋なマナを一点に限界まで凝縮し、それを超高圧の砲弾として、ミリアの巨体へ向けて次々と乱射した。光の弾丸がミリアの肉体に直撃し、激しい爆煙を巻き上げる。
「そんな小細工、私には効かないわよ!」
ミリアは無傷のまま、依然として凶悪なビームを放ち続ける。
しかし、激しい光の中にいる奏多の口角が、ニヤリと上がった。
「――ギリス、今だ!!」
「ええっ!!」
いつの間にか、ビームの死角へと回り込んでいたギリスが叫ぶ。彼の手にある緑のマナの弓には、いつの間にか、不気味なほど重厚な『木製の矢』が一本、しっかりと番えられていた。
ギリスはその矢を、一切の迷いなくミリアの眉間へ向けて放つ。
「なあに? そんな、ただの木切れの矢なんて――」
ミリアが小馬鹿にしたように鼻で笑った、その瞬間。
「――避けろ、ミリア!! それはマズい!!」
あそこで静観していたはずのベノムが、血相を変えて絶叫した。
「は?」
ミリアが呆気に取られた時には、すでに遅かった。ギリスの放った木製の矢が、八岐大蛇の眉間の肉を深く貫き、突き刺さる。
「……は、何よ。何も起きないじゃない」
ミリアが冷笑を浮かべようとした、次の瞬間だった。
ボコッ、ボコボコボコッ!!!
八岐大蛇と化したミリアの巨体が、内側から異常な圧力でぶくぶくと風船のように膨らみ始めた。
「な、何よこれ!? 身体が、いうことを聞かない……!」
激しい拒絶反応に、ミリアの八つの頭が恐怖に染まる。
「やだ……! やめて、たすけぅっ――」
パァァァァァンッ!!!!
それが彼女の最期の言葉だった。限界まで膨れ上がったミリアの巨体と八つの頭は、内側からの圧倒的なエネルギーに耐えきれず、凄まじい音を立てて木っ端微塵に弾け飛んだ。肉片すら残らず、光の塵へと還っていく。
「フゥ……。ユグドラシルの枝を使った、私の神力特製の矢だ。世界樹の根源たるその密度には、君ごときの器じゃ耐えきれずに拒絶を起こすだろうね」
ギリスが弓を消して、誇らしげに息をつく。
「はあ……。やっと倒せたな……」
奏多も刀の力を緩め、安堵の汗を拭った。
――ぐちゃっ。
沈黙の戦場に、あまりにも生々しい、肉と骨が完全に潰れる不快な音が響き渡る。
「……は?」
奏多の思考が一瞬、完全に停止した。
目の前で、たった今笑い合っていたはずのギリスの身体が、何の予兆もなく、信じられない力でペシャンコに押し潰され、肉塊へと変わっていた。
「ギリスぅぅぅぅぅぅッ!!!!」
奏多の絶叫が世界樹の頂上にこだまする。
すると、何もない虚空から、ケラケラと楽しげに鈴を転がすような笑い声が響き渡った。
「あはははは! 残念でした〜! 今の倒せたっていう一連の流れも、ぜーんぶ私の『幻術』でーす!」
空間が陽炎のように揺らぎ、そこには傷一つなく、さっきの神力の矢など最初から刺さってすらいない完全無欠のミリアが、可笑しそうに八つの頭を揺らして立っていた。
「っ……! てめえぇぇぇッ!!」
奏多の瞳に、かつてないほどの激しい怒りの炎が燃え上がる。
「倒せたと思って、最高の安心感からの絶望……いい表情ね〜アリスティアの王様。本当に滑稽だわ」
「くっ……!」
奏多は怒りに震え、激しく舌打ちをする。しかし、その時、奏多の脳裏に一つの事実がよぎった。
(……そうだ。焦るな、ギリスは『ユグドラシルがある限り絶対に死なない』って言ってた。あいつが無事なら、まだ立て直せる――)
「あーあ、可哀想に。その頼みの綱の分体なら、もう『完全に死んでる』わよ?」
ミリアが冷酷に、現実を突きつける。
「へ……? 何を言って――」
「ほら、あっちを見てごらんなさいな」
ミリアが八つの首の先端を、ぐいっとセバスチャンとベノムがいた方向へと向けた。
奏多が弾かれたように視線をそちらへ転じる。
そこには、全身から禍々しい炎を上げるベノムが、その右手に『淡く輝く緑色の結晶の玉』を掴んで立っていた。
「貴様らが我らの同胞の幻術と、下らないおままごと戦を繰り広げている間にな……。我らはこの世界樹の最深部に潜り、ユグドラシルの生命の根源――『核』を見つけ出して奪取してきたのだ」
ベノムが傲然と、冷酷な笑みを浮かべる。
「そして……これをこうする」
「しまっ――止めろぉぉぉッ!!」
奏多が地を蹴る。しかし、間に合わない。
パキィィィィンッ!!!!
ベノムは冷徹に、その凄まじい怪力で、掴んでいた緑色の核を片手で容易く握り潰した。世界樹の心臓が、粉々に砕け散る。
「なっ……!!」
奏多の動きが完全に止まった。
その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴがががががッ!!!!!
アリスティアの大地、そして世界樹ユグドラシル全体が、これまでにないほどの不気味な地鳴りを立てて激しく狂ったように揺れ始めた。
「うわっ!? なんだこの揺れは……っ!」
あまりの激震に、奏多はその場に膝をつく。
見上げれば、青々としていた大樹の葉は一瞬にして生気を失い、脈々と生命エネルギーを循環させていたユグドラシルの巨躯たる幹が、みるみるうちにドス黒く変色し、腐った泥のように崩れ落ちていく。世界樹が、内側から完全に死滅していく。
「これでユグドラシルは終わりよ。この世界を支える大黒柱は、今この瞬間を以て完全にへし折れたのよ!」
ミリアが歓喜の声を上げる。
次々と崩壊し、腐り落ちていく世界樹の巨体。足場すらも失われつつある極限の絶望の中で、奏多はただ、滅びゆく世界樹を見つめるしかなかった。
「くっそ! どうすれば、どうすればいいんだ……!」
世界を繋ぐ命の光が消え去ろうとする中、世界の命運を懸けた最終決戦は、最悪の破滅へ向けて急速に加速していくのだった。




