八岐大蛇
ユグドラシルの頂上――。天辺では、すでに激しい前哨戦が行われていた。
「さっさと死んでくれない? あんたのそのしぶとい生命力も、ユグドラシルから供給されてるんでしょ?」
魔神将の一人、ミリアは忌々しげに吐き捨てると、足元に向けてドス黒い魔弾を容赦なく撃ち込んだ。爆風が吹き荒れ、大樹の頂が激しく揺れる。
「ぐっ……。だけど……あなたの哀れな仲間たちも、全員地上で倒されたみたいですよ」
そう言って必死に耐えていたのは、ユグドラシルの守人であり、女神イリスの分体であるギリスだった。彼の身体はすでに傷だらけで、その息は絶え絶えだった。
「知ってるわよ。だからこうしてイライラしてんじゃない!」
ミリアはさらに足元のユグドラシルへと容赦のない攻撃を叩きつける。
しかし、彼女はふうと息を吐くと、一転して不気味に口角を釣り上げた。
「はあ……。キュレムの奴、本当に使えないわね。……まあいいわ。あいつらのおかげで、十分な時間は稼げたから」
ミリアがそう呟いた瞬間だった。彼女の背後の空間が、バリバリとガラスが割れるような音を立てて激しく裂け始めた。
「なっ……!」
ギリスが驚愕にその細い目を見開く。
「時間稼ぎ、誠にありがとうございました。ミリア様」
引き裂かれた空間の割れ目から、優雅に一礼しながら現れたのは、魔神の執事セバスチャンだった。
「遅いじゃないの。でも、どうにか間に合ってよかったわ」
「上出来だ、ミリア」
セバスチャンの後ろから、周囲の空気を一瞬で灼熱へと変えるほどの、圧倒的な圧力を孕んだ声が響く。割れた空間から姿を現したのは、魔神将の1人――『炎柱』のベノムだった。
「ふん。感謝してよね」
ミリアは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、再びギリスへと冷酷な視線を戻した。
「ということだから。あんたはもう終わりよ、ギリス」
「くっ……!」
絶対絶命。ギリスが奥歯を噛み締めた、その時だった。
タタタタタッ!!!!
ユグドラシルの幹を、凄まじい速度で駆け上がってくる力強い足音が響き渡る。
次の瞬間、まばゆい光の弾丸と化した『何者か』が、大樹の頂上へと勢いよく飛び出してきた。全身に猛烈な黄金のオーラを身に纏った男――アリスティアの王、奏多である。
「オラァァァァァァァッ!!!!」
奏多は咆哮とともに、限界まで神力を込めた黄金の刀を、セバスチャンの首筋めがけて一閃した。
パシーーーーーン!!!!
しかし、セバスチャンは表情一つ変えず、自身の漆黒の腕だけでその神速の刃を真っ向から弾き止めた。刀と腕がぶつかり合い、キリキリと火花を散らしながら、凄まじい力が拮抗する。
「ふんっ!!」
セバスチャンが容赦なく腕を振り払うと、奏多はその反動を利用して軽やかに後ろへと跳び、間合いを取って着地した。
「遅かったな、魔王よ」
ベノムが腕を組み、傲然と奏多を見下ろす。
「遅くないさ。今からお前ら全員、まとめてここに斬り伏せるからな」
奏多は刀を構え直し、鋭い眼光で魔神の軍勢を睨み据えた。
「ありがとう……奏多くん。助かったよ」
ギリスが安堵の息を漏らす。
「あんたは……?」
「私はイリス様の分体、ギリスだ。精霊王オウ様から、君のことは聞いてるよ」
「なるほどな……。確かにイリスにも、アリスにもよく似てるな」
奏多はギリスの姿に二人を重ね合わせ、納得したように頷いた。そして、目の前に並ぶ三人の強敵を見据える。
「……で。これは現状、結構ヤバい状況か?」
「うん。相当にね」
ギリスの引き締まった表情が、事態の深刻さを物語っていた。
「なら――最初から出し惜しみなし、本気で行かないとなぁっ!!」
奏多が吼えると同時に、彼の身体からそれまでとは比べ物にならないほどの、爆発的な黄金の神力のオーラが天を突くように噴き上がった。ユグドラシルの頂上が、太陽のような光に照らされる。
「なるほど、バロンの奴がやられるわけね……」
ミリアがその威圧感に目を細める。
「フン、こちらも最初から本気で行かねば、我らとて足元をすくわれるぞ」
ベノムの全身から、激しい業火が立ち上る。
「わかってるわよ」
ミリアは忌々しげに呟くと、冷酷な目で奏多を見据え、静かに唱えた。
「――『原化』」
その瞬間、ミリアの肉体がドス黒い闇のオーラに包まれ、急速に膨れ上がりながら歪に変形していく。やがて、その邪悪な闇の霧が徐々に霧散していくと――そこに現れたのは、天を覆わんばかりの巨躯を持つ、8つの巨大な頭を蠢かせる『巨大蛇』の姿だった。
『すぐに、なぶり殺してあげるわ……っ!』
8つの頭がいっせいに口を開け、地鳴りのようなドスの効いた低い声で奏多を威嚇する。
「いくよ、奏多くん!」
ギリスが魔法のマナを限界まで高め、奏多の傍らに並び立つ。
「ああ。――一瞬で蹴りをつけるぞ!」
黄金の神力を滾らせる奏多と、世界の命運を握るギリス。
世界の頂、ユグドラシルの最上階にて、魔神の最高幹部たちを相手にした「最終決戦」の火蓋が、いま強烈に切って落とされた。




