覚悟
「お前のお気に入りたちは、全員倒されたみたいだぞ?」
上空で対峙する奏多は、眼下の戦場から気配が消えたのを感じ取り、冷徹な声で告げた。太一、ドラコ、アリス、そしてレトル。仲間たちがそれぞれの死闘を制し、すべての前哨戦は幕を閉じている。
「なによそれー! もーう! なにやってんのよ、みんな使えないわねーっ!!」
キュレムは空中をバタバタと飛び回りながら、子供のように激しく地団駄を踏んで悔しがった。その幼い顔が、怒りで醜く歪んでいく。
「あとはお前だけだな、キュレム」
「もう! 本当に怒った! 許さない、絶対に許さないんだから!!」
キュレムは突如としてスッと真顔になり、冷酷な声音で短く呟いた。
「――『原化』」
その言葉が引き金となった。
直後、キュレムの小さな身体が不気味な音を立ててボコボコと膨れ上がり、細胞が異常な速度で増殖を始める。
「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
幼い少女のものとは思えない、地響きのような野太い咆哮が周囲一帯に鳴り響く。
たちまちその身体は巨大化し、世界樹の麓に広がる背の高い樹木よりも、さらに頭一つ分は大きい、禍々しい肉体を持った異形の怪物へと変化を遂げた。
「もう許さないわ! お前を八つ裂きにして殺して、あの忌々しいユグドラシルも私が粉々にぶっ壊してあげる神話の終焉よ!!」
怪物の口から、地を震わせる野太い声が放たれる。
「ふん。ついにその薄汚い真の姿を現したな。凶悪な魔神の尖兵としちゃ、そっちのほうがよっぽど似合ってるぜ」
奏多は一切の気後れもなく、腰の刀を静かに引き抜いた。
漆黒の刀身を構え、自身の内にある膨大な神力をじわじわと込めていく。黒かった刃は、またたく間にすべてを照らす圧倒的な「黄金の輝き」に満たされていった。
「ウオオオオオオオオオッ!!!!」
キュレムが再び雄叫びを上げ、巨体を震わせる。
「さっさと、お前を倒してすべてを終わらせていくぞ」
はあっ!! と奏多が鋭い呼気と共に地を蹴った。空間を飛び越えるような一瞬の神速でキュレムとの距離を詰め、その無防備な巨大な腹部に向けて、黄金の刀を一気に振り下ろす。
キンッ!!!!
しかし、強固な金属を叩いたような鋭い音が響いた瞬間だった。
ジュッ……! という不気味な融解音とともに、奏多の刀身に満ちていたはずの黄金の神力が、煙のように一瞬でかき消され、失われていく。
「なっ……!? 神力が消えた……っ!?」
奏多が驚愕に目を見開く。
「ふんっ!!」
キュレムはその隙を逃さず、丸太のように太い腕を横一文字に振るい、奏多の身体を強烈に引っ叩いた。
「くっ……!」
空中へ吹き飛ばされながらも、奏多は空中で見事に体勢を立て直し、地面を数メートル滑りながら受け身を取って着地した。
「無駄よ無駄無駄! 私に対するマナや神力を帯びた攻撃は、すべて私の肉体が『無効化』するのよ!!」
キュレムが勝ち誇ったように野太い声で嘲笑う。
これこそがキュレムの真の能力――「洗脳」の正体だった。彼女の洗脳とは、相手の持つ固有のマナを、キュレムのこの「無効化」の力で一度完全に消滅させ、空っぽになった精神と肉体に己の魔神のマナを強制的に植え付けることで成立させていたのだ。
「無効化、か……」
奏多は刀を見つめ、小さく呟いた。
「なら――これならどうだっ!!」
奏多は不敵に笑うと、自身の内なる神力をさらに、限界を超えて解放した。
ドォォォン!! と黄金のオーラが爆発的に噴き出し、刀身だけでなく、今度は奏多の全身をも神々しい光の衣のように包み込んでいく。
「これで終わりだっ!!」
光の流星となった奏多が、再びキュレムに向かって一直線に斬りかかる。
「はっ! 何度やったって無駄だって言ってるでしょう! 無駄無駄無駄無駄……む……え……、あ……?」
キュレムは言葉を途中で完全に詰まらせ、その巨大な目を驚愕に見開いた。
「なん……で……私の、無効化が……っ……」
ゴパァッ!!!!
次の瞬間、キュレムの言葉を遮るように、その巨大な巨体が斜め一文字に、綺麗に「半分」へと両断された。断面から眩い光が溢れ出す。
「お前の無効化の許容量を遥かに超えて、俺の神力の密度を『神の位』にまで引き上げた。……お前のその安っぽい無効化じゃ、俺のこの域の力は消しきれなかったみたいだな」
奏多は静かに刀を鞘へと収めた。
「そんな……の……ずる……い……。私は、ミリア…様…」
キュレムは恨みがましい声を残しながら、光の粒子となって、サラサラと虚空へ消え去っていった。アリスティアを恐怖に陥れた洗脳の元凶は、ここに完全に消滅した。
「ふう……」
奏多は大きく息を吐き、全身を覆っていた黄金のオーラを静かに消していった。そのまま、ゆっくりと地上へと降り立つ。
「奏多殿ーーっ!!」
遠くから、エンシェントエルフのクルスが必死の形相で走ってきた。
「おう、クルス。そっちの戦況は終わったか?」
「うむ! もう雑兵どもは全部片付け終わったぞい! アリスやレトル、ドラコたちはかなりの負傷をしておるから、今は聖女やアルマたちが付きっ切りで回復魔法をかけておる。命に別条はないぞ。!」
「よし、みんな無事か……。なら、あとはあそこだけだな」
奏多は顔を上げ、禍々しい紫の雲に覆われた、世界の中心たる大樹「ユグドラシル」を見据えた。
『――主よ。急いだほうが良い』
突如、奏多の背後から重々しい声が響く。
「オウか」
奏多が振り返ると、そこには精霊王オウが静かに佇んでいた。
「ユグドラシルを守る『守人』の気配が、今、かなり弱まっている」
「そうか……。オウ、お前は一緒に来ないのか?」
奏多の問いに、オウは静かに首を横に振った。
「我には、少しここでやらねばならん役目があってな。共には行けぬ」
「そうか。なら、お互い無事で、すべてが終わったら落ち合おう」
奏多は短く告げると、迷うことなく、ユグドラシルの根元に向かって一直線に走り出した。最後の決戦の地へ。
「……オウ様。やるべきこととは、一体どちらへ行かれるのですかな?」
奏多の後ろ姿を見送った後、クルスが不安そうにオウへと尋ねた。
オウは静かに、そびえ立つユグドラシルを見上げながら語る。
「ユグドラシルがもし、万が一にでも破壊されるようなことがあれば、このアインシア、いや、この世界そのものに与える影響は計り知れん。世界が崩壊する……。その最悪の時が来れば――我が世界樹の『新たな代わり』を、この命を賭して務めなければいけないのでな」
「そうで……ございますか……」
クルスは悲しげに顔を伏せ、拳を握りしめた。精霊王としての、命を賭したあまりにも重い覚悟。
「案ずるな、クルス。大丈夫だ。我の主が、必ずやあの魔神を討ち倒してくれる。我はその勝利を信じ、万が一を支えるだけだ」
オウの力強い言葉が、クルスの心を鼓舞する。
そうして、世界の運命を懸けた、奏多と魔神将ミリアによる「最終決戦」の火蓋が、いま切って落とされようとしていた。
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