魔槍
「いくぞっ!!」
レトルは叫ぶと同時に爆発的な踏み込みで大地を割り、一瞬にしてダウラとの距離をゼロへと詰めた。
手にした槍を引くと同時、七色のオーラを纏った超高速の連続突きがダウラを襲う。
カンカンカンカン……!
ダウラは必死の形想で槍を動かし辛うじて弾くが、その猛烈な速度に防御が追いつかなくなっていく。
「――『シンフォニースピアーズ』ッ!!!!」
レトルの咆哮とともに、槍の軌道が七色の光の残像を残しながら「光速の域」へと完全に到達した。
残像すら見えない神速の連撃に対し、ダウラは完全に防ぎきれず、その肉体に何度も、何度も鋭い槍の刃が突き刺さる。
「ぐあああああッ!!」
ダウラは悲痛な叫びを上げ、大量の鮮血を撒き散らしながらその場に力なく倒れ込んだ。
カンッ、とレトルは槍の石突を地面に突き立て、荒い息を吐きながら見下ろす。
「……致命傷は避けた。頼む、負けを認めるんだ、ダウラ。あっちの聖女さんに頼めば、お前の洗脳だって絶対に解いてやれる」
「くっ……。ハハ、ずいぶんと……余裕そうじゃねえか、兄弟……」
ダウラは血に染まった顔を上げ、赤い瞳でレトルを鋭く睨み据えた。
「だがな……」
ダウラはニヤリと不敵に笑う。
「――ッ!」
危険を察知したレトルがバッ!と即座にその場から大きく後退する。
「俺はまだ、負けちゃいねえよ」
ダウラはフラフラと立ち上がると、信じられないことに、自らの愛用していた槍の柄を両手で力任せにバキィッ!!と半分にへし折った。
「負けてない……? 槍を折って、諦めるってことか?」
怪訝そうに眉をひそめるレトル。
「ふん、言ってろ。……今から最高のとっておきを見せてやるぜ」
ダウラは両手に一本ずつ、折れた槍の短柄をナイフのように持ち直した。
「ハァァァァァッ!!」
ダウラが腹の底から気合の咆哮を上げる。
するとその瞬間、右手に持つ片方の槍からまばゆい『青白いオーラ』が激しく流れ出し、それと全く同時に、左手に持つもう片方の槍からはドロリとした『ドス黒いオーラ』が溢れ出た。
「なんだ、あのマナは……!?」
レトルの直感が最大の警鐘を鳴らす。
「――なんだかわかんねえけど、ここで確実に決めさせてもらうぜ! はあっ!」
レトルは迷いを振り切るように地を蹴り、一気にダウラの懐へと滑り込んだ。
「終わりだぁぁぁッ!!」
七色のオーラを槍の穂先に最大まで滾らせ、必殺の突きを放つ。
しかし、その刃がダウラの胸元に刺さる直前、ダウラは逃げるどころか「ニッ!」と凶悪に笑った。
「――『破』ッ!!」
ダウラが叫ぶ。その瞬間、彼の持つ二本の折れた槍から、二色のオーラが爆発的な衝撃波となって一気に吹き荒れた。
「うわっ!?」
あまりの圧力に、レトルは突きを遮られ、後ろへと激しく吹き飛ばされる。レトルは空中でなんとか体勢を立て直し、受け身をとって地面に着地した。
「なんだ、あの凶悪なオーラは……!」
レトルは冷や汗を流しながら対峙する。
ダウラの右手の槍からは聖なる青白いオーラ。左手の槍からは邪悪なドス黒いオーラ。それらの波動は、へし折れて短くなったリーチを補うかのように、天を突くほど巨大な「光と闇の刃先」をそれぞれの先端に形作っていた。
「これが、キュレム様からもらった新しい力だ。本当は、奏多のためにとっておきたかったんだけどな……。しょうがねえ、お前相手に全開でいくぜ」
ダウラが二本の魔槍を交差させる。
「キュレムからもらった力……?」
「ああ。この神力を乗せた右の一撃が『神槍グングニル』。そして、魔神のマナを乗せた左の一撃が『魔槍ルシファー』だ。この神と魔、相反する二つの力こそが、今の俺の最強の武器さ」
「へっ、神魔の力だって? ――そんなもん、俺のこの槍が正面から貫いてやるよ!!」
レトルは不敵に笑い返し、七色の槍を強く構え直した。
「フッ、じゃあいくぜ、兄弟?」
バッ!! とダウラが驚異的な跳躍力で遙か高くへと飛び上がる。
「消し飛ばせ、――『ルシファー』ッ!!!!」
ダウラは上空から反転し、左手のドス黒い魔槍を突き出しながら、レトルに向けて超高速で突っ込んできた。
「きてみろ!!」
レトルは真っ向から迎え撃つべく、穂先にありったけの七色のオーラを強引に注ぎ込む。
「おらぁぁぁッ!!」
迫り来るダウラの魔槍の先端に合わせ、レトルも地上の突きを完璧な精度で突き出した。
カアンッ!!!!
二つの槍の先端が一点で激突し、甲高い音が響き渡る。
「あ……?」
直後、レトルの口から驚愕の声が漏れた。
激突した瞬間、レトルの槍に灯っていた自慢の七色のオーラが、まるで幻だったかのように、フワッ……と一瞬にして完全に消し飛ばされたのだ。
「まだ終わりじゃねえぜ!?」
上空のダウラが叫ぶ。オーラを消されて無防備になったレトルの隙を逃さず、ダウラはもう片方の右腕に持っていた青白い『グングニル』を、目にも留まらぬ速さで突き出した。
「なっ……!?」
レトルは回避すら間に合わず、その青白い神速の刃によって、脇腹を深く抉り取られた。
「うぐぅっ!?」
激しい衝撃と痛みに、レトルは真横へと盛大に吹き飛んだ。
地面を転がり、血を吐きながらもなんとか立ち上がるレトル。
「くっ……。……なんで、なんで俺の融合マナが一瞬で消し飛んだんだ……!?」
「『魔槍ルシファー』の特性は『マナの消滅』さ。それがどれほど高密度に練り上げられた極限の魔法マナであっても、触れた瞬間にすべて無に還す」
ダウラが悠然と着地しながら告げる。
「なるほどな……。つまり、俺の七色のオーラをルシファーで完全に消し飛ばした直後に、剥き出しになった俺の肉体をその『神槍グングニル』で撃ち抜いたってわけか……」
レトルは脇腹を押さえ、ドクドクと流れる血を感じながらも――ニッ、と獰猛に笑った。
「……それでこそ俺の兄弟だ。めちゃくちゃ面白えじゃねえか……っ!!」
その言葉を受け、ダウラも操られた赤い瞳の奥で、戦士としての口角をグッと吊り上げた。
「この絶望的な状況で笑ってやがる。……お前、本当に最高の兄弟だよ!!」
二人は再び、魂の底から槍を構え直した。
レトルは両手で一本の槍を。
ダウラは二本に分かれた光と闇の槍を、両手にそれぞれ順手に構える。
「「――いくぜ!!!!」」
二人は同時に叫び、目にも留まらぬ速さで再び激突した。
ドカッ! カン! カァァン!!
魔槍に触れればすべてのマナを打ち消される。それを完全に理解したレトルは、あえて七色のオーラを出すのを完全にやめ、純粋な「槍の物理的な技量だけ」で勝負に出た。
ダウラの持つ二本の槍から変幻自在に繰り出される光と闇の猛攻を、レトルは極限の集中力ですべて受け流し、弾き返していく。
「ほらほらほら!! 止まらねえぞ、レトル!!」
「いつまででも付き合ってやるよ、ダウラぁ!!」
肉体と肉体が激突し、火花が散る。しかし、お互いにすでに満身創痍。激しく槍を交わすたびに、二人の身体から飛び散る鮮血が、周囲の草木を赤く染めていく。
そして――。
カアンッ!!
激戦による疲労で、ほんのわずかに動きの鈍ったレトルの隙を、ダウラは見逃さなかった。ダウラの左手の槍が、レトルの槍を強引に上方へと大きく弾き飛ばす。
「終わりだぁぁぁッ!!」
ダウラは勝ちを確信し、もう片方の右手に持っていた神槍グングニルを、ありったけの力でレトルの胸へ向けて突き出した。
「――終わってたまるかぁぁぁぁぁッ!!!!」
レトルは弾かれた槍の体勢から、執念と意地だけで身体を捻り、槍の刃先ではなく、お尻の「石突」をダウラの放った神槍の横面に強引にぶち当てた。
ガキィィン!! と神槍の軌道がわずかに逸れる。
「なっ……!? 石突で弾いただと!?」
ダウラが驚愕する。しかし、すぐさま左手の槍を繰り出した。
「ならば――『ルシファー』でぇぇぇぇぇッ!!」
「ウオオオオオオオオオッ!!!!」
レトルもまた、退かずに己の槍を真っ直ぐに突き出す。
レトルはその突き出しの最中、あえて再び、穂先へと眩い『七色のオーラ』を爆発的に灯させた。
「無駄だって言ってんだろおおおおお!!!!」
ダウラはルシファーの消滅能力を信じ、そのままレトルの七色の刃へと突き進む。
グサッ……。
静寂の中、肉を深く貫く、重い音が響き渡った。
その後、カラァン……と、片方の折れた槍が地面に落ちて転がる音が不気味に響く。
「な……なんで、だ……。ルシファーで、お前のマナが……消えねえん……だ……」
ダウラが信じられないというように目を見開いた。彼のお腹には、レトルの七色の槍が、深く、根元まで突き刺さっていた。
レトルは荒い息を吐きながら、静かに告げた。
「……『ルシファー』のそのオーラは、魔神のマナだろ……? だったら、俺に消せないわけねえよな。……精霊王に教わったんだ。俺は、神のマナだけは使えねえけど……それ以外の『この世に存在するすべてのマナ』なら、自力で完全に調和させて扱えるんだよ。魔神のマナだってな」
ダウラはレトルの言葉を聞き、操られていた瞳から静かに赤みが消えていくのを感じた。かつての優しい、頼れる義兄弟の目をしながら、ダウラはニッ、と心からの笑みを浮かべた。
「さす……が、だ……。……最高の、兄弟、だな……」
ダウラはその言葉を最後に、満足そうに微笑みながらゆっくりとその場に倒れ込み、意識を失った。
「ふっ……」
レトルもまた、勝利に小さく笑みを漏らす。だが次の瞬間。
「――うっ!?」
レトルは驚愕に目を丸くし、口から大量の鮮血を激しく吐き出した。脇腹の傷、そして限界を超えてマナを回し続けた肉体は、すでに崩壊寸前だった。
「あーあ……。俺も、ここまで、か……」
視界が急速に暗くなっていく中、レトルは仰向けに倒れ込み、戦場を包む天を仰いだ。
「……どうだ、師匠……。どうだ、奏多……。俺……少しは、あいつらに、追いつけた、かな……」
レトルは誇らしげに、しかし静かに目を閉じ、そのまま深い意識の闇へと沈んでいった。義兄弟の固い絆の戦いは、互いの全てを認め合う形で、静かに結末を迎えたのだった。




