第5話「過去の三人は、全員死んでいた」
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スキル管理局へ足を運んだ蓮を待っていたのは、穏やかな面談ではありませんでした。
過去に自分と同じ「測定不能」を得た者たちが辿った、過酷な真実が明かされます。
月曜日の朝、蓮は少し早めに家を出た。
国家スキル管理局は官庁街の一角にある、築三十年ほどのビルだった。外観は地味で、表札も小さかった。入り口には金属探知機があり、受付で本人確認をして来庁証を受け取った。エレベーターで六階に上がると、廊下の突き当たりに「特別事案対応室」という小さなプレートがあった。
蓮は時計を確認した。九時五十八分。二分前だった。
ギルドに勤めていた頃、蓮は常に五分前行動を徹底していた。一分でも遅れると笹岡に「社会人の基本もわからないのか」と言われたからだ。今日は笹岡に言われたわけではないが、体が勝手にそのリズムで動いていた。習慣というのは、環境がなくなっても残るものらしい。
ドアをノックすると、「どうぞ」と落ち着いた男の声がした。
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部屋は思ったより小さかった。
デスクが二つと、応接用のテーブルセットがあるだけだ。窓は一つで、外は隣のビルの壁が近く、光がほとんど入らなかった。部屋の奥に棚があり、分厚いバインダーが並んでいた。背表紙に年代が書かれていた。一九七〇年代から始まって、最新は今年のものだった。
担当者は四十代くらいの男性で、名刺には「国家スキル管理局 特別事案対応室 主任調査官 早川 明」とあった。穏やかな顔をしていたが、目だけが仕事の目をしていた。表情を崩さずに相手を観察する目。蓮も五年間でそういう目になっていたと思う。
「遠いところをありがとうございます。柏木蓮さんですね」
「はい」
「先週はご丁寧にアポを取っていただきまして。普通は飛んでくるんですが」
「飛んでくる?」
「測定不能スキルが出た場合、職員がすぐに伺うんです。でもあなたの場合は先方から『来週でいい』と言われたので、逆に興味が出まして。どんな方なのかと」
早川は少し笑った。
「コーヒーで大丈夫ですか」
「はい、ありがとうございます」
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コーヒーが来て、早川はファイルを一冊テーブルに置いた。
厚さは五センチほどで、表紙には「特殊スキル保持者 事案管理台帳(非公開)」と書いてあった。蓮はそれを見て、ギルドの書庫で見たファイルを思い出した。あれの本家本元がここにあるということだ。もしかしたら、あのギルドのファイルはここから流れた複写だったのかもしれない。黒塗りの部分が多かったのも、このファイルを元にしていたならわかる。
「まず確認です」と早川は言った。「柏木さんのスキル登録ですが、システム上では間違いなく『測定不能』で確定しています。センサーの故障も、ソフトウェアの異常も確認しました。バグではありません」
「わかっていました」
「ですよね」と早川はあっさり言った。「調べましたか」
「少しだけ。省令で上限が設けられたのが一九九〇年代で、超過分は非公開になっているというところまでは」
早川は少し目を細めた。
「事務員でしたよね、ギルドの」
「はい」
「……よく調べましたね。一般の方はそのあたりの資料を辿れないことが多い」
「暇でしたので。あと、ギルドで公文書を処理していたので、どこに何があるかの感覚があります。国立図書館のデジタルアーカイブに、スキル制度の省令改訂前の議事録が残っていました」
早川は少し何かを書き留めた。驚いているというより、想定の範囲内として確認している顔だった。
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「本題に入ります」と早川は言って、ファイルを開いた。
「測定不能スキルの保持者は、今日現在で観測史上四例目です。柏木さんが四人目になります」
蓮は頷いた。調査の段階ですでに予測していた。
「過去三例について、概要をお話しします」
早川がページをめくった。
「一例目、一九七二年。当時三十一歳の男性。魔法使い、等級測定不能。覚醒から六週間後、北部山岳地帯で大規模なダンジョン異常が発生しました。この方は国の要請に応じて現地に赴き、異常を収束させました。その後——連絡が途絶えました」
早川は次のページを開いた。
「二例目、一九八九年。当時二十四歳の女性。覚醒から二ヶ月後、東部沿岸でダンジョン異常が発生。同様に現地に赴き、収束させました。やはり、連絡が途絶えました」
もう一枚めくった。
「三例目、二〇〇七年。二十九歳の男性。覚醒から四十三日後に異常発生。収束後に消息不明」
早川はファイルを閉じた。
部屋が静かだった。隣のビルの壁しか見えない窓の外で、微かに風の音がした。
「連絡が途絶えた、消息不明というのは」と蓮は言った。「死んだということですか」
早川は少し間を置いた。
「生存が確認されていない、ということです」
「確認できていないのか、しようとしていないのか、どちらですか」
今度の間は、少し長かった。
「……調査した上で確認できていません。三人とも、ダンジョン核に最終接触した後、そこから出てきませんでした。核の中に入ったか、消えたか、別の場所に移ったか——現段階ではわかっていません」
「ギルドの内部資料に、一件目のファイルがありました。『家族への通知は国家機密として処理』と書いてあった」
早川の表情がわずかに動いた。
「……それは、各関係者の二次的な混乱を防ぐための処置です」
「遺族に知らせない理由が、二次的な混乱防止、ということですか」
早川は答えなかった。答えられなかったのかもしれなかった。
蓮は「なるほど」とだけ言った。
三人の遺族は、今も「連絡が取れなくなった」という事実しか知らないのだろう。何が起きたのかも、なぜ戻ってこなかったのかも、知らされないまま年数が経っている。一件目は一九七二年だ。家族がいたとしたら、もう五十年以上、何もわからないまま過ごしていることになる。
蓮は自分の状況に当てはめてみた。自分には親がいる。母親だけだが、連絡は月に一度取っている。自分が「連絡が取れなくなった」という状況になったとして、母親には何が知らされるのか。
考えてから、少し嫌な気持ちになった。嫌、というより——考えておかなければならない、という実務的な感覚の方が先に来た。やはり事務員だ、と蓮は思った。
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「一点確認したいのですが」と蓮は言った。
「はい」
「先週届いた国防省の公文書に、別紙参照と書いてあって別紙が入っていなかったんですが」
早川は一拍止まった。
「……確認します、すみません」
「それと、公文書の中に『義務』という言葉があって、法的根拠が別紙に書かれているはずなのに確認できていない。どういう法律に基づく義務なのかを教えてもらえますか」
早川は何かを書き留めながら、「国防省とは別の省庁なので確認して折り返します」と言った。表情は変えなかったが、耳が少し赤かった。同じ霞が関での省庁間の不手際は、担当者として申し訳なかっただろう。
蓮は「よろしくお願いします」と言って、話を戻した。
「先ほどの三人の話ですが、全員が現地に行くことを選んだのは、なぜですか」
「……義務ではありませんでした、当時も。全員、自らの意志で赴いています」
「それはなぜ」
早川は少し考えてから言った。
「おそらく——ダンジョン異常には、周辺の人間が巻き込まれます。三例とも、異常発生時に住民への被害が出始めていました。それを見て、自分が動ける唯一の存在だと感じたのかもしれません」
蓮は何も言わなかった。
その感覚が、少しだけわかるような気がして、少し困った。まだ誰も助けていないのに、「動ける唯一の存在」という言葉が妙にすんなり入ってきた。
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管理局を出ると、外は薄曇りだった。
蓮は官庁街の歩道を歩きながら、今聞いたことを整理した。
覚醒から異常発生まで、過去三例の間隔は四十三日・六週間・二ヶ月。平均は約七週間だが、ばらつきがある。蓮が覚醒したのは十日前だ。単純計算で、四週間から六週間の余裕があるかもしれない。ただし規則性は保証されない。
数字で考えると、少し落ち着いた。パニックにはならなかった。ただ、情報の中身が「自分の消失可能性」というのは、今まで処理したどの案件よりも変な気持ちになった。
信号が赤になって、蓮は立ち止まった。
隣に若い女性が立っていた。スキルバッジが見えた。「治癒師・中級」と書いてあった。ギルドの事務員時代、似たバッジを何度も書類で確認した。ごく普通の、どこにでもいる探索者だった。
ダンジョン異常が起きれば、この人も危険に晒される。避難が遅れた市民が巻き込まれる。それを止められる唯一の人間が自分だとしたら——。
蓮は、自分が何を考え始めているかに気づいて、少し驚いた。
まだ休んでいる最中のはずだ。誰かのために動く気はない、はずだった。
信号が青になった。
蓮は歩き出した。今日のところは考えを止めることにした。ただ、完全には止められなかった。止められないことが、少し前の自分と何かが変わっていることを意味しているように思えた。
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帰り道、凛にメッセージを送った。
「面談、終わりました。話せることと話せないことがありますが、今週会えますか」
返信は三分で来た。
「明日でも来週でも、空いています」
「木曜日はどうですか」
「大丈夫です」と即座に返ってきた。それから少し間があって、「……大丈夫でしたか」という一言が追加された。
蓮は少し考えてから「まあまあです」と返した。
「そうですか」
その一言が来た時、なぜかほんの少し、肩の力が抜けた気がした。
秋の薄曇りは、夕方になっても晴れなかった。ただ、空全体が柔らかい灰色に染まっていて、蓮はそれを嫌いじゃないと思いながら歩いた。嫌いじゃない、というのは、今の自分の状態に近い気がした。
次話:第6話「笹岡さんが土下座に来た」
重い事実を知らされた蓮ですが、日常は容赦なく続いていきます。
次回、あの「元上司」が意外な姿で現れます。
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