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第38話「ギレンとの決着」

お読みいただきありがとうございます。ギレンが持ってきたのは「根源の残滓」——前の三人が帰れなかった時に根源から剥がれた粒子です。蓮が正面と裏手を同時に封じる中、村瀬が顔を青くしながらも自ら外に出てギレンに問います。「三人の名前は何というんですか」。名前を知らなかったギレンの前で、蓮が初めて三人の名前を声に出します。「矢島俊一。木下奈緒。中原拓也」——師匠の記録の中でしか見たことがなかった名前が、この場で初めて言葉になります。

施設の門が見えた時、蓮は立ち止まった。


 ギレンが正門前にいた。一人だった。夕方の光の中で、両腕を自然に下ろして立っていた。逃げる気がない立ち方だった。追い詰められた人間の立ち方ではなかった。準備してきた人間の立ち方だった。


 右手に容器を持っていた。直径十センチほどの筒状だった。透明な素材の中が光っていた。欠片と同じ種類の光ではなかった。もっと暗い、濁った光だった。光が動いているように見えた。封じ込められているものが出ようとして、出られないでいる光だった。


 「七か所を一人でやったと報告が入っています」とギレンは言った。「疲れていませんか」


 「問題ありません」と蓮は言った。「その容器は何ですか」


 ギレンが右手を持ち上げた。ゆっくりした動作だった。隠す気がなかった。「核の欠片ではありません。根源の残滓です。根源との接触中に根源から剥がれた微細な粒子を、アルケミアが十五年かけて採取し、固めたものです。前の三人が接触した時に得られた残滓が、全部入っています」


 凛が「……三人分の残滓」と呟いた。声が変わっていた。


 「これ一個では根源に干渉できる量はありません。ただ」とギレンは続けた。「測定不能スキルを持つ人間の体内に取り込ませれば話は別です。あなたか村瀬陽菜。どちらかがこれを取り込んで根源に触れれば、通常の接触とは全く別の規模の干渉ができます。帰れなかった三人が根源に流したエネルギーが、残滓として残った。それを戻せば——」


 「根源が強制的に解放される」と蓮は言った。


 「はい」とギレンは言った。「装置なしで、欠片なしで。一人の人間があなたか村瀬陽菜に残滓を使えば済む。それが今日持ってきた最後の手段です」


---


 施設の裏手から音がした。金属が擦れる音だった。梯子ではなかった。壁際に貼り付く音だった。


 「裏手に三人」と凛が素早く言った。「正門から五十メートル。東側の壁際で待機しています」


 蓮は状況を整理した。正面にギレン、裏手に三人。四人に分散させれば隙が生まれる。ギレンはそれを計算している。七か所を回った疲労がある。ただ限界ではなかった。栃木の山で六十七匹を一度に取った直後に無線が来た時から、この展開を考えていた。


 ギレンが容器を前に出した。蓮に向けた。


 蓮は手を伸ばした。


 ギレンの足元、地面が焦げた。黒い線が走った。ギレンが一歩後退した。後退しながらも容器を手放さなかった。右腕を上げたまま止まらなかった。


 「それを止めてください」とギレンは言った。声が変わらなかった。「止めると今夜、あなたには同時に二つの問題が来ます。私と、裏手の三人。どちらを先に止めますか」


 「両方同時に止めます」


 左手を裏手の方向に向けた。右手はギレンに向けたまま動かさなかった。壁の向こうが焦げた。三人が止まった。御堂の無線から「……東側、三人全員停止」という声が入った。


 そのままギレンに右手を向け直した。ギレンの前方の地面がもう一度焦げた。前進できる角度を、さらに狭めた。


 ギレンが少し間を置いた。「四人を同時ですか」と言った。感心ではなかった。計算が外れた時の声だった。


 次の瞬間、ギレンが右腕を横に動かした。容器を——施設の入口の扉に向けた。


 「村瀬陽菜がそこにいます」とギレンは言った。「あなたが私を完全に止める前に、このドアの向こうに残滓を放てます。測定不能スキルの保持者が残滓を吸い込んだ時に何が起きるか、あなたはわかりますか」


 蓮は答えなかった。


 わかっていた。帰れなかった三人が根源に流したエネルギーが、村瀬の体内に入る。訓練なしで、補助なしで、村瀬が根源に引っ張られる。戻れる保証がない。


 ギレンと扉の間は七メートルだった。容器を放つ動作は一秒もかからない。今ここから焦がせる。ただ、その一秒の間に容器が扉に向かう可能性がある。


 沈黙が続いた。


---


 施設の入口の扉が開いた。


 村瀬陽菜が出てきた。


 凛が「村瀬さん」と言った。


 蓮も声を出そうとした。出なかった。


 村瀬が歩いていた。ゆっくりだったが、止まらなかった。ギレンの方向に向かっていた。顔が青かった。手が少し震えていた。それでも止まらなかった。


 「聞こえていました」と村瀬は言った。声が震えていなかった。「私が外に出れば、彼は扉に向けていた容器の向けを変えなければいけない」


 「下がってください」と蓮は言った。


 「私が出てきた理由はそれじゃないです」と村瀬は言った。蓮を見なかった。ギレンを見ていた。一歩、また一歩、前に出た。ギレンから三メートルの距離で止まった。


 「ギレンさん」と直接呼んだ。「その容器の中に入っているのは、前の三人が帰れなかった時に残ったものですよね」


 ギレンが少し止まった。容器を向けたまま、村瀬を見た。「そうです」


 「名前は何というんですか。三人の」


 ギレンが黙った。長い沈黙だった。


 「……知りません」とギレンは言った。「記録はありますが、名前は確認していません」


 村瀬がギレンを見ていた。怒っていなかった。何かを測っている目だった。


 「私が知っています」と蓮は言った。


 ギレンが蓮を見た。計算ではない目だった。


 蓮は手を向けたまま、言った。「師匠の記録に全部書いてありました。矢島俊一。木下奈緒。中原拓也」


 三つの名前が、門前の空気の中に出た。声に出して言ったのは初めてだった。師匠の記録の中でしか見たことがなかった名前だった。ギレンが動かなかった。凛も動かなかった。村瀬がギレンの顔を見ていた。


 「その三人のエネルギーを使って根源を強制解放する」と蓮は続けた。「三人が帰れなかった、その理由を、あなたたちの目的のために使う」


 静かだった。


 「矢島俊一は二〇〇七年でした。木下奈緒は二〇一二年。中原拓也は二〇一九年。三人とも、ただ根源に触れただけだった。帰り方を知らなかった。準備がなかった。あなたたちが装置を作ろうとしている間、三人はそういう状態で帰れなかった。その三人の名前を、あなたは知ろうとしなかった」


---


 その時、門の外に車が止まった。ドアが開いた。クロウが出てきた。


 「ギレン」とクロウは言った。「終わりにしろ」


 「あなたが来ますか」とギレンは言った。「組織を裏切って」


 「裏切りではない。最初から反対していた。あなたが聞かなかっただけです」


 クロウがギレンの前まで歩いた。止まらなかった。蓮の方を一度見た。蓮は手を向けたまま待った。


 「装置は取られた。欠片は全部取られた。残滓一個で何ができる。あなたはもう負けています。それでも続けますか」


 「前の三人が使われずに終わる」とギレンは言った。「それでいいんですか。根源に流れたあれだけのエネルギーが、何もならずに消える」


 「使われなくていい」とクロウは言った。「消えていい。三人はそれを望んでいたはずです。あなたのためではなく、根源のためでもなく——ただ帰りたかっただけのはずです」


 ギレンが黙った。長い間、容器を見ていた。右手の中の、暗い濁った光を見ていた。その光の中に何があるのかを考えているような目だった。


 蓮は動かなかった。手を伸ばしたまま待っていた。急がなかった。村瀬も動かなかった。凛も動かなかった。


 ギレンが右腕をゆっくり下ろした。しゃがんだ。容器を地面に置いた。音を立てずに、両手を離した。立ち上がった時、顔が変わっていた。計算の顔ではなかった。


 「わかりました」と言った。


---


 御堂の部下が動いた。ギレンとクロウを確保した。裏手の三人も御堂が対応した。門前が整理された。


 村瀬が蓮の横に来た。体が少し震えていた。今になって震えていた。さっきは震えていなかった。


 「大丈夫ですか」と蓮は言った。


 「大丈夫です」と村瀬は言った。「怖かったですけど、行かないわけにはいかなかったので」


 凛が何か言いかけて、やめた。


 蓮は地面の容器を見た。拾い上げた。手に取った瞬間、感覚が来た。根源の方向に向かう感覚だった。前の三人の残滓が、また根源に戻ろうとしているような感覚だった。最初に根源に触れた時の感覚に似ていた。ただあの時よりずっと小さかった。あの時は凛に引き戻してもらわなければならなかった。今は違った。


 蓮は分散させた。五方向に広げた。圧力が落ちた。根源の方向への引っ張りが消えた。容器の中の光が少し薄くなった。暗い濁りが、少し落ち着いた。


 「大丈夫ですか」と凛が言った。


 「大丈夫です」と蓮は言った。「一人でできました」


 凛が少し間を置いた。補助具を持ったまま、何も使わなかった。使う必要がなかった。それがわかっていた。


 手帳を出した。「ギレンが残滓を持って来た。村瀬が外に出た。三人の名前を声に出した。クロウが来た。ギレンが止まった。全員確保した。残滓を一人で分散させた。覚醒から八十八日目」


 書き終えてから、もう一行書いた。「終わっていなかった。でも終わった」

次話:第39話「根源との最後の対話」

覚醒から百日目。村瀬が初めて核に触れます。根源に前の三人の名前を届ける——その場に蓮が横にいます。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!

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