第34話「五人目を探して」
お読みいただきありがとうございます。渋谷の人混みを歩く凛の補助具が、微弱な反応を捉えます。後ろにアルケミアの尾行、前に五人目。公園で三人が女性に向かって走り出した瞬間、蓮は地面を焦がして全員を止めます。「ペットボトルの周囲だけ」を焦がして見せた制御が、村瀬陽菜の心を動かしました。
翌朝から捜索を始めた。
「覚醒直後の測定不能スキルは、通常の魔力と周波数が違います」と凛は言った。補助具の設定を調整しながら話していた。「広い範囲では拾えませんが、半径一キロ以内なら特定できます。候補エリアが三か所あります。渋谷、江戸川、練馬です」
渋谷から当たった。電車を降りると人の波だった。休日の人出だった。平日の笹岡の職場に向かう時とは違う流れだった。急いでいる人間ではなく、どこかに向かうでもなく動いている人間が多かった。
「この人混みの中にいるんですか」と蓮は聞いた。
「いる可能性があります。覚醒直後は感覚が過敏になります。自分の能力が何なのかわからない。怖い。そういう時、人の中に紛れていると少し落ち着くことがあります。目立ちたくなければ、逆に人の多い場所が安全に感じる」
「覚醒直後の俺もそうでしたか」
「あなたの場合は職場を辞めた直後だったので、少し違いました」と凛は言った。「ただ、アパートから出ようとしなかったのは同じだと思います」
二人でスクランブル交差点を渡った。人の流れに乗った。凛が補助具を手に持ったまま周囲を確認していた。「まだ反応がありません。もう少し歩きます」
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十五分歩いたところで凛が「アルケミアの人間がいます」と低い声で言った。「後ろに二人。百メートルほど離れて同じ方向に歩いています」
「こちらを追っていますか」
「わかりません。ただ、こちらの動きに連動しています」
蓮は立ち止まって店のガラスに映る後方を確認した。黒いコートの二人が同じタイミングで止まっていた。
「向こうも五人目を探しています」と蓮は言った。「先に見つけなければなりません」
足を速めた。凛が補助具を操作しながら進んだ。後ろの二人も速くなった。
三十分歩いたところで凛が止まった。
「反応があります。薄いですが、確かにあります。前方二百メートル以内です」
「絞れますか」
「動いています。こちらに向かっています。いや、曲がりました。路地に入りました」
凛が路地の方向に向かった。細い道だった。商店が両側に並んでいた。人が少なくなった。路地の先に小さな公園があった。
「百メートル以内です」と凛が言った。「止まりました。公園にいます」
公園に入った。ベンチが二つあった。一つに人が座っていた。
若い女だった。二十代前半に見えた。膝の上にバッグを抱えていた。背中が少し丸かった。周囲をよく見ていた。落ち着きのない目の動かし方だった。誰かに見られていると思っている人間の目だった。
蓮が近づこうとした時、女が立ち上がった。こちらに気づいていた。逃げようとした。
その瞬間、公園の入口から別の人間が三人現れた。黒い服だった。アルケミアだった。事前に待っていたのかもしれなかった。女を挟む形だった。
三人が女に向かって足を速めた。女が後退した。ベンチの端にぶつかった。逃げる方向が塞がれていた。
蓮は手を伸ばした。
三人の前方、地面が横一列に焦げた。音はなかった。熱気が低い位置から広がった。
三人が全員止まった。足元の黒い線を見た。蓮を見た。走っていた勢いがそのまま止まっていた。
「動かないでください」と蓮は言った。
三人が固まった。女がベンチの後ろに回った。
三人のうち一人が動こうとした。左に回り込もうとした。女との間に入る角度を作ろうとしていた。
蓮は左に手を向けた。男の足元が焦げた。一歩踏み出しかけた足が宙で止まった。男が止まった。
三人が顔を見合わせた。しばらく動かなかった。後ろからまだ二人来ていた。こちらを追っていた二人だった。公園の入口で止まった。状況を見た。地面の焦げた線を見た。三人がしゃがんでいるのを見た。二人も止まった。動かなかった。
五人が全員止まっていた。蓮は何もしなかった。ただ立っていた。
五人がしゃがんだ。抵抗しない姿勢だった。
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凛が女に近づいた。「大丈夫ですか」
女が凛を見た。蓮を見た。地面の焦げた線を見た。
「……何をしたんですか」と女は言った。
「説明します」と蓮は言った。「あなたを狙っていたのはこちらではなく、今しゃがんでいる三人です。昨日から誰かに見られている感じがしていませんでしたか」
「ありました」と女は言った。少し驚いた顔だった。「なぜ知っているんですか」
「追われている理由に心当たりがありますか。二週間前あたりから、何か変わったことはなかったですか」
女が止まった。何かを測るような顔だった。「なぜ二週間と知っているんですか」
「同じ経験をしているからです。俺も、八十日前に同じことが起きました」
女が蓮を見た。信じていない顔だった。ただ、完全に否定もしていなかった。
「何かを見せた方が早いと思います」と凛が蓮に言った。
蓮は近くにあった空のペットボトルを拾って地面に置いた。手を向けた。ペットボトルの周囲だけが焦げた。ペットボトルは無傷だった。制御した結果だった。
女が息を飲んだ。
「……私も、そういうことができます」と女は言った。小さい声だった。「二週間前から。何かに触れると、周りが焦げる。壊したいわけじゃないのに、触れるたびに焦げる。怖くて誰にも言えなかった。仕事もできなくて、一人でいた」
「わかります」と蓮は言った。「俺も最初は制御できなかった。訓練でできるようになりました。あなたも同じです」
女が少し間を置いた。「訓練、って何をするんですか」
「出力を調整することから始めます。ペットボトルの周囲だけ焦がしたのも、訓練の結果です。最初は俺も、触れるものが全部焦げていました」
女がペットボトルを見た。焦げた地面を見た。しゃがんでいる三人を見た。
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女の名前は村瀬陽菜といった。二十四歳で、フリーランスのデザイナーだった。
「あなたたちは何者ですか」と村瀬は聞いた。
「探索者です。あなたと同じスキルを持つ人間を支援するグループに所属しています」と凛が答えた。
「同じスキルを持つ人間が他にいるんですか」
「これまで四人いました。あなたが五人目です」
村瀬が少し間を置いた。「四人は今どこにいますか」
「三人は、今はいません」と凛は言った。「根源との接触で帰れなかった人たちです」
村瀬が黙った。公園が静かだった。
「俺が四人目です」と蓮は言った。「帰れた。訓練したから、引き戻してくれる人間がいたから。あなたも同じようにできます。ただ、今一人でいると危ない。あの三人みたいに、またアルケミアが来ます。それだけではない。アルケミアの中に、あなたを道具として使おうとしている勢力がある。今夜は安全な場所に来てほしいです」
「道具、とは」
「あなたが根源に触れる力を持っている。その力を強制的に使わせようとしている人間がいます。詳しくは施設で話します」
村瀬が地面の焦げた線をじっと見ていた。「わかりました」と言った。「一日だけ話を聞かせてください」
「十分です」と蓮は言った。
三人のアルケミア工作員がまだしゃがんでいた。御堂に無線を入れた。引き取りに来てもらう手配をした。村瀬がそれを黙って見ていた。
公園を出る前に村瀬が「五人も一度に止めたのに、声のトーンが変わらなかったですね」と言った。
「変える必要がないので」と蓮は答えた。
「怖くないんですか」
「五人には聞こえていました。事前に対応できました。聞こえていたら怖くない」
村瀬が少し考えた。「私は自分のスキルが怖いです」と言った。「触れるたびに焦げる。いつか人を傷つけるんじゃないかと思って、ここ二週間人に会えなかった」
「わかります」と蓮は言った。「俺も最初はそうでした」
「あなたは今は怖くないですか」
「今は違います。訓練したからです」
村瀬がそれを聞いて、少し表情が変わった。
「三人を止めた時、あなたの手は動いていなかったです」と村瀬は続けた。「地面が焦げる前に手を動かしていなかった。あれはどうやって」
「手を伸ばすのは補助的な動作です。実際は意識を向けるだけで発動します」と蓮は答えた。「最初からできていたわけではありません」
村瀬がそれを聞いて、少し表情が変わった。最初から使えていたわけではない、という言葉が届いたようだった。
蓮は手帳を出した。「五人目を発見。村瀬陽菜、二十四歳。覚醒から二週間。アルケミアの先手を取った。急進派も追っていた。先に保護できた。覚醒から八十二日目」
次話:第35話「村瀬陽菜の話」
施設に来た夜、村瀬は一時間何も話さなかった。二時間、話を聞いた。翌朝の測定結果と、そこへ届いた新たな来訪者の話。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!




