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第26話「三ヶ月という期限」

お読みいただきありがとうございます。剣聖会の施設に来て三日目。早川の観測データが「次の異常まで最短八十日」と告げます。そして深夜二時、廊下に音が聞こえます。足音を消そうとしている人間の動き方でした。凛の部屋の前に立つ人影に、蓮は手を伸ばします。廊下が光った瞬間、工作員が固まります。

剣聖会本部に来て、三日が経った。


 施設には探索者が常時五十人以上いた。訓練をしている者、遠征から戻った者、地図を広げて話し合っている者。蓮には直接関係のない動きだったが、見ていると少し落ち着いた。みんな何かをしていた。みんなやるべきことがある人間の顔をしていた。


 笹岡の職場では、「何かをしているふりをする」ことが習慣になっていた。書類を動かしているふりをして、怒鳴られないようにしていた。ここでは誰もそれをしていなかった。全員が、本当に動いていた。


 午前中、御堂が資料を一枚持ってきた。


「早川さんからの観測データの更新です」と御堂は言った。「現時点での予測を共有します。次の大規模異常は、八十日から百日以内と見ています」


 蓮は手帳を開いた。「最短八十日。今日から数えて三ヶ月を切っている」


「はい。前回の異常から、観測値の回復が遅れています。通常よりも魔力密度が高い状態が続いている。次の異常は前回より大規模になる可能性があります」


「逃げ続けても、間に合わなくなる、ということですか」


「そうです」と御堂は言った。「向こうも同じ計算をしている。だから動き始めている。昨夜、施設の警戒を一段上げました。念のため、今夜も続けます」


---


 その夜、午前二時過ぎに蓮は目が覚めた。


 廊下で音がした。施設には深夜でも動いている探索者がいた。ただ、この足音は違った。着地が軽すぎた。音を消そうとしている人間の歩き方だった。御堂の部下の動き方ではなかった。


 蓮は部屋を出た。


 廊下の端に人影があった。施設の制服ではなかった。暗い色の上下で、壁沿いに移動していた。右手に細い金属製の機器を持っていた。扉の前で止まった。凛の部屋だった。機器を扉のすき間に差し込もうとした。


 その動作が終わる前だった。


 蓮は手を伸ばした。


 廊下に光が走った。一瞬だけ暗い廊下が白くなった。木の床に黒い線が焼き付いた。人影の靴先から三センチ。音はなかった。熱気だけが床から立ち上がった。焦げた木の匂いが廊下に広がった。


 人影の動きが止まった。前に踏み出そうとした左足が、空中で固まっていた。靴底の先が黒い線のすぐ手前にある。あと一歩踏み込んでいたら、靴ごと焦げていた場所だった。


「そのまま動かないでください」と蓮は言った。「次は足もとにします」


 人影がゆっくりこちらを向いた。訓練された、慎重な動きだった。機器を手に持ったまま、蓮を見た。暗い廊下で、目だけが動いていた。右を見た。左を見た。後ろを見た。出口を探す目だった。逃げ場を計算していた。


 蓮は動かなかった。ただ、もう一度手を伸ばせる姿勢で立っていた。


 人影が動けなかった。計算した結果、どこにも逃げられないと判断した顔だった。


「……誤解です」と男は言った。低い声だった。「通りかかっただけです」


「廊下の先は行き止まりです」と蓮は言った。「通りかかる場所ではありません」


 男が黙った。機器を持った手が、ゆっくりと下がった。


 凛の部屋の扉が開いた。凛が顔を出した。「何が」と言いかけて、廊下を見た。人影を見た。焦げた床を見た。機器を手に持ったまま固まっている男を見た。何も言わなかった。一瞬で全部把握した顔だった。


 三十秒後、廊下の灯りがついた。御堂が警備担当を二人連れてきた。人影は三十代の男だった。通信機と小型の盗聴器を持っていた。


「知っている顔です」と御堂は男を見て言った。「アルケミアの調査担当です。二度ほど別の現場で確認しています」


「施設の場所を知っていたということですか」


「しばらく前から把握していたと思います。今まで動かなかったのは、こちらを刺激しないためでしょう。今夜来たのは、状況が変わったからです」


「八十日という期限が向こうにも見えているから」


「はい。彼らも焦っています」


 警備担当が男を連れていった。廊下に蓮と凛と御堂が残った。


「凛さん、驚きませんでしたね」と蓮は言った。


「足音で起きていました」と凛は言った。「変な音がしたので」


「魔力の感知ではないですか」


「違います。ただの足音です。でも、変な止まり方をしていました」


 御堂が「今後は部屋の前にも警備を置きます」と言った。「ご不便をおかけします」


「いえ」と蓮は言った。「ありがとうございます」


 三人が廊下に立っていた。夜中の二時過ぎだった。特に言うことがなくなると、少し静かになった。御堂が「戻って休んでください」と言った。「明日も早い」


 部屋に戻った。手帳に書いた。「アルケミアが施設に侵入。凛の部屋の前で止めた。向こうも八十日という期限を知っている。こちらも同じだ」


---


 翌朝目を覚ますと、廊下の前に警備担当が一人立っていた。「昨夜から配置しています」と言った。蓮は「ありがとうございます」と言って、部屋に戻った。


 朝食を取りながら、凛と少し話した。


「昨夜、眠れましたか」と凛が聞いた。


「少しだけ。凛さんは」


「同じです」と凛は言った。「ただ、怖かったわけではなかったです。あの人が部屋の前にいたということが、少し頭に残っていただけで」


「凛の部屋を狙ったということですか」


「私を人質にするか、私の補助魔法のデータを取ろうとしたかのどちらかだと思います。どちらにしても、あなたが起きていてくれてよかったです」


 蓮は少し間を置いた。「眠れない夜は、起きている方がいいです」と言った。


「そうですね」と凛は言った。それだけで、その話は終わった。


 凛がコーヒーを一口飲んだ。「ドアの隙間から少し見えていました。あなたが手を伸ばした瞬間、廊下が光った」


「起きていたんですか」


「足音が変だったので」


 どちらともなく会話が途切れた。施設の外から、訓練している探索者の声が聞こえた。


---


 翌朝、御堂・早川・凛の三人を集めた。


「根源にもう一度触れてみたい」と蓮は言った。


 三人が少し止まった。


「管理された状況で、ということですか」と早川が言った。


「はい。前回は状況に押されて触れました。次の本番が来る前に、意図を持って向かいたい。前回、向こうから言葉を受け取りました。もう一度接続できれば、今度はもう少し先まで聞けるかもしれない」


「何を聞きたいですか」と凛が言った。


「向こうが何をしようとしているのか。取り込もうとしているのか、それとも別のことなのか。前回の感覚では、敵意とは少し違った気がした。それを確かめたい」


 早川がメモを取りながら聞いた。「確かめた上で、どうするつもりですか」


「対話できるなら、対話します。できないなら、前回と同じように核を止めに行く。ただ、何も知らないまま最終決戦に向かうより、一度話を聞いておく方がいいと思う。向こうの言葉が、次の本番で使えるかもしれない」


 御堂が少し間を置いた。「場所は確保できます。近くに安定しているダンジョンがあります。核は小さいが、接続は可能なはずです。ただ、アルケミアは昨夜の件でこちらの動きを読んでいます。移動の際は警戒が必要です」


「わかりました。お願いします」


「いつにしますか」


「できるだけ早く」と蓮は言った。「八十日は、あっという間です。笹岡の職場でも、締め切りまで三ヶ月あると思っていたら、気づいたら明日だった、ということが何度もありました」


 御堂が少し表情を動かした。わずかだったが、笑ったのかもしれなかった。


「明後日に手配します」と御堂は言った。


 凛が手帳を開いて書き始めた。早川がタブレットを操作した。準備が動き始めた。


 三人が出ていった後、部屋に一人になった。


 窓の外に施設の庭が見えた。訓練をしている探索者が一人いた。素振りをしていた。昨日も同じ場所で同じことをしていた人間だった。毎日ここで同じ時間に、同じことをしている人間だった。


 施設の中にいて、次の一手を決めて、待っている。動くべき時に動いて、待つべき時に待つ。笹岡の職場では、常に走り続けることが正しいと思っていた。今は違う。


 手帳を出して書いた。「根源への二度目の接触を決めた。八十日以内に本番が来る。その前に、向こうが何をしようとしているか聞く。覚醒から五十三日目」


次話:第27話「根源への、二度目の接触」

練習用ダンジョンへ向かう道中、四人が前を塞ぎます。「クロウからの伝言がある。五分だけ」——蓮の答えは、地面が焦げることでした。


新作も並行連載開始しました!是非のぞいてみてください!


タイトル:AIでよくね?と思って会社を辞めたら死に損ない扱いされ、女神に罵倒されながら「満足」するまで何度も転生させられる件


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