第23話「測定不能の、本当の意味」
お読みいただきありがとうございます。早川が「機密解除済」の冊子を持ってきます。「スキルなし、ではなかった。計器の問題だった。五年間」——蓮はそれを読んで手帳に書きます。感情的な反応はありません。笹岡の五年間についての怒りは、もうどこかへ行っていました。それより、根源との接触で「取り込まれなかった」理由の方が、頭に残ります。
翌朝、早川が来た。
封筒を一つ持っていた。昨日の記録類とは別の封筒だった。赤いラベルが貼ってあって、上に「機密解除済」と印刷されていた。
「昨夜、手続きが取れました。読んでください」
封筒を受け取った。中に薄い冊子が一冊入っていた。タイトルは「大規模ダンジョン異常事案に関する統合分析報告書(第四版)」だった。発行日が五年前だった。
「これの何を読めばいいですか」
「第三章と第五章です。順番に読んでいただければ、繋がって見えます」
「今ここで読みますか」
「はい。私もここにいます。わからないところは説明します」
テーブルに冊子を置いた。早川がコーヒーを二つ持ってきた。熱かった。蓮は冊子を開いた。
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第三章のタイトルは「ダンジョンの構造的分類」だった。
最初の数ページは既知の内容だった。ダンジョンは現在百四十三か所確認されている。出現のパターンに規則性は見出されていない。内部構造は完全には解明されていない。それらは学校でも教えられる基礎事項だった。
十二ページ目から、内容が変わった。
「ダンジョンを人工構造物と見なす通説に対し、本報告書は別の仮説を提示する。観測データの長期分析により、ダンジョンは地球規模の何らかの生命体が持つ『器官』である可能性が示唆される。各ダンジョンの魔力反応パターンは、生体リズムに類似した周期性を持ち、また複数のダンジョン間に相関関係が認められる」
蓮はページを止めた。
「ダンジョンが、生命体の器官、ということですか」
「仮説の段階です」と早川は言った。「ただ、複数の独立した研究チームが同様の結論に達しています。公式には認められていませんが、この報告書は政府の参照資料になっています」
「その生命体は何ですか」
「わかっていません。地球そのものという仮説もあります。別の何かという仮説もあります。五年前の段階では、結論が出ていません」
「今の段階でも、わかっていませんか」
「……はい。わかっていません」
蓮は書いた。「ダンジョン=生命体の器官という仮説。根拠:魔力反応の周期性と複数ダンジョン間の相関。生命体の正体:不明」
コーヒーを一口飲んだ。熱かった。次のページを開いた。
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ページが進むにつれて、観測データのグラフが増えた。蓮にはグラフの細部まで読む知識はなかったが、傾向は見えた。世界中のダンジョンの魔力反応が、過去五十年で緩やかに増加していた。どの地域も、どの規模のダンジョンも、同じ方向に動いていた。
「これは、何かに向かっているということですか」
「増大が続けばいつか臨界に達する、という見方をする研究者がいます。ただ、どの時点で何が起きるかは、まだ誰にもわかっていません」
「前の三例の発生時期と、このグラフに相関はありますか」
「あります。三例ともこのグラフの増加率が一時的に急上昇した年と重なっています。今回も同じ傾向が見られます」
「今後も繰り返すと思いますか」
「……正直に言うと、可能性はあります。増大が続く限り、測定不能スキルを持つ個体が現れる頻度も上がるかもしれないという仮説があります。ただ、現象を止める方法はまだわかっていません」
蓮は手帳に書いた。「三例の発生時期=ダンジョン魔力増大の急上昇時期と一致。今回も同様。今後も繰り返す可能性あり」
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第五章は「測定不能スキルの発現条件」だった。
最初の段落を読んだ時、蓮は少し止まった。
「測定不能スキルは、対象となる生命体の魔力周波数と同調できる個体にのみ発現すると考えられる。通常の人間の魔力周波数はダンジョンの周波数と大きく異なるが、稀に同調可能な個体が生まれる。その個体のスキルが測定不能と表示されるのは、計器がダンジョンの周波数に対応していないためである」
「これは、私がダンジョンの周波数に同調できる人間だということですか」
「そう読めます」と早川は言った。
「昨日、核に触れた時に繋がった感覚があったのは、それが理由ですか」
「はい。おそらくそうです。計器で測れないのは弱いからではなく、計器の測定範囲が違うからです」
「つまり、五年間スキルなしとして働いていた私は、計器の測定範囲が合っていなかっただけということですか」
「……そうなります」と早川は言った。少し間があった。「その表現は、正確です」
「笹岡さんには報告しなくていいですね」
「……はい」
蓮は手帳に書いた。「スキルなし、ではなかった。計器の問題だった。五年間」
書いてから、少し止まった。笹岡の五年間について何か感じるかと思ったが、特に何も感じなかった。すでにどうでもよくなっていた。
蓮は少し間を置いた。
「五年間、スキルなしとして働いていましたが、正確にはスキルなしではなかったということですか」
「正確には、測定できなかった、ということです。発現していなかった可能性もあります。退職という状況の変化が、発現を引き起こしたのかもしれません」
それは凛が最初から言っていたことだった。解放されることが覚醒の条件だ、と。
「過去三例は、この事実を知っていましたか」
「資料が存在したかどうかが時代によって違います。二〇〇七年の段階では、この報告書の前身となる資料が内部に存在していましたが、当事者に開示されたかどうかは不明です」
「師匠には伝えられなかった可能性がある、ということですか」
「……はい」と早川は言った。「その点については、当時の対応として適切ではなかったと思っています」
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蓮は次のページを開いた。
「接触後の転帰に関する考察」というタイトルのページだった。早川が「そこを読んでください」と言った。
「測定不能スキル保持者が根源と直接接続した場合、根源側が保持者の魔力を取り込もうとする反応が起きると推定される。これは生体が異物を同化しようとする反応と類似している。過去三例の消息不明は、この同化によるものと考えられる」
蓮は読み終えて、手帳に書いた。
「根源は接触した保持者を取り込もうとする。過去三例はそれで消えた」
「昨日、私は取り込まれませんでした」と蓮は言った。
「はい。昨日の事案は、この仮説に対する反証事例になります」
「凛さんの補助魔法が、取り込みを防いだ可能性があるということですか」
「一つの解釈としてあり得ます。ただ確証はありません。今後、分析が必要です」
蓮は書いた。「根源が取り込みを試みた可能性あり。昨日は防いだ。凛の補助魔法が影響した可能性。要検証」
それからしばらく間があった。
「早川さん、一点聞いてもいいですか」
「はい」
「昨日、暗闇の中にいたものは、私を取り込もうとしていましたか。感覚として、あなたはどう思いますか」
早川が少し考えた。
「……わかりません。ただ、取り込まれた三人は全員、最後の記録で『こちらを感知していた』と書いています。あなたも同じ感覚を報告しています。その後の結果だけが違う。何が違ったのかは、まだ私には答えられません」
蓮は頷いた。答えが出ないことは、わかっていた。ただ聞きたかった。
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早川が帰った後、蓮は一人で冊子を読み返した。
ダンジョンが生命体の器官。測定不能スキルが同調能力の表れ。根源が取り込もうとする。過去三例が消えた理由。一つ一つが繋がっていった。
同時に、まだわからないことが残った。昨日の暗闇の中にいたものが、何をしようとしていたのか。それとも何もしようとしていなかったのか。言葉がなかった。ただ感知されていた。この報告書の「同化反応」という表現は、敵意があることを前提にしているように読めた。ただ昨日の感覚は、敵意とは少し違った気がした。感知されていたが、攻撃はなかった。
ただ感覚は証拠にならない。わかっていることだけを書いておく必要があった。
蓮は手帳に追記した。「感知されたが攻撃はなかった。ただし感覚に過ぎない。客観的根拠ではない」
凛に話す必要があった。機密内容だが、凛には伝える、と蓮は決めていた。今日の夕方、連絡しようと思った。
次話:第24話「断ります」
帰り道、車が前を塞ぎます。アルケミアの人間が来ました。護衛が威圧の意味で前に出た瞬間、蓮の手が動きます。
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タイトル:AIでよくね?と思って会社を辞めたら死に損ない扱いされ、女神に罵倒されながら「満足」するまで何度も転生させられる件
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