第21話「通りすがりです」
お読みいただきありがとうございます。御堂のチームが一晩押さえ続けた現場に、蓮と凛が到着します。疲弊しきったA級探索者が二方向から同時に挟まれた瞬間、蓮が手を伸ばします。音もなく、四匹が同時に消えました。「誰ですか、あなた」と問われた蓮の答えが、この話のタイトルです。核まで二十メートル——凛の「左」「右前」「後ろ」という声に合わせて、蓮が向いて、消える。そのリズムが続きます。
午前五時、蓮はアパートを出た。
凛はすでに起きていた。「準備できています」と言った。外は暗かった。秋の冷気が、コートの袖口から入ってきた。音無が手配した車が前で待っていた。後部座席に二人が乗った。凛がすぐに目を閉じた。眠れているかどうかはわからなかったが、蓮は確認しなかった。眠れる人間が眠れたことの方が、よかった。
窓の外が少しずつ明るくなっていった。街が後ろに遠ざかっていった。
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現地には午前七時半に着いた。
車を降りた瞬間、空気が違った。木と土と、鉄を焦がしたような匂いが混じっていた。
御堂のチームが前夜のうちに入っていた。ただ、想定と様子が違った。テントに戻ってきていた探索者の一人が、腕に包帯を巻いていた。別の一人は肩を押さえて座っていた。六名のA級探索者が、全員どこかしら消耗していた。一晩戦い続けた人間の顔だった。
「状況を」と蓮は言った。
「昨夜二十三時から出続けています」と御堂が言った。「数が多い。一匹倒すと次が来る。チームの体力が限界に近い」
「想定より多かったということですか」
「過去三例の記録と照合しましたが、今回は過去最多です。規模が違う」
蓮は御堂の顔を見た。普段は表情を出さない人間だったが、今日は少し違った。隠し切れない何かが、目の端に残っていた。御堂が焦っている。その事実が、状況の重さを教えた。
「ルートは」
「なんとか確保しています。ただ百メートル以内は随時入れ替わっています。先ほどまでいなかった場所に、次の瞬間いる」
「凛さんが感知できますか」
「やってみます」と凛が言った。補助具を出して、少し目を閉じた。「核の方向はわかります。ただ——周囲の魔力ノイズが多い。少しぼやけています。進みながら確認します」
「お願いします」
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二人で進み始めた。
最初の百メートルは御堂のチームが押さえていた。蓮と凛が通る道を作るために、探索者たちが左右で戦っていた。彼らは強かった。一撃一撃に無駄がなかった。ただ、疲れていた。息が上がっていた。剣を振るたびに肩が落ちた。昨夜から一晩、この強度で動き続けた人間の体は、それでも止まらなかった。
五十メートルほど進んだところで、前方から三匹まとめて飛び出してきた。
御堂のチームの探索者が一人前に出た。剣を構えた。そこに同時に、左から別の一匹が来た。正面と側面、二方向から同時に来た。探索者は一瞬迷った。疲労が出た判断の遅れだった。どちらを先に取るか、その一秒が詰まっていた。
蓮は手を伸ばした。
四匹が、同時に消えた。
音がなかった。炎が広がったわけでもなかった。ただ、そこにいたものが、次の瞬間にはなくなっていた。地面だけが黒く焦げて残った。探索者はまだ剣を構えたままだった。振り下ろす相手が、もうどこにもなかった。
周囲が静まった。
前に出ていた探索者が、ゆっくり振り返った。口が半分開いていた。何かがあった場所を見た。何もない地面を見た。蓮を見た。また地面を見た。
「……誰ですか、あなた」
「通りすがりです」と蓮は言って、前を向いた。
「通りすがり、とは」
「今は先に進みます。後で話しましょう」
探索者が何か言おうとした。凛が「ありがとうございます、先に進みます」と丁寧に続けた。探索者は結局何も言えなかった。言葉を探している間に、二人はすでに前に進んでいた。
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百メートルを切ると、御堂のチームがいなくなった。ここから先は二人だった。
すぐに三匹来た。蓮は手を伸ばした。消えた。
また来た。五匹だった。一撃で五匹が同時に消えた。焦げた匂いが広がった。
凛が「左、もう一匹います」と言った。消えた。「右前、二匹」。消えた。「後ろ」。消えた。
リズムができた。凛が言う。蓮が向く。消える。それだけだった。特に緊張することもなかった。モンスターが出るたびに、コンビニの前を掃除するような感覚で手を伸ばしていた。どれだけ来ても、消えない魔物が一匹もいなかった。
後ろで御堂のチームの無線から声が聞こえてきた。
「……なんだ、今の。全部一撃か」
「さっきまでと全然違う」
「A級六人でやっと押さえてたのに」
「一晩かけて押さえてた数が、あっという間に」
少し間があった。
「……俺たちの一晩は何だったんだ」
蓮は振り返らずに進んだ。凛が後ろで小さく笑った気がしたが、確認しなかった。
七十メートル、六十メートル、五十メートル。進むたびに魔物が来た。進むたびに消えた。道が開いていった。御堂のチームが一晩かけてなんとか押さえていた場所を、二人で進んでいた。
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核まで二十メートル。
空気が急に重くなった。一歩ごとに、胸のあたりに圧力がかかった。魔物の気配はもう感じなかった。核から発する何かが、近づくものを押し返そうとしているような感覚だった。
「感知がぼやけてきました」と凛が言った。「タイムラグが出るかもしれません」
「わかりました。ぼやけたら声に出してください」
「はい。核は正面、少し下の岩盤の中です」
地面を見ると、草と土が削れて岩盤が剥き出しになっていた。その中心が、色のない光を放っていた。見ている方向を決めるのが難しい光だった。訓練施設で何十回も試行してきた。それとは全く違う。こちらが本物だった。
蓮はしゃがんで、岩盤の表面に手のひらを当てた。
繋がった。
暗闇の中にいた。広大な暗闇だった。遠くに何かが浮かんでいた。大きかった。目は開いていなかったが、確かにこちらを感知していた。
「誰ですか」と思った。言葉にはならなかった。返答もなかった。
どのくらい経ったかわからない時間が過ぎて、光が変わった。核が静止した。圧力が一気に落ちた。
手を離した。
「止まりました」と凛が言った。「感知値が一気に落ちています」
周囲の魔物の気配が引いていくのがわかった。御堂のチームから無線が入った。「数が減っています——急速に」という声がした。
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御堂が駆け寄ってきた。
「怪我は」
「ないです」
「核は」
「止まっています」と凛が答えた。「感知値は基準値以下です。継続して下がっています」
御堂が少し目を閉じた。師匠の頼みを果たした人間の顔をしていた。
チームの探索者が何人か、こちらを見ていた。「通りすがりです」と言った相手が来ていた。全員、信じられないものを見た顔だった。
「あの……」と一人が口を開いた。「さっき、通りすがりって言ってましたけど」
「今日は現地に来ました。通りすがりではなかったです」と蓮は言った。「訂正します」
探索者が何か言いたそうにしたが、言葉が出なかった。
「一晩お疲れ様でした」と蓮は言った。「怪我をした方はいますか」
「二名、軽傷です」
「医療のサポートは来ていますか」
「はい、待機しています」
「わかりました。ありがとうございます」と蓮は言って、御堂の方を向いた。「後の処理はお願いできますか」
「もちろんです」と御堂は言った。そのまま通信機を取り出した。
蓮は手帳を出して書いた。「核に触れた。繋がった感覚があった。暗闇の中に何かがいた。目は開いていなかったが、こちらを感知していた。核は止まった。怪我なし。覚醒から四十六日目」
凛が隣に来た。「帰れます」と静かに言った。
「はい」と蓮は答えた。昨夜の「帰ってきてください」と今の「帰れます」の、重さの違いがわかった。昨夜は願いだった。今は確認だった。
次話:第22話「核の中に、何かいた」
核に触れた時、蓮は何を見たのか。早川への報告と、過去三例との一致。そして廊下で待っていた凛との会話。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!




