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第20話「観測値が、急上昇した」

読みいただきありがとうございます。朝七時の早川からの電話で、状況が一気に動きます。蓮、凛、早川、音無、御堂の五人が集まり、現地入りの段取りを決めます。「外部は待機する。来ても何もできない可能性の方が高い」——そして夜、凛がアパートに来て、二人で出発の朝を待ちます。


退職から四十日が経った。


 早川から電話が来たのは、朝の七時だった。


「第二警戒段階に移行しました。今朝四時の観測データです。前日比で約四十%の増加です。増大が止まっていません」


「前の三例は、この段階からどれくらいで発生していましたか」


「最短で翌日、最長で五日後です。ただ今回は観測精度が上がっているので、単純比較はできません」


「感覚として、どう思いますか」


 少し間があった。「……明後日から明々後日の間が、個人的な見立てです。ただし私は専門家ではありません」


「わかりました。今日、集まれますか。凛さんも含めて」


「午後なら」


「午後二時にします」


---


 午後、施設に全員が集まった。早川が観測値のグラフを印刷して配った。昨夜から急角度で右肩上がりになっていた。


 御堂が地図を広げた。現地までのルートと地形が書き込まれていた。「剣聖会から、A級探索者を六名、明日の朝には入れます」と御堂は言った。


 音無が通信体制を整理した。特殊周波数帯の通信機を国防省が用意すること、核の至近距離では通信が途絶える可能性があること。


「途絶えた場合のプロトコルは」と蓮は聞いた。


「今日決めたいと思っていました」と音無は言った。


「シンプルにします」と蓮は言った。「通信が取れなくなったら、外部は待機する。こちらから止まれと言うまで動かない。救助に来ようとしないでください。来ても何もできない可能性の方が高い」


 音無が少し眉を動かした。御堂が「同意します」と言った。


---


 施設の外で解散する前に、凛が「明日の朝、最後の訓練をしましょう」と言った。


「時間が取れますか」


「取ります。やれることをやっておく」


 その夜、手帳を開いて今日決まったことを書き出した。現地入りは明後日の早朝。御堂のチームが前日に先行。通信途絶時は外部チームは待機。


 書き終えて、少し止まった。師匠が「記録を残せ」と御堂に頼んだ。御堂が「記録を残せ」と蓮に頼んだ。今夜書いておきたいことがあった。


 手帳の新しいページを開いた。


---


```

これを読んでいるあなたへ


私が帰ってきていればこれは必要なかったものです。

帰ってこなかった場合、あるいは帰るまでに時間がかかっている場合に、

読んでもらえれば十分です。


行く理由は一つだけです。動けるなら、動く。それだけです。

怖くないかと言えば嘘になります。ただ、怖いより先に、

動いた方がいいという感覚の方が大きかった。


凛さんへ:

三年間、隣で見ていてくれてありがとうございます。

あなたがいなければ、私は一人でここに来ていたと思います。

帰ったらコーヒーを飲みましょう。


御堂さんへ:

師匠の頼みを果たしてくれていました。ありがとうございます。

私も果たします。記録は残します。この手帳がそうです。


次の人間へ:

一人にするな、というのが師匠の言葉です。私も同じことを言います。

あなたの周りにいる人間を、信用してみてください。

```


---


 書き終えた。


 翌朝、訓練をした。最後の一回で、タイムラグはほぼゼロだった。凛が「よくなりました。これ以上はもうできることがありません」と言った。「それで十分です」と蓮は答えた。


 施設を出て、凛と別れた。「夜、来てもいいですか」と凛が聞いた。「はい」と蓮は答えた。


---


 夜八時に凛が来た。コーヒーを断った。ソファに座って、テーブルの上の手帳を見た。


「書きましたか」


「はい」


「読んでいいですか」


「帰らなかった場合に、読んでください。それまでは読まないでほしいです」


 凛は少し間を置いてから、「わかりました」と言った。


 部屋が静かだった。外の風の音だけがあった。


「眠れそうですか」と凛が聞いた。


「わかりません。ただ、眠れなくても構いません。明日の朝、動ければいい」


「私は眠れないと思います。一緒に起きていてもいいですか」


「はい。ただ特に何もしないですよ」


「それでいいです」


---


 二人でソファに座って、窓の外を見た。


 夜の住宅街は静かだった。どこかで猫が鳴いた。秋の夜の空気が、窓の隙間から入ってきた。


 凛が小さく言った。


「蓮さん」


「はい」


「帰ってきてください」


 蓮は少し間を置いた。約束できる言葉ではなかった。前の三人も帰らなかった。根拠がなかった。


「努力します」


 凛は何も言わなかった。それで十分だ、というような沈黙だった。


 時計が十時を過ぎた頃、凛の呼吸が少し深くなった。眠れたのかもしれなかった。蓮は確認しなかった。手帳をもう一度開いて、一行追加した。


「凛さんへ:今夜、あなたがいてくれてよかった」


 それだけ書いて、手帳を閉じた。電気をつけたまま、蓮もソファの端に座った。師匠も、行く前の夜はこんな感じだったかもしれない、と少し思った。ただ師匠には隣に誰もいなかった。蓮には、凛がいた。それが、師匠の頼みの答えだった。

次話:第21話「通りすがりです」

現地入り。御堂のチームが一晩かけて押さえていた場所を、蓮と凛が進みます。「誰ですか、あなた」と聞かれた蓮の答えとは。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!

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