第19話「本番前の試し」
お読みいただきありがとうございます。観測値がまだ上昇中の段階で、近くで小規模な魔物の湧き出しが発生しました。早川の提案で、本番前の実地テストとして現場に向かいます。二時間かけてB級チームが半数まで減らした群れを、蓮は十秒で片付けます。「何ランクですか」「測定不能です」「それはランクじゃない」——凛との連携精度も、実地で確認されます。
退職から三十六日が経った。
訓練三回目の翌日、早川から電話が来た。
「明後日、時間を取れますか。観測対象からやや離れた地点で、小規模な魔物の湧き出しが確認されました。B級探索者チームが対応中ですが、今の段階で実地データを取っておきたいと思っています」
「実地テストとして使いたい、ということですか」
「はい。規模は小さい。ただ、訓練施設の模擬核と実際の魔物では状況が違います。本番前にデータを取れるなら、取っておく方がいいと判断しました。無理に参加する必要はありません」
蓮は少し間を置いた。断る理由はなかった。凛に連絡した。「行きます」と三分で返ってきた。
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現地は管理局の観測ポイントから車で四十分の山間部だった。
着いた瞬間から、状況の重さがわかった。
テントの前に一人が座り込んでいた。剣を地面に突き立てたまま、両手でその柄を掴んで体を支えていた。肩が上下していた。腕に包帯が巻いてあった。前線では残り二人が戦っていたが、動きが重かった。踏み込みが浅く、剣を振るたびに体全体が揺れた。二時間、この強度で動き続けた体の重さだった。
その二人が、蓮に気づいた。一人が後ろを振り返った。「サポートですか」と言おうとして、蓮と凛を見て少し止まった。戦闘装備ではなかった。
「魔法使いですか」
「そうです」
「——二時間やってます。七体いて、やっと四体まで減らした。前の三体をどうにかしたいんですが、残り一体が木の裏に隠れていて、立体で対処しないといけない。今の状態では」
言いかけたところで、前から魔物が一匹飛び出してきた。探索者が反射で剣を構えたが、足がよろけた。疲労が出た動きだった。
凛が補助具を出した。少し目を閉じた。「四匹、全部見えます。左の木の裏に一匹います。残り三匹は正面、横一列に展開しています」
「わかりました」
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蓮は一歩前に出た。
手を伸ばした。
まず左の木が燃えた。裏に隠れていた一匹が、音も立てずに消えた。次の瞬間、正面の三匹が同時に消えた。炎が弧を描いた。木立の間の地面が、まとめて焦げた。そこに何かがいた、という痕跡だけが残った。
静かになった。
風が吹いた。焦げた草の匂いが広がった。
それだけだった。
前線にいた二人が、剣を構えたまま止まっていた。動けなかった。反応する対象が、もうどこにもなかった。一人がゆっくり後ろを振り返った。蓮を見た。蓮の手を見た。焦げた地面を見た。もう一度蓮を見た。
口が少し開いていた。
座り込んでいた一人も立ち上がっていた。包帯を巻いた腕で目の前を指しながら、何かを言おうとして、言葉が出なかった。
誰も何も言わない時間が、しばらく続いた。
「……何ランクですか」
ようやく一人が言った。
「測定不能です」
また沈黙があった。今度は少し長かった。
「それはランクじゃないです」
「そうですね」と蓮は言った。
「……二時間です」と探索者は言った。声が少し掠れていた。「俺たちが二時間かけてやってたことが」
蓮は何も言わなかった。
「十秒もかかってなかったですよね。今」
「そのくらいだと思います」
探索者がまた前を見た。焦げた地面を、もう一度見た。何かを整理しようとして、整理できていない顔だった。「二時間と十秒か」と小さく言った。独り言のような声だった。
「二時間、半分まで減らしてもらっていなければ、今日の状況にはなっていなかったかもしれないです」と蓮は言った。
探索者が少し蓮を見た。何か言おうとした。やめた。ただ小さく頷いた。
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早川がデータを取っていた。タブレットに記録しながら、凛と何かを話していた。補助魔法の展開タイミングと蓮の発動タイミングの差を、数字で確認していた。
「タイムラグ〇・一秒を切りました」と早川が言った。「訓練施設では〇・二秒でした。実地の方が速い」
「緊張がない分、無駄な動作がないのかもしれません」と凛は言った。
「緊張がないんですか」と早川が聞いた。
凛が少し蓮を見た。蓮は前の焦げた地面を見ていた。
「……緊張とは別のものがあります」と凛が答えた。「ただ、精度に影響するような種類ではなかったようです」
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帰りの車の中で、早川がデータをまとめながら話した。
「今日の結果は非常に参考になりました。実際の核との接触は、今日よりずっと高出力になります。ただ、凛さんとの連携精度は、実地でも落ちないということが確認できました」
「本番前に確認できたのはよかったです」と凛は言った。
「一つ質問していいですか」と蓮は言った。
「はい」
「今日みたいな規模なら、B級チームでも対応できる。今の観測対象はどのくらい違いますか」
早川がタブレットを見た。
「比較になりません」と早川は言った。「規模でも密度でも、次元が違います。英雄級A級が六人、一晩入っても対応に限界があるレベルです。今日はその準備段階として位置づけていました」
蓮は手帳に書いた。「今日の実地テスト:凛との連携〇・一秒以下を確認。本番とは次元が違う。ただ、連携精度は実地でも落ちないことが分かった。覚醒から三十六日目」
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アパートに帰って、凛と少し話した。
「今日のB級の人たち」と凛が言った。「どう見えましたか」
「よくやっていたと思います。二時間戦い続けるのは、私にはできない」
「そうですね」と凛は言った。「あなたは一撃で消せる。ただ、一撃で消せない状況で二時間戦い続けることはできない。それは別の力です」
「そういう言い方をするんですか、凛さんは」
「正確にしておきたい性格なので」
蓮は少し考えた。凛の言う通りだった。今日の自分は、ただ「消せる」だけだった。二時間消耗しながら半分まで減らした三人の力と、質が違うだけで量が同じとは言えない。ただ、今必要なのが「消せる」の方だというだけだった。
「わかりました。正確にしておきます」
凛が少し笑った気がしたが、確認しなかった。
次話:第20話「観測値が、急上昇した」
観測値が一気に上昇します。五人が施設に集まり、段取りを決めます。そして出発前夜、蓮は手帳に「これを読んでいるあなたへ」と書き始めます。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!




