第18話「御堂さんが、記録を読んだ」
お読みいただきありがとうございます。御堂が師匠の記録を読みました。七番目のファイルには、十九年前の師匠から御堂への、短い頼みが書かれていました。「少し楽になりました」と語る御堂。そして凛との夜のやりとりで、蓮が受け取る言葉があります。
三日後、御堂から連絡が来た。
「昨夜、記録を読みました。少し話せますか」
場所はまた喫茶店だった。前回と同じ店を蓮が指定した。
御堂は先に来ていた。コーヒーは頼んでいなかった。テーブルの上に何もなかった。珍しかった。前回はメモを見ていた。今日は何も持っていなかった。蓮が座って注文した。御堂は水だけ頼んだ。
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「全部読みました」と御堂は言った。
「そうですか」
「六番目のファイルまでは、わかる内容でした。当時と行動が似ているところもあって、やはりそうだったか、と思うことが多かった。七番目は——」
御堂が少し止まった。
「名前が付いていました。私の名前で」
「気づいていましたか」
「はい」と御堂は言った。声は変わらなかった。「十九年間、もし記録があるなら自分に向けた何かがあるかもしれないと思っていました。それがあったということが——正直に言うと、読む前が一番怖かった」
「読んでどうでしたか」
御堂はしばらく答えなかった。水を一口飲んだ。
「あの人らしかった、と思いました」と言った。「一行目から最後まで、あの人の書き方だった。感傷的なことは何も書かなかった。ただ一つ、頼みを書いた」
御堂が少し間を置いた。
「六番目のファイルに、『行くことを決めた。理由:動ける人間が自分しかいないから。それだけで十分だと思う』と書いてありました」
「はい。私も読みました」
「あなたも、同じことを書いていたと音無さんから聞きました」
蓮は少し驚いた。音無が御堂に伝えていた。蓮の手帳の記録の内容を、音無が把握していたということだ。いつ見たのか。訓練施設で記録しているところを見ていたのかもしれない。
「そうです。ほぼ同じ言葉で書きました」
「あの人が二〇〇七年に書いたことが、十九年後に別の人間によって繰り返された」と御堂は言った。「それが、偶然とは思えない」
「次の人間が現れた時、一人にするな、という頼みですね」
「はい」
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少し間があった。
「私はその頼みを、十九年間果たせなかった。四例目が現れなかったので。でも」と御堂は続けた。「あなたが現れた。だから今、果たしています」
蓮は御堂の顔を見た。
いつも静かで、計算された動き方をする人だった。感情を出さない人という印象を持っていた。ただ今日は、少し違った。何かが整っていない、という感じがした。整えようとして、整え切れていない部分が、どこかに残っていた。
「御堂さん」と蓮は言った。
「はい」
「師匠が書いていた内容で、一番印象に残ったのはどこですか」
御堂が少し考えた。
「『あとは何も心配していない』という最後の一行です」と言った。「十九年間、私はあの人のことを心配し続けていた。何が起きたか、何を考えていたか、苦しかったか、恐ろしかったか——ずっとわからないまま来た。あの一行が、その全部に答えている。そういう意味での、最後の一行でした」
蓮は何も言わなかった。
「……うまく言えませんが、少し楽になりました」と御堂は続けた。「十九年分、という言い方が正しいかどうかわかりませんが」
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「御堂さんに一つ伝えたいことがあります」と蓮は言った。
「なんでしょう」
「七番目のファイルを、ご遺族に読むかどうか選んでもらえるよう、音無さんに伝えてもらえますか。あの記録の宛先は御堂さんですが、内容を知る権利はご遺族にもあると思います。読まなくていいなら、それでいい。ただ、選択肢を持っていてほしい」
御堂がしばらく蓮を見た。
「……わかりました。確認します」と御堂は言った。少し声が柔らかくなっていた。「ありがとうございます。そういうことを考えてくれる人間が、今回はいた」
「師匠の頼みが生きています」
「そうですね」
御堂が窓の外を見た。喫茶店の窓の向こうに、平日の昼間の街が見えた。
「よろしくお願いします」
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帰り際、御堂が立ち上がりながら言った。
「あなたに頼みがあります。先ほどのお返しではないですが」
「なんですか」
「記録を残してください。あの人が七つのファイルを残したように。行く前でも、行っている最中でも、どちらでもいい。見つけられる場所に残してほしい」
「なぜですか」
「五例目が現れた時のためです。あなたが帰ってきても、帰ってこなくても。次の人間が一人にならないように、情報を残してほしい」
師匠の頼みの、次の世代への引き継ぎだった。
「わかりました」と蓮は言った。「残します」
御堂が少し頷いた。それ以上は何も言わなかった。喫茶店を出る時、一度だけ振り返った。蓮が手帳を開いているのを確認してから、出ていった。
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アパートに戻って、手帳に書いた。
「師匠のファイルを読んだ。六番目の結論が自分のものと同じだった。七番目は御堂への言葉だった。——次の人間が現れた時、一人にするな。私は一人ではなかった。師匠の頼みは、御堂が果たしていた」
それから一行追加した。
「御堂から頼まれた:記録を残すこと。する。」
手帳を閉じた。やることが一つ増えた。笹岡の職場では、やることが増えるたびに憂鬱だった。自分で判断して引き受けたやることは、重さが違う。
夜、凛にメッセージを送った。
「御堂さんが記録を読みました。少し楽になったと言っていました」
「よかった」と凛が返した。少し間があって、「あなたはどうですか」と続いた。
「私は——師匠の六番目の記録と、自分の記録が重なったことが、まだ頭に残っています」
「どういう気持ちですか」
蓮は少し考えた。
「怖い、ではないです。ただ、同じ場所に向かって行って、同じ結論で向かっていった人間が、戻らなかった。それが少し、重くあります」
しばらく間があった。
「そうですね」と凛が返した。「それでいいと思います。重いまま行く方が、軽くなって行くよりずっといい」
蓮は少し考えた。凛の言葉の意味が、じわじわと届いた。重いまま行く、ということが、どういうことか。五年間、笹岡のもとで「なんとも思わない」ふりをして働き続けた。何も感じないことが、消耗しない方法だと思っていた。でもそれは違った。感じながら、重さを持ちながら動く方が、はるかに本物だった。
「凛さんのその言葉は、どういう意味ですか」
「……軽くなる、というのは、感じなくなる、ということだと思っています。怖くない、重くない、と思い込んで動ける人もいると思います。ただ、あなたの場合は感じながら動く方が、ずっと本物だと思う」
「本物というのは」
「なぜ動くかが、わかっている状態です」
なぜ動くかが、わかっている。五年間、笹岡の職場で動いていた時、蓮はなぜ動いているかがわからなくなっていた。怒鳴られないため、替えがきかないと思われないため、理由はいつも後ろ向きだった。今は違う。理由が、前にある。
「ありがとうございます」と返した。
画面を置いて、窓の外を見た。夜の住宅街が暗かった。電灯が一本、道を照らしていた。感じながら動く。それが本物だ、と凛は言った。五年間、感じないようにして動いてきた。今はその逆をやっている。どちらが正しいかという話ではなかった。ただ今の方が、自分がどこにいるかわかる感じがした。
手帳を開いて、今日の会話を書いた。御堂が「少し楽になった」と言ったこと。師匠の最後の一行が十九年分の問いに答えたこと。凛の「重いまま行く方が本物だ」という言葉。三つを書いて、ペンを置いた。書いたことで、頭が少し整った。笹岡の職場では、起きたことを書き留める習慣がなかった。書いても意味がないと思っていたか、あるいは書ける状態ではなかったか。どちらかだった。今は書ける。
次話:第19話「本番前の試し」
本番前に、実地でデータを取る機会が訪れます。B級探索者チームが現場で苦戦する場所へ、蓮と凛が向かいます。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!




