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第2話「測定不能、というのはどういう意味ですか」

第1話を読んでいただきありがとうございます。

覚醒したスキルの異常さと、過去の不穏な記録について調べるお話です。

翌朝もコーヒーを飲みながら、蓮はアプリを開いた。


 変わっていなかった。


```

柏木 蓮(27)

【登録スキル】

 魔法使い 等級:測定不能

```


 三日経っても、四日経っても、同じだった。バグであればシステム側から修正連絡があるはずだ。スキル管理局の公式サイトにも「登録誤りの場合は五営業日以内に自動補正の通知が届きます」と書いてある。何も届いていない。つまりこれは、バグではない。


 蓮は有給消化の日々を使って、自分なりに調べることにした。別に緊急性はないと思っていたが、他にやることもなかった。積んでいた小説でも読もうかと思ったが、スキル管理アプリの画面が頭にちらついて文字が頭に入らなかった。


---


 まず「魔法使い」というスキルそのものを調べた。


 国のスキル研究機関が公開しているデータによれば、魔法使い系スキルの出現率は全覚醒者の〇・八%だった。百人に一人もいない。希少職として国家が保護と監視の両方を行う対象に指定されており、中級以上は政府機関への登録義務が生じる。蓮がスキル管理局から連絡を受けたのはそのためだろう。


 また、魔法使いは探索者ギルドにとって「喉から手が出るほど欲しい職種」とも言われている。蓮がいた第三支部にも、一人だけ魔法使いの探索者がいた。炎属性・上級の男で、特別個室を与えられ、依頼報酬の取り分も他の探索者より高く設定されていた。笹岡はその男に頭が上がらなかった。


 その男が一度だけ蓮に言ったことがある。「お前みたいなスキルなしって、なんで働いてんの。俺なら一週間でやめるけど」。蓮は笑顔で「そうですね」と答えた。笑顔を作ることにも、もう慣れていた。あの顔は今でもたまに思い出す。


 今、その男と同じスキルを持つことになった。「測定不能」という等級の差があるとはいえ、少なくとも種別は同じだ。蓮はその事実が、少し可笑しかった。「一週間でやめる」と言っていた男より先に、蓮は辞めた。


---


 次に「等級」について調べた。


 初級から英雄級まで五段階というのは一般常識だが、等級制度の設計思想まで掘り下げると、設計当初は「測定上限なし」という仕様になっていたことがわかった。現行システムが英雄級を上限として運用されているのは「それ以上の事例が存在しないから」ではなく、「それ以上の事例を公開しないことにしたから」という政策的判断に基づいていた。一九九〇年代の省令改訂で上限が設けられ、超過分は「特殊事案」として非公開扱いになっている。


 これを調べるのに二時間かかった。スキル制度の歴史資料は国立図書館のデジタルアーカイブに眠っていて、見つけるまでが大変だった。事務員として公文書を扱ってきた経験がなければ、どこに何が書いてあるかの見当もつかなかっただろう。


 蓮はここで、ギルドの事務職員として働いていた五年間の記憶を引き出した。


 三年目の終わりごろ、書庫の整理を命じられたことがある。古い資料が段ボール十二箱分詰め込まれていて、ほとんどは廃棄対象だったが、その中に「特殊スキル事案整理(内部限)」と表紙に書かれたファイルがあった。


 笹岡は「全部シュレッダーにかけろ」と言ったが、蓮はなんとなく中身を確認してから捨てようとした。事務員の癖だ。中身を見ずに捨てて「あれどこいった」と後から怒鳴られることを何度か経験していたから。破棄する前に目を通す——それは蓮にとって職業的な本能だった。


 そのファイルに、三件の記録があった。


 年代はそれぞれ異なり、一九七二年、一九八九年、二〇〇七年。スキル種別はいずれも「魔法使い」、等級欄は「███」と黒塗りされていた。事案の概要も大半が黒塗りで、読めた部分は「本人の所在確認に至らず」「事案終結後に連絡が途絶」「家族への通知は国家機密として処理」という断片だけだった。


 当時の蓮には、それが何を意味するのかわからなかった。


 「家族への通知は国家機密として処理」というのが、妙に引っかかっていた。連絡が取れなくなった理由が、家族にも知らされていない。それが「機密」として扱われているということは、何らかの理由があるはずだ。


 五年後の今、少しだけわかる気がした。


 ——測定不能は、四例目だ。


---


 郵便受けに名刺が入っていたのは、調べ始めてから三日後だった。


 厚手のマットな紙質で、活版印刷のような重みがあった。表には「冒険者ギルド連合・剣聖会 本部長補佐 御堂 誠一」とだけ書かれていた。裏に手書きで「ご都合のよい時にご連絡ください」とあり、携帯番号が添えられていた。


 蓮は名刺をしばらく眺めた。


 剣聖会は国内最大の民間冒険者ギルドだ。加盟探索者数は三千人以上、年間取扱依頼件数は公表されているだけで二万件を超える。蓮がいた第三支部のような中小ギルドとは規模も格も違う。笹岡が何かの会合で剣聖会の幹部と同席した際、帰ってきた後の顔が少し青ざめていたことを蓮は覚えている。それほどの組織の本部長補佐が、直接郵便受けに名刺を入れていった。


 電話するかどうか少し考えた。来週月曜に管理局の面談が控えていた。それより先に剣聖会と会う理由は、今のところなかった。ただ、先延ばしにした案件は後で二倍になって返ってくる——というのも事務員として身に染みていた。


 名刺をテーブルの端に置き、コーヒーを飲んだ。今日は連絡しない。ただ、捨てはしなかった。


---


 その夜、スキルを「使えるかどうか」試してみた。


 試す場所に困ったので、ベランダに出た。午後十時過ぎで、向かいのマンションの明かりはほとんど消えていた。


 魔法使いのスキルがあるとして、何をすればいいのかが全くわからなかった。蓮はギルド事務員として、魔法使い系探索者の活動報告書を何百枚と処理してきた。「炎魔法で討伐」「風魔法で牽制」という記録を書類として読んできたが、実際にどうやって発動するのかは書いていなかった。当然だ、書く必要がないから。書類の受け取り手が魔法を使えないことなど、誰も想定していなかった。


 とりあえず、手のひらを上に向けた。何かを出そうとする。何も出ない。気合いを入れてみた。気合いは特に意味をなさなかった。


 次に手のひらを下に向けた。やはり何も起きない。目を閉じて「集中」してみた。「集中する」が何を意味するのかよくわからなかった。探索者の活動報告書には「魔力を練る」という表現が時々あった。「練る」がどういう動作なのかは書かれていなかった。感覚的なものなのだろう。蓮には、その感覚がなかった。


 五分後、蓮は諦めてベランダから引き上げた。寒くなってきた。


 コーヒーを淹れようとケトルに水を入れ、スイッチを押した瞬間、手のひらがじんわりと熱くなった。


 蓮は手を見た。何も見えない。熱もすぐに引いた。


 ただ、さっきまで冷たかったはずのコーヒーカップが、手に触れた瞬間にちょうどいい温度になっていた。


「……なるほど」


 魔法は、出そうとして出るものではないらしかった。少なくとも今の蓮には。「必要だ」と体が判断した時に、意識しない部分で動くようだった。本人の意志より先に動く——それは少し怖い気もしたが、怖いというより奇妙だった。自分の体の中に、自分が把握していない何かがある。その「何か」がいつ、どのくらいの規模で動くのかが、今はまだわからない。


 蓮はそれを記録として手帳に書いた。ギルド事務員の癖だった。記録しておかないと、後で怒鳴られる——もう怒鳴る人間はいないが、習慣は残っていた。書いてから、少し変な気持ちになった。五年間、「怒鳴られないため」に記録してきた。今は怒鳴られる心配がないのに、まだ同じことをしている。


 でも、記録すること自体は悪い習慣じゃないと思った。自分のために残しておくというのは、少し違う意味を持つ。怒鳴られないためではなく、自分が後で見返すために書く。小さいが、確実に違う動機だった。その違いが、今の蓮には大事な気がした。


---


 来週月曜の管理局面談まで、あと五日。


 蓮は今日判明したことを箇条書きにした。


```

・魔法使い系スキルの出現率:全覚醒者の0.8%

・等級制度の上限は政策的に設けられたもの。測定不能は非公開区分

・過去の類似事案:1972年、1989年、2007年の三件。全員「連絡途絶」

 →「家族への通知は国家機密として処理」→理由が開示されていない

・スキルの発動条件:現時点では不明。無意識に動く可能性あり

・剣聖会から接触あり(名刺・来週連絡予定)

```


 書き出してみると、自分の状況の異常さが改めてよくわかった。


 ただ、妙に落ち着いていた。


 五年間、理不尽な状況をひたすら処理し続けてきた。降ってくる問題を分類して、優先順位をつけて、ひとつずつ片付ける——それが蓮にとっての仕事だった。スキルが生えてきたことも、国家機関が動いていることも、「処理すべき事案」として見ると、なんとなく扱えた。笹岡のパワハラより、敵がはっきりしている問題の方がずっとシンプルだ。笹岡の場合、何が問題の本質なのかが最後まで見えなかった。本人に「俺が悪い」という自覚がない相手への対処は、問題の輪郭が常にぼやけていた。それに比べれば、スキルの謎も国家機関の動きも、少なくとも「何かが起きている」という事実がはっきりしている。


 ただ一点だけ、うまく処理できないことがあった。


 五日前のエレベーター。朝霧凛の「お疲れ様でした」という声だけが、箇条書きに収まらなかった。


 他の全員は、蓮が退職届を出したその日、目を合わせなかった。笹岡は慌て、須藤は遠回しに引き止め、フロアにいた全員が「見ていない」ふりをした。五年間の積み重ねに対して、誰も何も言わなかった。


 凛だけが、見ていた。


 エレベーターの扉が閉まる直前に、まっすぐ蓮を見て言った。「お疲れ様でした」と。感謝でも慰めでも同情でもなく、ただ事実として言った。五年間、そこにいたことを認める一言だった。


 蓮はその一行をノートに書きかけて、やめた。


 消えない言葉を書いても、意味はない。でも消えないのは、消さなくていいからかもしれないとも思った。どちらが正しいのか、今夜は答えが出なかった。

次話:第3話「剣聖会の本部長補佐が来た」


※本日19時、第3話まで一挙公開中です!

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