第16話「二〇〇七年の記録が、届いた」
お読みいただきありがとうございます。二〇〇七年の記録、七つのファイルが届きます。覚醒の翌日から四十三日目まで、淡々と書かれた記録。そして日付のないファイル「midomakoto_e.txt」——御堂への、十九年後にようやく届いた言葉が書かれていました。
退職から三十日が経った。
音無から連絡が来たのは午前中だった。
「二〇〇七年の記録について、ご遺族への説明が完了しました。開示の許可が下りています。本日中にデータをお送りします」
蓮はメッセージを受け取って、少し間を置いた。
開示の許可が下りた。ご遺族への説明が完了した。三十年近く知らされなかったことを、昨日か今日、家族が初めて聞いた、ということだ。どういう場で、どんな顔をして聞いたのか。蓮には想像できなかった。想像できないことが、少し重かった。
まず御堂に連絡した。
連絡する前に少し考えた。御堂にとって、この記録は十九年間の問いへの答えかもしれない。読む準備ができているかどうか、確認した方がいいかと思った。でも御堂は「先に読んでください」と自分から言ってくれた。それは、御堂自身がまだ覚悟を決めかねている、ということかもしれなかった。一人で準備したい、という意味かもしれなかった。どちらにせよ、尊重することにした。
「二〇〇七年の記録の開示が下りました。先に御堂さんに読んでいただけますか」
返信は一分で来た。
「……ありがとうございます。いいえ、先に読んでください。私は後で」
わかりました、と返した。
---
データは昼過ぎに届いた。
音無から送られてきたのはパスワード付きの圧縮フォルダだった。解凍すると、テキストファイルが七つあった。ファイル名はそれぞれ日付形式で、一番古いものは「2007_03_12.txt」、最新は「2007_04_23.txt」だった。覚醒から四十三日目が最後のファイルだった。
そして、日付のないファイルが一つあった。
ファイル名は「midomakoto_e.txt」だった。
蓮はその名前を見て、少し止まった。御堂誠一、の名前だった。
---
日付のあるファイルから順に読んだ。
文体は簡潔だった。箇条書きが多く、数字が正確で、観察に徹していた。
一番目。覚醒の翌日。「スキル管理アプリの表示変化を確認。バグの可能性を排除するため、三回再起動して確認。変わらず。測定不能の意味を調べ始めた」
二番目。「魔法学院より電話。断った。理由:研究成果の帰属条件が不明確のため」
三番目。「国防省より書留。義務という表現について疑問。法的根拠を確認しようとしたが別紙なし。問い合わせ中」
蓮は読みながら、手帳を確認した。自分の記録と、ほぼ同じだった。同じ組織から同じ順番で接触があって、同じ理由で断っていた。
ページをめくる手が少し遅くなった。
師匠も魔法学院を断っていた。師匠も国防省の書留に別紙がないことを指摘していた。二〇〇七年の時点でも、国防省は同じことをやっていた。その事実を、音無は知っているのだろうか。知っていて、今回は改善しようとしていたのかもしれない。あるいは組織の慣習は十九年では変わらないのかもしれない。蓮はその点を今度音無に確認しようと思って、手帳に書き留めた。「師匠も国防省に同じ対応をしていた。音無に伝えるか検討」
四番目。「スキル発動の実験。意図的な制御は難しい。無意識の発動が先行する。記録を続ける」
五番目。「管理局との面談。過去二例の話を聞いた。連絡途絶の意味を確認しようとしたが明確な返答を得られず。ただし調査官は誠実だった。信頼できると判断した」
六番目。「異常の予兆を管理局が確認したと連絡あり。前の二例とパターンが一致している。行くことを決めた。理由:動ける人間が自分しかいないから。それだけで十分だと思う」
---
蓮は手を止めた。
「理由:動ける人間が自分しかいないから。それだけで十分だと思う」
十五日前に自分が手帳に書いた言葉と、ほぼ同じだった。
同じ状況に置かれた人間が、十九年の時を隔てて、同じ結論に至っていた。偶然かもしれない。ただ偶然ではないかもしれない。この状況が、この結論を引き出す何かを持っているのかもしれなかった。少し落ち着かない気持ちで、七番目のファイルを開いた。
---
「midomakoto_e.txt」は、短かった。
```
御堂へ
読んでいると思う。俺が書いておかなかったら、お前はずっと知らないままだろうと思ったから、書く。
お前が俺を師匠と呼んでくれていたのは知っている。あまり上手く教えられたとは思っていないが、側にいてくれたことは助かっていた。
明日行く。戻れるかどうかわからない。ただ、行かないという選択肢がない。それだけだ。
一つだけ頼む。
次の人間が現れた時、一人にするな。情報を持て。人間を集めろ。俺の時より条件をよくしてやってくれ。
それだけでいい。
あとは何も心配していない。
```
---
蓮はファイルを閉じた。
部屋が静かだった。
師匠が、これを御堂のために残した。御堂がいつか読むことを想定して書いた。「次の人間が現れた時、一人にするな」と書いた。
御堂は十九年間、その一行を実行し続けていた。四例目が現れるまで待って、現れた瞬間に動いた。剣聖会のオファー、桐嶋への指示、喫茶店で師匠のことを話してくれたこと——全部、「一人にするな」という一行から来ていた。
手帳を開いた。ペンを持ったが、しばらく何も書けなかった。書くことが見つからなかった。
少し経ってから、一行だけ書いた。
「二〇〇七年の記録、読んだ。師匠は同じ結論に辿り着いていた」
---
夜、凛にメッセージを送った。
「記録を読みました。一緒に読んでもらえますか。明日でも」
「今夜でもいいですか」と凛が返した。
「はい」
凛が来た。蓮はデータを見せた。凛は黙って読んだ。六番目のファイルを読んでいる時、手が少し止まった。七番目を読んでいる時、声を出さなかった。
読み終えて、しばらく黙っていた。
「御堂さんは、これを読んだんですか」
「まだです。先に私が読んでいました」
「そうですか」
凛はもう一度、七番目のファイルを見た。
「……返事ができなかった人への言葉を、十九年後に別の人間が受け取る形になった」
「そうなります」
「それでも書いておいてよかったと思います。届いたから」
蓮は頷いた。何も言わなかった。届いた、という言葉が、しばらく部屋の中に残っていた。
少し間があってから、凛が続けた。
「六番目の記録と、蓮さんの結論が同じだったと言っていましたね」
「はい」
「それは——怖くなかったですか」
「怖い、というより」と蓮は少し考えた。「同じ結論に至るということが、この状況に置かれた人間の必然かもしれない、と思いました。選んでいるようで、実は選ばされているのかもしれないという感覚が、少しありました」
「それでも行くと決めたんですよね」
「はい。ただ、今日それを読んで、少し確認できた気がします。師匠も同じ場所に立って、同じことを考えていた。それが——少し、怖くなくなる方向に動きました」
凛が何か言いかけてやめた。それから静かに「そうですか」と言った。
コーヒーカップが少し冷えていた。蓮は二杯目を淹れた。凛の分も入れた。今夜は、二人ともそれを飲み終えるまで、特に何も言わなかった。
次話:第17話「行かない、という選択肢」
続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!




