第13話「早川さんから、電話が来た」
お読みいただきありがとうございます。首都圏北部の観測点で異変が続いています。早川からの電話が、具体的な場所と数字をもたらします。そして過去の三人が「記録」を残していたという事実——蓮がそれを知った夜の話です。
その夜、早川から電話が来た。
「今日の件、詳しくご説明します」
「ありがとうございます」
「観測点は埼玉県北部、荒川水系の上流付近です。七年前にダンジョンが出現した地点で、過去にも異常予兆が何度かあって、毎回収まっていました。今回は、収まっていないんです」
「前回と今回の違いは何ですか」
「魔力反応の継続時間です。過去の予兆はいずれも七十二時間以内に自然収束していました。今回は九十六時間を超えて継続しています」
蓮は手帳に書いた。
「継続中ということですか」
「はい。増大はしていません。ただ、下がってもいない。こういう状態は、過去の三件の直前にも観測されていました」
「三件ともですか」
「三件とも。事後に記録を照合して判明しています。リアルタイムでは当時の観測精度が低くて見逃していた」
「今回はリアルタイムで観測できている、ということですか」
「そうです。七年前から観測体制が強化されていまして。今回は発生と同時に把握できています。それが、前の三例との一番大きな違いです」
「早めに対処できる可能性がある、ということですか」
少し間があった。
「……そう言いたいところですが、正直に言うと、早めに観測できたからといって、何ができるかはまだわかっていません。過去三例は、観測が遅れたから失われたのか、それとも観測できていても結果は変わらなかったのか、判断できない。ただ——情報があった方が判断できる、とは思っています」
「それは同意します」と蓮は言った。
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「一点確認したいのですが」
蓮は話を止めた。
「音無さんが、開示情報のリストを持ってくると言っていました。明日ですか」
「明日、持参すると連絡が入っています」
「わかりました。内容によっては、今夜の情報と照合したいことが出るかもしれません」
「承知しました」と早川は言った。「一点だけ先にお伝えします。過去の三例について、今回の開示資料に、これまでお伝えしていなかった情報が含まれています」
「どういう内容ですか」
「三人とも、現地に向かう前に、記録を残していました。ノート、あるいは録音です。その存在は今まで非公開でした」
蓮は少し間を置いた。
「その内容は」
「明日、音無さんが説明します。私の権限では開示できる範囲が限られていて」
「わかりました」
電話を切って、手帳に書いた。
「三人とも、記録を残していた。内容は未確認。明日音無と確認する」
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翌朝、音無が来た。
今回は一人だった。川島はいなかった。封筒を一つと、薄いファイルを持っていた。
「開示情報のリストです。それと、過去三件の記録の概要についても、今日はお話しします」
「先に記録の話を聞かせてください」
音無は少し頷いて、ファイルを開いた。
「一九七二年の件。当時の記録はノートです。現地に向かう前夜、宿に残されていました。内容は三ページ、ほぼ個人的なメモです。家族への言葉が一部あります」
「二件目は」
「一九八九年。録音テープ。現地の車の中に残されていました。六分間の録音で、後半に『異常の核が呼んでいる感覚がある』という発言があります」
「三件目」
「二〇〇七年。デジタルデータです。パソコンのフォルダに保存されていました。テキストファイルが七つ。内容は覚醒から異常発生までの観察記録です。スキルの変化、感覚の変化、組織との交渉記録——それから」
音無が少し止まった。
「それから?」
「大切な人への言葉、が一ファイルあります」
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蓮は少し沈黙した。
二〇〇七年の人間は、御堂の師匠だった。七つのファイルのうち一つが「大切な人への言葉」だった。その相手が誰だったかは、今は聞かなかった。
「記録の内容を、私も見ることはできますか」
音無が少し考えた。
「……一九七二年と一九八九年の記録は、ご家族がまだご存命の場合があり、慎重な取り扱いが必要です。二〇〇七年については、ご遺族への確認を取った上で、開示できるかもしれません」
「ご遺族への確認というのは」
「この方の家族は現在も存命で、当時の経緯については非公開のまま今日まで来ています。初めて開示する場合には、ご本人たちへの説明が先になります」
「どのくらい時間がかかりますか」
「……一週間から二週間、だと思います」
蓮は手帳に書いた。
「二〇〇七年の記録:開示申請中。一〜二週間」
「進めてください」
「わかりました」と音無は言った。それから少し間を置いた。「記録を読んで、何かを決めようとしていますか」
「情報を集めています。判断するために」
「その判断というのは——行くか行かないか、ということですか」
蓮は少し間を置いた。
「まだわかりません」
音無は何も言わなかった。それでいい、という顔をしていた。
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音無が帰った後、届いた開示情報リストを読んだ。
A4で四ページ分だった。「開示可能」と「開示不可」の項目が、縦に並んでいた。
開示可能な情報の中に、過去三例の行動記録の概要があった。三人がそれぞれ、現地に向かう前の一週間でどんな行動を取ったか。面談の記録、移動の記録、接触した組織の記録。整理されていた。
そして最後のページに、一行だけあった。
「三例いずれも、核への接触直前に、スキルの出力が通常時の数十倍に達していたことが観測されている。その後、観測値は急激に消失した」
観測値の急激な消失。
蓮はその行を二度読んだ。
核の中で何かが起きた。でも何が起きたかは書かれていなかった。開示可能な情報の中にも、その答えはなかった。
蓮は「開示不可」の項目欄も読んだ。理由の記載はなく、ただ「非公開」と書いてあるだけだった。非公開の項目の数は、開示可能な項目より多かった。
知っていることより、知らないことの方が多い。
それは今までも同じだったが、今日初めて、その差を数として目の前に並べることができた。知らないことが何なのかを把握できれば、次に何を確認すべきかが決まる。まだ判断できる段階ではなかったが、判断するために何が必要かは少し見えてきた。
手帳に箇条書きを足した。
```
・「開示不可」項目の理由を確認できるか、次回音無に聞く
・早川に:観測継続時間の上限の目安はあるか確認
・凛さんの補助魔法研究を、早川・音無に共有するタイミングを検討
```
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夜、凛にメッセージを送った。
「今日、聞いた話があります。三人とも、行く前に記録を残していた。内容はまだ見ていません」
しばらく間があった。
「今から来てもいいですか」と凛が返した。
「はい」
凛は三十分後に来た。
玄関で「遅くにすみません」と言いながら入ってきた。普段より少し足が速かった。メッセージを受け取ってすぐに来た、という感じの来方だった。
蓮は何も言わずにコーヒーを二人分淹れた。凛が鞄を置いてソファに座る音がした。今日の話はおそらく長くなる。それでいいと思った。
次話:第14話「凛さんが、怒った」
凛がノートを持って蓮の部屋を訪ねてきます。そのノートには、三年分の記録が書かれていました。続きが気になった方は、ぜひブックマークや【☆☆☆☆☆】評価で応援いただけると嬉しいです!




