お人好しを捕まえて金をせびるなんて情けないけれど
彼は私に引っ張られるがままついてくる。そんな彼からは困惑の感情が強く伝わってきていた。
「え?お、俺に触って平気なんですか?」
不思議な彼の一声に私は小首をかしげる。
「平気ですけど。もしかして、嫌でした?」
腕に触れただけで嫌がられていては、先ほどの私の望みはもはや叶うべくもない。悲しいが、仕方ない。彼はお金を払うのだから、無理強いはできない。
「嫌なわけありません!!」
またもやキーンとするような大声を出されて私はたじろぐ。この男、体格に見合う肺活量を備えているらしい。
「あ、大きな声を出してすみません。でも、あなたに触れてもらえて嬉しいと思っているので、それは誤解されたくなくて…」
「そ、それは、良かったです」
なんで喜んでるんだろう?とは思うけれど、私はまだ望みが潰えたわけではないとわかりほっと安堵した。娼館の店先から離れた私たちは、とりあえず人目につきにくい路地に入る。
「その、さっきの、言葉って冗談ですよね?」
「至って真剣ですけど」
当たり前だ。こっちは生死がかかっているのだから。彼はゴクリと喉仏を上下させて生唾を飲み込んだ。
「あの、意味わかって言ってます?」
「娼婦になろうと考えるくらいには」
彼はグッと言葉をつまらせている。それはそうだろう。考えればわかることだ。そんなことを考えるくらいには切羽詰まっているのだ。
「迷惑ならいいんです。断ってください」
「迷惑なんかじゃありません!ただ、あの、本当に不躾だとは思うんですけど、どうして俺にそんなこと言ってくれるんですか?俺じゃなくても…」
「あなたがいい。…って、言っても、信じてもらえないですよね。一番の理由は、お金がほしいからです。私、今日の晩御飯にも寝るところにも困ってるんです。だから、人の良さそうな貴方に頼んでる。どうか人助けだと思って私を買ってくれませんか?」
彼はウンウンと唸りながら悩んで悩んで、顔を赤くしたり青くしたりしながら、ようやく何かを決めたように私を真っ直ぐな瞳で見下ろした。
「貴方をお金で買ったりとか、そういうことは、したくないです」
彼の優しい拒絶の言葉に私は悲しみに包まれた。そりゃあそうだろう。こんな超絶美形の彼に私が釣り合わないことくらいわかっている。娼婦になれもしなかった女にお金を払おうとは思わないのだろう…。でも、どこかで期待していたんだ。彼はたぶん私が今までこの世界で出会った人々の中で一番人が良さそうだったから。
「ぅ、うっ、うぅー」
明日を迎えられないかもしれない恐怖と、堪え難い空腹感、それに加えて人に見捨てられた絶望が合わさって、私はもう我慢することが出来なかった。子供ではないのに。それでも、これ以上、頑張れそうになかった。この世界は馬鹿みたいに私に冷たくて、希望を見せたかと思えばすぐに地獄に突き落とす。
「まっ、待って!違うんだ!ごめんなさい!言葉が足りなかったです!」
しゃがみこんで頭を抱えて泣いている私の上で彼が慌てて何かを叫んでいる。
「ごめんなさい!泣かないでください。あなたが嫌とかじゃなくて!そうじゃなくて!あなたを大切にしたいから、お金であなたを買ったりしたくないんです!というか、あなたに見合うお金なんて俺には用意できません…。だから、俺と、友達になりませんか!?」
叫び倒している彼は端から見たらどう見てもヤバイ奴にしか見えないだろう。あまりにも声が大きいから聞く気なんてなくても勝手に耳に入ってくる。私は彼の最後の言葉に顔をあげた。
「あ…、あの…」
パチリと視線がかち合って、興奮のためかもともと赤かった彼の顔が、更に真っ赤に染まっていく。さっきまでの勢いを失った彼は、もごもごと口の中で何事か呟きながら、窺うように私を見つめていた。
「お友達…?」
「はい!友人なら、あなたのこと助けても、おかしくないですよね!?」
「え」
「これ、使ってください。半年生活できるくらいは入ってます。他にも俺に出来ることがあればなんでも協力します」
目の前に差し出された袋の中には、この世界のお金が入っていた。仕事のために必死で覚えたお金の価値。半年どころじゃない、少なく見積もっても一年は遊んで暮らせる、いや、切り詰めれば2年は生活できそうな金額だった。ヒッと私の口から悲鳴が漏れた。
「こ、こんなの、もらえません!だって、私はあなたに何もあげられない…」
私には今"私"しかない。それすらいらないと言われたのに、こんなお金を無償で貰える理由がわからなかった。けれど、このお金があればご飯が食べれてお布団で眠れると思えば、私の声はどんどん小さくなっていった。
「友達、だから、じゃダメですか?見返りなんていりません。でも、俺なんかと友達になりたくないとあなたが思っているならそれでも、いいんです。こうやって、俺と目を見て話をしてくれただけで、この金額を払う理由は充分だから」
長い睫毛を軽く伏せた彼はほんの少しだけ悲しそうな表情をしている。あまりに自虐的な言葉に胸が締め付けられるような切なさを感じた。
「そんなこと言わないで…。私と友達になって」
私は彼に一歩近づく。彼は真ん丸に瞳を見開いて、そして眩いばかりの笑顔になった。




