こんな気まぐれいつもは絶対にないのだけれど
「ごめんなさいね。今は女の子を雇うつもりはないの」
かくして、私の悲壮なる決意は、無意味に砕け散った。まぁ、つまり、娼婦になるのを断られたのである。
だが、それはあの不細工な男のせいではなく、この娼館では今のところ娼婦を新たに雇い入れるつもりはないと言われた。
が、おそらく私が可愛くなかったから、という悲しい理由だったのでは、と考えている。娼婦にはやはり容姿は大事だろうし。はっきり言って私は美人じゃないのだ。見れたものではない、とは言わないが、可愛いかと問われたら誰もが首を捻るレベルだろう。
しかし、これは困った。本格的に困った。なにより、お腹が減った…。
そう思って、私はまた娼館の前で立ち尽くす。ため息も深くなるというもの。
そうしているうちに、娼館は本格的な営業時間になったらしい。お客さんと思わしき男性が何人かやって来ていた。流石にいつまでも人様の店先で突っ立っている訳にはいかない。離れようと足を踏み出そうとした。
「はぁ」
大きな溜め息が聞こえてきて、私は思わず後ろを振り向いた。私のものではないけれど、同じくらい深い深い溜め息だったから。それは、たしか、先ほどこの娼館に入って行った男ではなかっただろうか?とんでもないイケメンだったから茫然自失となっていても辛うじて覚えていたのだ。そして、そんなイケメンは何故かとっても落ち込んでいるようだった。そんな姿に思わず共感してしまい、いつもなら決してしないことをしてしまった。
「どうかしたんですか?」
「え?」
驚いたように私を見下ろしたとんでもないイケメンは初めて私を認識したように目を見開いた。
「驚かせたのならごめんなさい。あなたがなんだかとても落ち込んでいるようだったから」
私は怪しまれないようににっこりと笑ってみる。彼は更に大きく目を見開き驚きを露にしていた。
「あ、ありがとうございます。大丈夫です!」
ドン引かれた、のだろうか?彼はアワアワと唇を震わせて信じられないものを見るような目で私を見ている。それにしてはなんだか期待されているような瞳のきらめきを感じる気もした。
「そ、それなら、いいんですけど…」
「あの、あなたは、ここで何を?」
「え、」
「あ、俺は、その、このお店に客として来たんですけど、この顔なんで、相手をしてくれる女性がどうしてもいなくて。お金だけはたくさん持ってきたんですが」
私は彼の不思議な告白に首をかしげた。お金があるならどうしてお店に入れて貰えなかったのだろう。
「それは残念でしたね。でも、貴方なら娼館に来なくても好きになってくれる人はいると思いますよ」
当たり障りなく思ったことを伝えておく。彼は何故か頬を赤らめて私を熱心に見下ろしてくる。彼は背が高いからどうしてもそうなるのだが。なんとなくその視線に不思議な熱を感じて、私は困惑してしまう。
「そんなこと、言ってくれたの、あなただけです。お世辞でもとても嬉しいです。ありがとうございます」
「そうですか」
「それで、あの、あなたは何故ここに?」
「私は、その、ここで働きたくて…。でも、断られちゃったんですけどね」
「え、あ、え?」
「もしかしてお店の女の子だと思いました?違うんです。期待させたならごめんなさい」
「ど、どうして?」
「?どうしてとは?」
「言葉が足りませんでした。すみません。あの、どうして、娼婦になろうとしてたのかと思いまして…」
彼のその言葉に、今の自分が酷く惨めに思えてひもじい辛さも相まって、私は思わず泣きそうになってしまった。そんなこと初対面で聞かないでほしい。なんでそんなことを聞くんだろう。ひどい。
「ごっ、ごめんなさい!」
次の瞬間、彼は体を直角に折り曲げて謝ってきた。びっくりして眦に溜まっていた涙が零れ落ちた。それが地面に落ちたのが見えたのか彼は更に狼狽したように何度も何度も謝罪してくる。果てには地面に頭を擦り付けそうなその勢いに流石にそこまでされては怖いと思い止めに入る。
「本当にごめんなさい。あなたの事情も考えず傷つけてしまって…」
「いえ、もう、たくさん謝って頂いたので大丈夫、です」
「お詫びと言ってはなんですが、もし、僕で何かお力になれることがあれば教えて頂けませんか?」
その言葉に私ははっとする。これはもしかして今日のご飯と宿代を稼ぐチャンスでは?お腹が減って回らない頭を必死に動かして考える。彼ははちゃめちゃにかっこよくて、性格も悪いようには見えない。それに何と言っても、お金を持っている、らしい。そして、娼婦を買おうとして失敗して落ち込んでいた。なら、私が立候補したって良いのでは?
「じゃあ、あの、私を買ってくれませんか?」
「………えええぇっ!!!?」
大きすぎる彼の声に私の体はビクリとはねた。そ、そんな大声出さなくても…。恥を忍んで頼んでいるというのに、彼に大声を出されて周囲に吹聴されてははたまったものじゃない。
私はここがまだ娼館の前だったことを思い出し、彼の腕を引っ張ってその場からは離れることにした。彼の腕は想像以上に筋肉質でたくましく、着やせするタイプなんだなと変なことを思った。




