第56話『日常が再開したら』
「まだかなぁ……」
自分の鞄を見てソワソワする美紀。もうずっと学校に行ってない所為で勉強をしたくなってきていた。
「早く、早く勉強を……! 学校をくださいー‼︎」
ちょうど通りかかった小夜に神頼みをする。ちゃんとお賽銭も込みで。
「いや、私に頼まれても……」
突然のお願いに小夜はただただ困った。
美紀から訳を聞き、それにより学校に行きたがっている事を知った。
「確かに最近学校に行ってないから、子供達の我慢も限界かもしれないね…… もう一ヶ月は休校状態だし、大人も困り果ててもおかしくないし」
「そうだよ! 神社で自習してても限界があるし、人と遊んでると周りから冷たい目で見られるしさ……」
学校の教科書とノートを広げて勉強を始める。
「今は勉強する気力があるけど、発狂して誰か暴挙に出てもおかしくないよ」
苦手な英語に取り組み、書き留めた英文を復唱する。
「誰かと一緒になりたい! そして素敵な一日を過ごしたい!」
悲劇のヒロイン風の声で涙を浮かべ、チラッと小夜を見た。小夜は美紀の期待のこもった視線を感じ、冷や汗をかいた。
「……私じゃ駄目かな?」
「えっ、小夜ちゃんが?」
美紀は普段のテンションに戻って小夜を見つめる。小夜と美紀はしばらくジッと見つめ合い、
「いや、小夜ちゃんとはちょっと……」
「ヒドッ‼︎」
美紀のまさかの反応に、小夜は素で驚いた。
「私もそろそろ立派にならなきゃ……」
小夜とお風呂に入りながら美紀は将来を語り出した。
「まだまだ小夜ちゃんの様にはなれないけど、私は私なりに大人になりたいんだ〜」
シャワーを流して泡を落とす美紀。小夜は浴槽に浸かって、美紀のシャワーが終わるのを待っている。
「あ、でも巫女って色々と男女関係が厳しいからなぁ〜…… もし私に好きな人が出来たら、どう接したら良いんだろう……」
頭を濡らしながらあれこれ考えるが、中々良い答えが思い付かなかった。
「あのさ…… 男女関係の事なら、付き合う程度までなら大丈夫だと私は思うよ?」
正統派巫女の小夜から意外なラインを聞いた美紀は、驚いて小夜を見た。小夜は全く動じずに美紀を見る。
「巫女に必要な最低ラインは『信心深さ』と『処女』の二つがあれば十分。とは言っても、美紀が本気で巫女を目指すなら異性とのキスが出来ない可能性が……」
なんとなく予想していたのか、ひどく落ち込む美紀。しかし小夜の発言により、また新たな希望が見えた。
「そう言えば小夜ちゃん、巫女は三十が定年だって聞いたよ! つまりさ、定年を迎えたら巫女と家族になれるって事だよね⁉︎」
「うん、そうだよ? よく知ってるね美紀……」
美紀が少しでも巫女について勉強していた事に、嬉しさと感動が湧いてきた。
「そっかぁ〜…… 三十を迎えたら子供を授かれるんだね〜……」
愛する人との子供を夢見て、目を輝かせる美紀。
「もし私が子供を授かったら、小夜ちゃんはお祝いしてくれる……?」
美紀が期待のこもった目で見てくる。そんな美紀を見た小夜は迷わずに即答する。
「聞かなくても分かるでしょ……? 私は美紀と美紀の子供をお祝いするよ。二年分のオムツと手作りのベビー服に、私が精一杯の祝福を込めた御守でね」
小夜の優しさ溢れる言葉に、美紀の目から涙が出そうになる。
「ちょっ、ちょっと⁉︎ そんなに嬉しかったの⁉︎」
「うん…… 小夜ちゃんは巫女だから、非処女になった私と距離をとるんじゃないかって……」
「そんな事しないよ……! だって、美紀が自分で選んだパートナーだもん。私は美紀の幸せを一生応援しているよ」
「小夜ちゃん……」
美紀は泣きながら小夜に抱き付く。小夜は美紀の体をしっかり抱き寄せ、頭を撫でてヨシヨシする。
「…………小夜ちゃん、育ってないね」
さっきまで泣いていた美紀の目は、小夜をからかう時の目に戻っていた。小夜は美紀の発言に対して、今は何も思わなかった。
そもそも美紀は抱き付く度に口にするから、今回も言うと分かっていたのが本音である。
「素敵な人に会えると良いね、美紀」
「……うん、頑張る」
脱衣室に置いてある牛乳瓶のフタを開け、二人で飲み干す。
「おいしー!」
「おいし〜!」
二人息の合ったリアクションは、二人三脚を思わせる完璧な動きだった。
夜もすっかり遅くなり、小夜は部屋で布団を敷いていると、美紀が部屋に入ってきた。
「ねぇ小夜ちゃん、久しぶりに一緒に寝ても良いかな?」
パジャマ姿で枕を持ち、小夜と寝る気満々の美紀。小夜は何も言わずに布団の端に体を動かし、布団をパタパタして美紀を誘った。
「お邪魔しま〜す……」
小夜と美紀。二人で布団に入ったは良いものの、少しだけ窮屈だった。しかし、お互いに文句は言わない。
分かってて入った美紀は、寝た後に小夜を布団から離そうと考えている。
いつか美紀に布団から突き放されると分かっている小夜は、寝た後に鉄壁の守りを見せつけようと考えている。
“小夜ちゃんと一緒に寝られるのも、あともう少し…… せめて今日は良い思い出にしたいなぁ……”
“珍しく美紀が積極的だから、私に出来る事は美紀に寄り添う事だけ……”
いや、なにこのムード。
「小夜ちゃん、おやすみ」
「おやすみ、美紀」
小夜「……と思っていた時期が、私にもありました」
美紀(気持ち良く眠っている……)
小夜「眠れない…… 困った」
美紀(小夜に対して何もしてこない)
小夜「美紀〜、起きて〜……(涙)」




