第35話『脱 寝正月』
「気持ちいい……」
日差しがやや良く、扇風機二台を使って空調を整えた部屋のベッドでぐっすり眠るのは来宮。
「新年を記念して贈られた神の恵みも受けたし、私は幸せ者だな……」
三ヶ日を終えて疲れた訳ではない来宮は、机に宿題を開いたままベッドに潜り込んだ。
来週から学校にも関わらず。
「ふっ… 身体の治癒に最も最適な行動とは、そう…… 『安静』だ」
水筒の水を飲み干して、目を閉じた。
「では、また会おう…」
何かが階段を上がる音が聞こえた気がする。
それは幻聴かもしれない。
『来宮ー、寝てるかー?』
男の声。
「来宮」と呼んでいるあたり、もしかしたら秀かもしれない。
来宮はスヤスヤ寝息をたてて眠る…
『寝てるな、こりゃ…』
男はしばらく黙り込み、発生練習をしたかと思うと、
『大変な事態になった!! ついに空から氷がやって来たか!! これは流石の我も叶わないかも知れん…っ!! 今の我に出来る事は、ただ一つ…… 我が主を、命を懸けて守る事……!!』
来宮が突然の大声に飛び起き、扉を開けて男の口を押さえた。
「秀っ! 何をする!? 母は人間なんだぞっ! 私の正体が確実に知られるではないか!!」
秀は来宮の手を振り解いてふざけ始めた。
「やっと起きたか。来宮様」
「私は人間だ!! 人間として見るのだ!! 分かったか!?」
「はいはい、分かってるって来宮…」
「分かれば良いんだ」
来宮は手を離して、秀を部屋に入れた。
「さて、今年も宜しくな来宮。ほいお年玉」
「ありがとう、秀」
中身は二千円札が二枚。
「使いづらい…」
お札をそっと戻し、机の引き出しに締まった。
「ところで秀。今日は一体何の用だ? 私は見ての通り、寝ようとしてたんだ。身体を動かす用事なら他を当たってくれないか?」
「体は動かさない。まぁ、軽く移動はするけど…… なぁ来宮、俺と一緒にホテルへ泊まりに行かないか?」
「何…? ホテルだと?」
来宮の頭の中に、秀とタイマンで卓球をするシーンが浮かんだ。
ついでに、秀と隣同士で寝るという夢の様な一時も…
「行こう」
来宮は即答した。
「…………」
上野駅付近の建物の前で、二人は立ち尽くす。
一応ホテルには着いた。しかし、周りを見渡す限りどうやら小さなホテルに泊まる様だが、それでもホテルはホテル。
来宮と秀はチェックインをして、案内された五階の部屋に入ろうとしたが…
「あれ? 来宮、カギは?」
来宮は両手を開いてカギを手にしてない事を証明した。
「やっぱ一部屋か…」
「部屋の手配は秀の母がしたんですか?」
「あぁ、そうなんだ。実は母さんの叔父が一昨日に亡くなって、父さんと葬式に行ったんだよ」
来宮はベッドの枕に顔を埋めながら、
「家事に自信が無い秀は、ホテルに飛ばされた… と」
「まぁ、そうなるな…」
秀はツインベッドに腰を下ろして、来宮のくつろぐ姿を見て、
“っつーか、母さんめ…… 何で来宮と一緒に寝なきゃいけない部屋にしたんだよ… まぁ、お互いがお互いを好きなのは自覚してるが……”
秀は来宮をチラッと見ると、ベッドの上で着替えを用意していた。
タオル、洋服、パジャマ…… 来宮の下着。
一瞬だけ来宮の下着が目に入った秀は下心を無くす為、自分を思いっきり殴った。
「秀!!?」
来宮が心配してくれたが、今の秀にはあまり効果はない。
「い、いや…… なんか視覚的猛毒があってだな……」
「目の毒というヤツですか? それはもう見えなくなりましたか?」
「あぁ… けど、もしかしたらさっき見た毒は人に感染するかもしれん。気をつけないと…」
「そうですね。では秀、早速で悪いんですが上野公園でも行かないか? せっかく二人きりになれましたからね」
秀は来宮の服を見ない様に視線をやや逸らしながら、
「よっ、よぅし。行こうか」
早足で部屋を出た。
「上野公園は久しぶりですね。いつ以来でしょう?」
「そうだな。前は確か夏休みの自由研究で、イベントのグルメをリポートした時かな?」
「懐かしいですね。あっ、グルメと言えば、私が肉を秀の口に入れたら、あまりの熱さに悶えてましたよね」
あまりの熱さに肉を吐き出した、あの日の出来事を秀は思い出してしまった。
「覚えてたか…」
「当然ですよ」
来宮は鼻を鳴らした。
「だが、俺は猫舌を克服した! 見てろよ来宮っ! イベントはやってないが、そこのコーヒー店のコーヒーを飲んで見せる!!」
「期待しているぞ、秀」
来宮はニヤリと笑った。
熱々のコーヒーを一口。
「……」
二口。
「……っ」
最後まで飲み干す。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
紙コップを口から離して、机に置き来宮を見た。
「ど… どうだ! 早いだろ!?」
来宮は砂糖を二本分入れて、紙コップを揺らしてかき混ぜていた。
「あっ… もう飲んでたんですか?」
「お前! 絶対わざとだろっ!!」
砂糖が入ったコーヒーをちびちび飲み、秀の顔を見ながら、
「そもそもここはゆったりとコーヒーを飲む場ですよ? そんなに急いで飲むなんて、もったいないとは思わないんですか?」
「ぐっ… 正論ありがとよ」
しばらく沈黙が続き、来宮がコーヒーを飲み終えた頃に、
「…すまん。俺、ちょっともう一回コーヒー飲むわ」
来宮と秀の二人でコーヒーをおかわりして、今度はのんびりとコーヒーを味わった。
「…………」
来宮が砂糖入りコーヒーを飲む姿を見て、秀は来宮の今の属性を思い出した。
“やっぱ来宮はただの厨二病ってワケじゃないみたいだな…”
普段見せないほっこり顔でコーヒーを飲む来宮を見て、秀は残ったコーヒーを飲み干した。
「よしっ、じゃあまた歩くか」
「はい」
会計を済まして、また公園を歩き始めた二人。
少し風が吹き、その時に首元に冷たい風が入り込んだ。
「まだ寒いですね…」
手に息を吹きかけ、こすり合わせる来宮。そしてニヤッと笑い、秀に抱きついた。
「うぉわ!? イキナリどうした!?」
「ふっふっふっ… 秀が私を暖めてくれると思いましたので、くっつかせて貰いますよ」
「いやっ… 周りにヘンな目で見られるだろ…っ!」
「……」
来宮が物悲しげな表情を浮かべて秀を見た。
秀をウットリしてそうな目で、
「……私、女の子に見えないんですか?」
「い、いや…」
「確かに口調は周りからしたら男みたいですが、その理由を知っていて、かつ私をこうしてくれたのは秀なんですよ? あの時の事は思い出すのも嫌ですが、その先の事を思い出す度に心が暖かくなるんです…… 秀にとっては薄れた記憶かもしれませんが、私にとっては封印されし私を秀が解き放ってくれた唯一無二の思い出なんです。私は今日こうして秀と一緒にデートをするのが、とても楽しいんです。なので秀、今日は私と共に一夜を過ごしませんか?」
秀が選択に迷っていると、
「安心して下さい。痛くはないと思います。ただ… 少しだけ命が欲しいんです」
「吸血鬼よりタチが悪いな!!」
「正しくは魔法使いの来宮だがな」
「もう来宮って呼ばないんだな」
「ふふっ、そうだ… 私は魔力を物に全て封印し、人間として生きる者… 我が名は来宮! かつての私を犠牲にし、新たな身体を手にした者!!」
はいっ。来宮は今日も痛いと。
元気そうで何よりです。
「うわぁ〜! 秀っ、見て下さい! パンダですよ、パンダッ!!」
上野に来た秀と来宮のお楽しみの一つ、上野動物園のパンダを見る。
パンダが笹を食べる様子を、来宮は子供の様な笑顔で見ている。
「秀、あの笹がパンダにとって毒だと知ってて、何故パンダはそれを食すんですかね!?」
「分かんねぇけど、これしかまともに食えない、とか?」
「それはありえますね。ですが、解毒出来るとしたら話は別ですけど」
「だな。あ、そう言えば来宮。どっかのユーチューバーが言ってたんだけど、俺達が食べてる食べ物の一部は寿命を縮めるらしいぞ」
「なに!? それは本当ですか? だとしたら、私は何を食べたら良いんだ…!?」
「そうだな… 俺なんかどうだ? 意外と美味いかもよ?」
「わっ、私は喰種なんかじゃありませんって!!」
「魔法使い…… いや、人間の女の子だろ?」
「そうです! 私はどこから見て、どこを触っても人間の体です。人道から外れた部分など無いからなぁ!!」
秀は来宮の頭をツッコむ様に軽く叩いた。
「痛ぁっ! イキナリ何をするんですか!!」
「お前は自分の発言の意味を分かってるのか? 『どこから見ても、どこを触っても』って、他の男が相手だと本当に触るからな!!」
来宮がいきなり秀に密着して、上目遣いで秀を見つめ、
「秀にだけは… どこをどう触っても、私は怒りませんよ…?」
秀は来宮の色目に顔を赤くしていると、来宮が「フフッ」と堪え笑いをして…
「赤くなりましたね」
そしてドヤ顔である。
「〜〜〜〜っ!!」
“コイツはいつも正直じゃねぇからなぁ〜… からかってるだけならまだマシだが…”
何人かにこのイチャつきを見られている事に秀は気付き、さらに黙り込んだ。
「…来宮」
「何ですか?」
少し楽しげに答える来宮。
「もうホテルに戻るか?」
来宮は特に疑問を持たないまま、
「あ、もうそんな時間ですか? じゃあ、ホテルに戻りましょうか」
秀と来宮の二人で手を繋ぎ、ゆっくりと歩いてホテルへ戻った…
「ベッドにダーイブ!!」
本当にベッドに飛び込み、ポンポン跳ねる来宮。しばらく伏せていると、ゆっくり起き上がって着替えを取り出した。
「最近は日の沈みが早いので、今のうちにお風呂に入っておきましょう」
「お、おう…」
秀は来宮が部屋のお風呂に入るのを目で追い、扉を閉めた途端、秀は上半身をベッドに倒した。
「はぁ〜… 一人で入ってくれたか。あんな狭い風呂に二人で入るとか無理だし…」
観たいテレビ番組も無いし、外の景色は目の前に上野駅があるくらい。
「この景色でも楽しめる」と言える人が、正直羨ましいと秀は思った。
「来宮… 大人になってもあんなんとか、無いよな?」
結婚する年になっても痛い女の子は、流石に世間的に危ないはず。
それを来宮は理解しているのか?
……理解はしていなさそうだ。
「けど、学習はして欲しいな」
来宮が上がるまで、少し仮眠をとる事にした。
『シャ〜〜〜〜』
来宮がシャワーを使い始めた。
秀の耳には、来宮がシャワーを頭から浴びて身体を清めるイメージが浮かんだ。
実際にしているからだ。
「…もし来宮がまともだったら、一体どうなってたんだか…」
ここで秀は、まともで、普通で、痛くない来宮を想像してみた。
『あ、秀! おはよう! 今日も良い天気だね!』
『おぉ来宮、おはよう。お前は朝から元気だなぁ…』
『当たり前だよ! 私は朝が平気だもん! 眠気も無いし、元気いっぱいだよ!』
『俺は苦手な方だけどな…』
『…じゃあ、私が秀の目を覚ましてあげようかな〜』
来宮がイキナリ秀の唇に自分の唇を付けた。
秀が突然の出来事に戸惑っていると、来宮が照れ臭そうに、
『おはようのキス… どう?』
秀は来宮が恥ずかしがる姿を見て、少し視線を逸らしつつ、
『…目が少し覚めた気がする』
すると来宮が少しだけ笑い、
『良かった〜。私も少しは大人になれたみたいだね』
『体はまだまだ… だけどな』
『もぉ〜! 発育は仕方ないんだってばー!』
互いに愛し合うカップルの様な会話を楽しむ秀と来宮が、ホテルの一室で来宮の風呂上がりを待つ秀の頭の中で作られた。
「うわぁ〜、似合わねぇ〜……」
とうとう普通な来宮が想像出来なくなってしまった。
「俺もとうとう手遅れかな…」
その時、来宮がタオルケット姿でお風呂から上がった。
来宮はタオルケットを普通に使っているが、本当は使い方を間違えている。
「秀。お風呂のお湯を変えていますので、すぐに入れますよ」
「ありがとう来宮」
お風呂に入り、ゆっくりする秀。あまり音を立てずに温まっていると…
『んっ…』
なんか聞こえた。
“あれ〜? コレってまさか……”
秀は来宮の気持ちを考えて、さらに静かにしてムード作りを手伝った。
『…んんっ』
秀の頭の中で、何かしらの感情が現れた気がした。
“そうか… 来宮はやっぱり普通の女の子なんだな……”
出来るだけ音を立てない様にシャワーを済ませ、バスタオルで体を拭いて、パジャマを着てから扉を開けた。
来宮は布団に潜って、顔を赤くしていた。
「なぁ、さっき何かしてたのか?」
「い、いえ…… 何もしてませんよ?」
明らかに動揺している。
しかし、これ以上深入りすると校則違反者呼ばわりされてもおかしくない。
来宮の感情を受け止めたい気持ちを抑えつつ、
「そうか。じゃあ少し休んでから夕食に行くか」
「はい… そうしましょう」
やっぱり視線を合わせてくれない。
“ガマンガマン……”
秀の色んな感情が表に出ない様に必死に戦いながら、早めにベッドに潜り込んだ。
夕食を済ませて帰る途中、歩道橋を歩いている途中の事。
来宮は秀の腕に抱きついて来た。
秀はホテルで出来ないであろう幸せを犠牲に、来宮の愛情表現を受け止めた。
ホテルに戻り、来宮と一緒に歯磨きしてベッドに潜り込んだ。
「秀と一緒に寝れて、私は幸せです」
「俺にくっついて寝れるからな」
「そっ… そんなつもりで寝たいワケじゃ…」
「寝ても良いぞ。来宮なら怒らないしな」
来宮は秀に甘える様に抱きついて来た。
「では、共に夜を過ごそう。おやすみ」
「おやすみ、来宮」
来宮「今回はこれにて終了となる。ここまで読んでくれた方々に感謝する」
秀「ではまた次回の巫女メモでお会いしましょう。バイビー」
来宮「バイビー」
秀・来宮「……」
秀「よし、じゃあ切るか」
来宮「そうだな」




