忘れられてしまった物語
夜空を見上げながら、くるくるくるくると語り部である彼女は廻る。
両手を広げたその姿は、星空の全てを受け止めようとしている風にも見えるし、
一心不乱に星が流れるのを待つ少女にも見える。
彼女には目を閉じる度に自然と思い浮かんでくる景色があった。
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その日、私は弟にせがまれて近くの花畑まで足を運ぶ予定だった。
片手にはお気に入りの絵本を入れたカバンを持ち、もう片方の手で弟の小さな手を引いていた。
手を繋いでいないと、まだ幼い弟は私を置き去りにして先へ先へ行ってしまうので、はぐれぬ様に、失くさぬ様にしっかりと手を繋いでいた。
でもその日はとても暑い日で、あまりの日差しの強さに、手でひさしを作りながら空を見上げてしまったんだ。
空に赤い点が見えて、私に向かって空から一直線に線が走って来る。
弟は私が手を離した隙に、目の前に広がる花畑に走っていく。
自分に向かっている線が何なのかを確認する間も無く、私の視界は弾け飛んだ。
それから一体どれほどの時間、私は気を失っていたのだろう。
目を開ければ私の体は倒れ伏していて、思うように動かす事も出来ない。
そして脳が痛みを感じだしたのと同時に、私は目の前に広がる景色を認識した。
『コレハナンダ?』
花畑は紅く燃え盛り、不快な音を鳴らし続ける。
舞い上がる花びらは火の粉となり、辺り一帯に降り注ぐ。
『コレハナンダ?』
酸素が足りない、頭がうまく働かない。目の前の光景を理解できないまま、瞼が落ちていく。
何か大切なものがあった気がする。何か大切なものを忘れている気がする。
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語り部である彼女はそこでゆっくりと瞼を持ち上げる。
彼女の瞼に焼き付いた景色はいつもそこで終わりを迎える。
彼女は数え切れない程の時間を星が瞬くこの場所で過ごしてきたが、
どれだけの時間をこの場所で過ごそうと、消える事も褪せる事もなく理解も出来ない景色。
そして理解できない物がもう一つ、彼女がここに現れた時に彼女の傍には数冊の絵本が落ちていた。
暇を持て余した彼女がその絵本を読もうにも、いくつかのページは破れているし、所々黒くくすんでいて読む事も出来なかった。
いったいこの場所に来てからどれほどの時間が過ぎたのだろうか。
いつしか彼女は絵本の破れたページや黒くなって読めない箇所を自分なりに補填する様になった。
前後の繋がりに矛盾が生まれないように、物語の基礎を壊さないように
登場人物に体を与え、言葉を教え込んだ。
「それが今まで君が聞いていた物語だという事だよ」
読み手である彼女はそこで初めて聞き手である人物に視線を向ける。
「さて、君は私の話す物語の原点に辿りついた。しかしながら何者かが私の物語に介入し、不条理な力を用いてその全てを改変し出した事は君も認識しているだろう?即ち、これ以降の物語についても同様に、書き手である私自身でさえ何が起こるのかが分からない。さて楽しくなってきたじゃないか、面白くなってきたじゃないか。まだ見ぬ介入者よ、君は一体この物語をどの様な形で終わらせようというのか。読み手である君よ、君は本当に運が良い。こんな事は過去に一度足りとて有り得なかった。残るページはあと僅か。いましばらく私と共に傾聴しようではないか」
そう言って語り部である彼女は両手を大きく広げ、満点の夜空を見上げる。




