黒き少年と影
ふと夜空を見上げれば、瞬く星とひときわ存在感を放つ満月がある。
視線を下げれば暗闇の中で尚、暗い存在が浮かび上がる。
地平線を見渡せるほど広大であり、命の息吹の欠片も感じないこの場所で
何の障害物も挟まずに、黒き少年と影が対峙する。
「君が、彼女が殺して欲しいと願った相手だね?」
影と呼ばれた存在はそう言葉にするものの、彼が自分の標的だという事を微塵も疑っていなかった。
影と光は表裏。
一つの体に二つの存在。
どちらか一方が目を覚ませば、どちらか一方が眠りにつく。
すなわち目を覚ませばそれまでの感覚は共有される。
そうでなければ母体に齟齬が生じてしまう。
黒き少年は影を前にしてもう一度天を仰ぐ。
「やれやれ、まさか物語の住人に未来視されるとは思ってもみなかったな。全く手の込んだ演出をしてくれる。オレがこの世界に入り込む事を知っていたとでも言うつもりか?」
苦々しい顔で少年は夜空を見つめる。
まるで語るべき相手がそこにいるかのようにじっと夜空を見つめる。
そしておもむろに視線を下げ、影を真っ向から見つめ、挑発するように言葉を続ける。
「それとも、、、オレがこの世界に現れる事を期待していたのか?」
その言葉が合図となり、影は一瞬で霧散し、少年の体に纏わりつく。
「彼女が君を殺してくれと望んだんだ。僕にはそれ以上の理由もなく君の存在にも興味はない。光である彼女には出来ないから、僕が君を殺してあげるんだ」
少年の耳に影が発したと思われる言葉が聞こえる。
纏わりついた影は徐々に少年の体を侵食する。
しかし、体を蹂躙されながらも少年は言葉を続ける
「オマエは本当に自分が光の対だとでも思っているのか?」
少年の言葉に動じる事なく、影は少年を侵食する。
「そうだ、僕が彼女の暗部を全て引き受ける。その為に僕は生まれてきた。彼女に花束を、僕に刃を。それは真理。覆ることない僕達二人だけの心理だ」
極限まで体を締め付けられながらも少年は言葉を紡ぐ。
「オマエだって本当は気付いてるんだろう?光の対は闇だ。お前がこの物語でどんな役割を与えられたのかは知っているが、それこそが既に配役間違いなんだよ。オマエの存在は闇の暗さの足元にも及ばない。だからこそお前は煉獄だなんだと自分の存在を強調してしまう。いや、それ以前に光を気遣う意思まで表現できてしまう。本当の闇に感情など存在しない」
少年の言葉に影の侵食が止まる。
「光だけじゃ影なんて生まれない。影であるオマエに光が直視される事なんてない。この物語は抽象的な存在に意志があると見せかけた唯の遊戯だ。オマエたち光と影は、この物語の中でしか会う事も許されない存在なんだよ。だから、、、、」
ついには影が霧散する。
少年は自分の体の調子を確かめる様に腕や足を左右に動かし、唐突に右腕を横に振るう。
比喩表現でなく空間が切り裂かれ、その奥にはまた似た様な空間が垣間見える。
まるでそれは本のページを力任せに破り取ったかのような出来事。
「だから、こんな喜劇。俺が終わらせてやるよ」
少年の表情は憤怒。少年には闇に侵食されいる間、ずっと彼の悲痛な叫び声が聞こえていた。
彼はずっと自分こそが彼女の対の存在だと信じ込まされていた。
それは少年が自分の役目以上の暴挙に出るには十分な理由だった。
少年は二度三度と腕を振るう。
そしてこの世界は抹消された。




