栞ちゃんは、私が護る!!
大変お待たせ致しました
美雨は確固たる意志を以て男たちと対峙していた。
(栞ちゃんは、私が護る――!!)
――千歳さんの為に――!!
(千歳さん、私頑張るっ!!)
あはははは。頑張って下さいね。
千歳の笑い声が聞こえた気がした。
※ ※ ※
美雨は決意を新たに男たちに向き合う。しかし、圧倒的にこちら側に不利な状況だった。
ぎりと唇を噛みしめ、男たちを睨みつける。
1対3。この人数の差は大きい。更に美雨は全身に力が入らず、栞を護る為に、この場を動くこ
とが出来ない。対して男たちは、美雨1人に対して3人と、数で有利な状況である。そして、彼
等はダメージを受けていない。
――勝ち目は、ない。
――でも
――それでも
(よく頑張った。美雨。)
大好きな笑顔が浮かぶ。
よしよしと頭を撫でる、温かい手。
(ハネちゃん、私、頑張る!!)
この状況でもまだ失わない瞳の光を見て、男たちの表情が変わる。
「つっまんねぇ。少しは怯えろよ。」
「やっぱ痛い目見せてやんねーとわかんねぇみてぇだな……。」
男たちの間に、剣呑な雰囲気が流れる。
じり、と距離を詰められ、美雨の表情も険しくなる。
「俺がやる。」
そう言って進み出たのは、先程美雨に踏みつけられた男。
「さっきのカリを返してやんねーとなぁ……」
その表情は、怒りと屈辱で醜悪に歪んでいた。
「生意気なんだよ!!猫の分際で!!」
ぶんと風を切る音がする。振り上げられた拳が、美雨をめがけて振り下ろされる。
――危ないっ!!
思わず目を瞑った栞だったが、予想していた音も衝撃もこない。
不思議に思いそうっと目を開けると、真っ先に視界に飛び込んできたのは、小さな背中。
(―――美雨っ!!)
彼女は頭の上で腕を交差させ、渾身の一撃をしのいでいた。雨と男の力がぎりぎりとせめぎ合う
。
しかし男と女の力の差は歴然。いつまでもこうしているわけにはいかない。美雨は持前の柔軟性
を生かし、力をいなす。体全体のバネを使って、男の腕を中に浮かせた。
男は一瞬、バランスを崩す。その一瞬の隙をつき、男の腹に蹴りを叩きこむ。力の入らない足で
は大したダメージを与えることなど出来ない。故に足りない力を遠心力でカバーする。
しなやかに円を描いて放たれた美雨の回し蹴りは、綺麗に男の鳩尾に入った。
「……がは……っ!!」
小さな呻き声を残して、男は吹き飛ばされていった。男の背中が木に当たると、その衝撃に耐え
切れず、木はみしみしと音を立てて倒れる。
(―――凄い……。)
不調を訴える体で、美雨は男を1人倒してしまった。
ぜいぜいと肩で息をしながら、前を見据える。
(あと、2人……)
しかしもう意識がはっきりしない。今にも崩れ落ちそうな足を叱咤し、気力を振り絞る。
(……倒す必要はないっ!!もう少ししたら真紅ちゃんが来るんだもんっ!!)
それまでもてばいい。だが願い空しく、状況が変わることはなかった。
「……てめぇ……。」
地の底から響くような声がする。
そちらを振り返ると、先ほど倒したはずの男がゆらりと立ち上がっていた。
(……っ!!そんな……っ!!)
今、自分に出せる全ての力を振り絞った渾身の一撃。それでも大したダメージを与えることが出
来なかったなんて……。
「もう、遊びは止めだ。本気で潰してやる……。」
その眼は血走っており、額には青筋が浮かんでいた。
(……本気だ……。)
彼は、本気で怒っていた。
「あ~あ……本気で怒らせちゃった……。」
「俺、し~らね……。」
男は血を拭い、憎悪の視線を美雨に向ける。
(……来る……っ!!)
そう思った瞬間、男の顔が目の前にあった。
(―――っ速いっ!!)
栞には、男が移動する姿も、拳の軌道も見えなかった。
「くっ……!!」
しかし美雨には見えていたらしく、咄嗟に反応し、左手でガードしていた。が、いくら反応出来
ても、防げなければ意味はない。力を相殺できず、美雨はそのまま吹き飛ばされてしまった。
美雨の体は、木を3本ほどなぎ倒し、ようやく止まる。
男は栞には目もくれず、美雨を追う。
「~…っ美雨っ!!」
(どうしよう。美雨が死んでしまう……。)
咄嗟に叫んだ栞のもとに、今まで傍観していた男が1人立ち塞がる。
「オトモダチ心配している余裕なんてあるのぉ~?」
(……しまった……っ!)
男はにやにやと笑いながら、栞に手を伸ばしてくる。
(もう、駄目だ……)
栞は覚悟をして眼を瞑った。
ドォォォォーーーーン
大きな衝撃音が辺りに響く。
しかし、鼓膜に異常をきたしそうな大音響がしたにも拘らず、予想していた衝撃は来ない。衝撃
といえば、少々風圧を感じた程度だろうか。
おかしいと思いそっと目を開くと、今までそこに立っていた筈の男がいない。驚いて美雨の方を
見ると、彼女を追い詰めていた男もいなくなっていた。
「……なっ……なんだと?!」
慌てた声が聞こえてくる。思わず声のした方を向くと、真紅と呼ばれた少女が傍目にも分かるく
らい、目に見えて狼狽していた。その僅かに怯えを含んだ視線は一点に固定されており、つられ
て栞もその視線を追う。
その先にあったのは、長い髪をたなびかせている人影。その影が徐々に大きくなっていくにつれ
て、姿が鮮明になって行く。
彼女が歩を進めるたびに揺れるのは、艶やかな緑の黒髪。まるで、闇を固めたかの様な漆黒の中
に浮かぶ淡い白光は、透き通るような白磁の肌。その中は寸分の狂いもなく全てが完璧に配置さ
れており、喩え微塵でも動かしてしまったら、この最高級の美を損なってしまうだろう。
全てが激しい自己主張をし、目を引いてしまうにもかかわらず、その全てが互いを引き立て合っ
ており、相乗効果を生み出している。そして、何よりも眼をひいてしまうのは、白の中で光る、
血のように真っ赤な口唇。
こちらに向かって歩いてくるのは、見たこともないような美少女だった。
しかし栞は、この世に2人といないような完璧な美を誇る少女を、見たことがあった。最早凶器
といっても過言ではないほどの、絶対的な 美。
その、赤よりも赤い唇から紡がれるのは、麗しい容姿に相応しい、天上の 音色。
そう、自分は今さっきまで見ていた。このような完璧な美を。
――否
今現在も、見ている。
目の 前に
「~~~~~っ!!」
驚きのあまり、声も出ない。
今現れた少女の容姿は、自分の目の前にいる少女と寸分違わず。
(……双子……?)
そうとしか思えないほど、彼女たちの姿は酷似していた。
美人は3日で見飽きるというが、絶対嘘だと思う。この美貌を見飽きる事の出来る人がいるのなら
目の前まで連れてきて欲しいものだ。
「シンク」が2人並ぶ。
1人でも凶器に等しいのに、あの美しい顔が2つ並ぶと神々し過ぎて直視出来ない。
(……………なんかもう、産まれてきて御免なさい……。)
自分の顔を嫌った事なんてないけれど、流石にこの麗しい顔――しかも2つも――の目の前で平
然と「何か?」という顔はしていられない。
(ごめんなさいごめんなさい。産まれてきて御免なさい。猿から進化してなくてごめんなさい。
私なんてもう蟻ですミジンコですクリオネ……ああ格上げされちゃった。ごめんなさいごめんな
さい自分を天使なんて言ってごめんなさい。)
混乱してぐるぐると訳の分からない事を考えていると、1人の「真紅」が口を開いた。
「その不愉快な姿を改めなさい。」
後から来た「真紅」に、先に来た「真紅」は気圧されている。
「私への侮辱は緋村への侮辱……ひいてはお義姉様への侮辱と取れるのだけれど、宜しいのかし
ら……?」
静かな 言葉だった。しかしその言葉には、言うことを聞かざるを得ない何かがあった。
彼女は、この場を完全に支配していた。
悠然とした態度、気高きオーラ。その所作1つ1つに気品が漂い、まさに彼女は、この場を支配す
る王そのものだった。ただでさえ美しい顔が、更に美しさを増す。
――本物だ。
そう思った。




