主様ってば悪い顔……
狐大暴走回。千歳様本領発揮です。
それは今朝の事だった。
美雨は千歳に呼び出され、彼の住処へと足を運んだ。
薄暗い部屋の中、椅子に座っている影が1つ。
「……よく、来ましたね……。」
ぎいぃぃと軋む音と共に、ゆっくりと椅子を回転させ、振り返る。
その、質素ながらも高価で重厚な雰囲気を漂わせる机と椅子が、初めて見るものであることには頓着しない。
彼女にとって大切なのは、「大好きな千歳さん」の話だからだ。
だから、その一角以外が和室なのも、彼女にとってはどうでもいいことで。
喩え、美雨の後ろで彼のコが着物でお茶をたてていようとも、彼女は気にしないのだ。
「……さて、単刀直入に申し上げましょう。実は、貴女にお願いがあるのです。」
千歳は肘をつき手を組み合わせ、口元に持っていく。暗闇の中、彼の赤い瞳だけが妖しく光る。
「今日、新たな羊がこの学園へ来ることは知っていますね?」
「はいっ!」
「彼女の案内を、お願いしたいのです。」
その言葉に、美雨はきょとんとした。
「案内は、真紅ちゃんと千歳さんのコがするんじゃないの?」
彼は音も立てずに優雅に立ち上がると、コツコツと足音を響かせ、美雨に近づく。
「ええ。そのつもりでした。ですが、百花は所用で外へ出しておりますし、真紅も受け入れ準備で遅れます。
……広和の方々への対策としては、イチビだけでは弱いのです。」
――もう、貴女に頼るしか……
そう言って袂で目を覆い、よよよと泣き真似をする。
その姿を目にし、美雨の全身に衝撃が走る。
(千歳さんにこんな悲しい顔をさせてはいけない―――!!)
「わかりました!!任せて下さい!!羊ちゃんは、私が守ります!!」
「やってくれますか?」
「もちろんです!!」
その答えに千歳の顔に笑みが広がる。
「良かった。安心しました。……ああそれからもう1つ、羊の警護以外でお願いしたいこともあるのです。
……これは、貴女にしか出来ないことです。」
首を傾げて見上げてくる美雨を優しく見つめ、穏やかな声で続ける。
「羊は、今日初めてこの地を踏むのです。きっと、心細さでめぇめぇと泣いてしまうことでしょう。
……ですから、羊の心を癒して差し上げて欲しいのです。」
「それ、私に出来ることなんですか?」
不思議そうに問いかけてくる美雨に、千歳は力説する。
「ええ、貴女にしか出来ません。究極の癒し系で、萌え系である貴女にしか。
……他に適任者はいないのです……。」
千歳のいうことはよくわからなかったが、自分にしか出来ないという単語に意欲を燃やす。
「わかりました。頑張ります!!……でも、何をすればいいんですか?」
「簡単ですよ。お友達になればいいのです。」
美雨の顔が喜色に染まる。
「お友達!!やったぁ!!」
嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている美雨の頭を優しく撫でてやる。
「貴女が任務を成功させれば、きっとミハネも喜びますよ。良くやったと褒めてくれるでしょう。こうやって頭も撫でてくれるかも知れません。」
気持よさげに撫でられていた美雨は、その言葉に反応する。
「ハネちゃんが!?」
「ええ。きっと。」
唐突に出た相棒の名前に、美雨の顔が輝く。
「千歳さんっ!!私、頑張るっ!!」
そう言ってくるりと振り返ると、元気よく走り去っていく。
「……期待していますよ。」
そう言って微笑んだ千歳の耳と尻尾が極悪に揺れていたが、走り去っていった美雨は気付かなかった。
※ ※ ※
回想から戻ってきた美雨は、ぎり、と歯を食いしばり、目の前の敵を見据える。
視界は霞み、足に力が入らない。
正直、戦えるような状態ではない。
――でも――
―――頑張って下さい―――
―――貴女にしか頼めません――
そう言って聖母の如く優しく微笑む千歳の顔が浮かぶ。
「……負けないっ!!栞ちゃんは絶対に守るっ!!」
その台詞に、栞はじぃんと感動する。
「美雨……。」
「千歳さんの為にっ!!」
「………へ?」
顎がかくんと外れそうになる。
……今、なんと?
そんな栞の状況にも気付かず、美雨は続ける。
「そして……っ
……ハネちゃんに撫でて貰うんだーーーーーっ!!」
(ええええええええぇぇぇぇ!!??)
最早栞のことは頭から抜け落ちている美雨だった。
美雨は使命感に燃えていた。
この、無力な羊を護るのだと。
「大好きな千歳さん」にお願いをされたから。
彼に、頼られたから。
そして、彼女の大好きな相棒に撫でて貰う為に……
彼女の頭はそれで占められていた。
だから、彼女は知らない。
彼女が去った後の、彼等の会話を……。
「まぁ、主様ってば悪い顔……。」
今まで無言でお茶をたてていた少女が、そう言って立ち上がる。
「そんなに変な顔をしていますか?」
「まさか。主様のお顔は世界一美しいですわ。」
そう言って、おかっぱの少女はころころと笑う。
短い黒髪をさらりと揺らしながら、千歳のもとへと歩んでいく。
着物を着て、音も立てずに優雅に歩む様はとても洗練されていて美しかった。
「せっかくお茶を入れましたのに、無駄になってしまいましたわ。」
そう言って悲しげに美雨の出て行った方を見やる。
「では後で一緒にお茶にしましょうか。」
「まあ、嬉しいですわ。」
そう言って、千歳の隣を通り過ぎる。
「美雨には人を和ませる力があります。俗にいう、癒し系ってやつですね。
イチビたちは少々表情に乏しいですから、美雨で和んで貰いましょう。」
千歳の後ろでがさごそと何かを漁っていた少女は、手に大きな段ボールを持って、戻ってくる。
そのダンボールには、『簡単☆ボスセット』と書かれていた。
「これも、無駄になりましたわね……」
そう言って、切なげに段ボールを見つめる少女。
「ええ。このために急遽取り寄せましたのに……無反応なんて……。
……矢張り、姫のように上手くはいかないようです……」
「靴も、いい音が出るものを探しましたのにね……。」
2人の間に、沈黙と共に悲しげな雰囲気が漂う。
「でも、今回は相手が悪かったのですわ。諦めてはなりません。次がありますわ。」
その言葉に勇気づけられ、ふわりと微笑む。
「ええ。そうですね。真紅と羊さんで試してみましょう……。」
「そうですわ。……その為に、その方を選ばれましたのでしょう?」
「ええ。彼女は天性の才を持っています。彼女を羊に選んだのも、その資質故……。
そのことに関しましては、姫とも意見が一致したのです。」
射抜くような瞳で前を見据える。
「お会いするのが、楽しみですわ……。」
うふふおほほとほほ笑み合う2人。
彼等に狐の耳と尻尾が見えたのも、その周りが黒く見えたのも、おそらくは気のせいであろう。
栞がこの学園へ入学出来た理由―――
その理由が本人に明かされる日は
来ないかもしれない。
……多分。
ツッコミ不在でご不満な千歳様でした。




