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あやかし学園奇談  作者: 水瀬紫苑
★学校案内編★
11/16

緋村真紅といいます


声の主を探し当て、その姿を目にした瞬間――栞の思考が 停止した。



そこには、まるで人形のような、見たこともない美少女が立っていた。



寸分の狂いもなく、すべてが完璧に配置された容姿。


透き通るような白磁の肌。その頬を縁取るのは、闇のような漆黒の髪。


そして、白の中で光る、血のように真っ赤な口唇。


それら全てが激しい自己主張をし、目を引いてしまうにもかかわらず、その全てが互いを引き立て合っており、相乗効果を生み出している。


栞は、先ほどまでの恐怖を忘れ、ただ茫然と目の前の美少女を見つめ続けていた。


「ごめんなさい。遅れてしまって。」


微笑みながら美雨に話しかける。


「真紅!」


美雨は、どこかほっとしたように彼女に話しかけた。



シンク



その名前には聞き覚えがあった。確か、千歳が口にしていた筈だ。迎えがどうとか言っていたような気がする。


ならばこの目の前の美少女は彼の知り合いなのだろう。


ほっと安堵の溜め息を漏らす。


えもいわれぬ恐怖に支配されていたため、何か、確かなものに縋りたかったのかもしれない。



そんな栞の心情に気付いていないのか、真紅と呼ばれた少女は栞に話しかける。


「初めまして。緋村真紅といいます。宜しくお願いします。羊さん。」


その鈴の音のような麗しい声に、ただぼうと聞き惚れる。


彼女はその秀麗な容姿だけでなく、声までもが美しく、思考力を奪ってしまう。



はっと気が付くと、慌てて自己紹介をする。


「は……初めまして!

み……緑川、し、栞です。よ……宜しくお願いします。」


緊張のため、上手く言葉が紡げない。そんな自分を情けなく思いながら、頬を真っ赤に染めて俯く。


しかし真紅は、気にした様子もなく微笑みながら答えた。


「宜しく……。」


頭上より響いてきた声に何か違和感を覚え、そっと視線だけを向ける。



そして、再び凍りついた。


彼女の笑顔は美雨のそれと同様で。


無機質で、感情というものを宿してはいなかった。



その瞬間、理解した。



ああ、そうか。


栞が感じた違和感の正体――



彼女の声もまた、感情を宿してはいなかったのだ。


まるで目の前の2人が得体のしれないものに思えてきて、栞はぶるりと肩を震わせた。


栞の様子に気付いていないのか、真紅は構わずに続ける。


「私は広和の敷地には詳しくないから、案内を頼んだの。」


真紅が振り返ると、彼女の後ろには、十代後半から二十代前半くらいの男が立っていた。


「この人は広和の住人だけど、私の知り合いだから安心していいわ。」


そう言って栞に笑いかけた。


その微笑みはどこか狂気めいていて、栞の恐怖をさらに煽る。


「こ……う……わ?」


喉がからからに乾いて声が上手く出ない。


やっとで絞り出した声も矢張り擦れていて、出した自分ですらよく聞き取れない。


「ええ。千歳さんに、広和の連中には関わるなって言われたんだろうけど、広和の全ての者が悪いわけではないから。

……彼は私の知人。安心していいのよ。」


そう言って笑う。


しかし、安心も何も、コウワとは何だろうか。


疑問を素直にぶつけてみた。


「……こ……うわ…って、なん、ですか?」


その言葉に、真紅は不思議そうに首を傾げる。その隣では、美雨も同じ仕草をしていた。


「……千歳さんに説明されたんじゃないの?」


栞を見る瞳が妖しく光る。


「あ……後で説明するからって。み…美雨もそう言ってたよね?」


「――そうだったっけ?」


2対の瞳が栞を射抜く。


その不気味な光を受け、栞の脚はがくがくと震えた。


「……じゃあ、羊ちゃんは何も知らないんだ?」


その嘲るような笑みを受け、栞は慌てて頭を上下させる。




それを見た瞬間――




美雨はけたたましく笑い始めた。


真紅も、顔を醜くゆがめて笑いだす。


その不気味で異様な光景を目の前に栞の頭は真っ白になり、逃げ出すという選択も、問いただすという選択も取れずに、ただただ呆然と立ち尽くしていた。


「――…っは、馬鹿らしい。何も知らないならこんな小細工する必要無かったな。」


「全くだ。サンビが読み違えたか?」


笑いの発作が治まり、2人は栞に向き直る。


びくりと栞の肩が震えた。


3人は、怯える栞を愉しそうに見つめながら、愉悦の表情を浮かべる。


「あ~あ。怯えちゃってるよこの羊ちゃん。」


「いいんじゃね?どうせ直ぐに喰うんだし。」


「ばぁか。こんなとこでやったらすぐにばれんだろうが。」


そう言いながら、距離を縮めてくる。


しかし栞の足は震え、恐怖から既に力が入らなくなっていた。


逃げることも、叫ぶことも出来ず、ただ迫ってくる3人を呆然と見つめた。



その時、一陣の風が吹き、辺りの木々を揺らした。


眼に直接触れてくる風に、栞は思わず目を瞑ってしまった。そして悪戯な風が立ち去った後、瞼を開いた瞬間に眼に飛び込んできたのは、緑。


それは濃く、薄く。深緑でありながらも、僅かに透き通って見えた。


不思議な色彩の深緑が視界を埋め尽くしたのは、一瞬。僅かに視界から外れることで、それが葉の形をしていることが分かった。


1枚の葉が、ゆらゆらと揺れながら落下していく。


その緩慢で不規則な動きを呆と眼で追う。


少しばかり不自然な動き方をするその緑が地面に落下した瞬間、視界がわずかに暗くなった。


はっと顔を上げると、3人はもう手の届く位置にまで距離を詰めており、その顔には下卑た笑いを浮かべていた。


縋るように美雨の顔を見ると、「美雨」の顔が揺れていた。


まるで蜃気楼のようにぼやけている顔を、驚愕を張りつかせ凝視していると、その顔が徐々に変化していく。


揺らぎが治まった後、目の前にいたはずの美雨は消え失せ、美雨がいたはずの場所には、見知らぬ男の顔があった。


「――――――っ!!!!」


驚きのあまり、声が出ない。


目の前の男たちに気を取られていた栞は、地面に落ちたはずの葉が消失したことにも気付いていなかった。



「もう解くのか?」


「当たり前だ。あんな格好、いつまでもしてられるか。」


「あ~あ、羊ちゃん、完全に脅えちゃってるよ。」


男たちが言葉を発するたび、異臭を纏った呼気があたりに広がる。


その醜悪な匂いに吐き気を覚え、無意識のうちに、鼻を塞ごうと手を持ち上げる。


その瞬間、「美雨」だったはずの男の手が栞に伸びてくる。


本能は逃げろと命令を発しているのに、恐怖で足が動かない。


栞は手を捕まれ、引き寄せられた。


異臭を発する生温かい空気を肌で感じ、息がかかるほど近づいてしまったことを理解した。


もう駄目だと目をきつく瞑り、死さえも覚悟した瞬間――



再度、聞き覚えのある声が耳に届いた。



「……その手を……は~な~せ~~~!!!!!!!!」



突然の大音量に驚いて、男は反射的に栞の手を離す。


何故か声は栞の頭上から聞こえた様な気がする。思わず見上げた瞬間、黒い大きな塊が男の上に落下してきた。



  既 視 感



ああ、そうだ。


彼女は先ほどもこんな風に落下してきたのだ。



……私の 上に……



どすんという大きな音と、ぐぇっという呻き声がした。


しかしその音は、どこか遠くからしているようにも思えた。


――なにも 考えられない。


思考力を奪われ呆然としている栞の視界で、色素の薄い猫っ毛が揺れる。


ゆっくりと少女がこちらを振り向く様子も、まるでテレビを見ているかのように、現実感が伴わない。



醜悪に歪む顔。


脳裏に焼き付いてしまった映像のせいで、彼女に対して感じるのは恐怖ばかりだった。


彼女の真っ直ぐな視線に射抜かれ、びくりと肩を震わせる。



そして少女がゆっくりと口を開いた。







「栞ちゃぁん!!!大丈夫だったぁ?!ごめんねぇ!!私、役立たずでぇ!!」


その瞬間、緊迫した雰囲気は瓦解した。


瞳に涙を浮かべながら謝罪してくる彼女はとても表情豊かで、先ほどまでの不気味さは影も形も見当たらなかった。





彼女だ……



目の前の少女は、自分の知っている「美雨」だ。



そう、確信した。



「美雨……さん」


絞り出すようにして紡がれた声はとても小さく、自分の耳にさえ上手く届かないほどだったが、目の前の少女は正確に聞き取ったらしい。


ぷうと頬を膨らませ、腰に手を当て睨めつけながら反論する。


「み・う!さんはいらないってば!!」


その答えに、涙が出そうになった。


(本物だ……。)


今度こそ、自分の知っている彼女だ。


「ごめんなさい……美雨……。」


栞の謝罪を聞いた美雨は、満足そうに微笑んだ。


その無邪気な笑顔を見た瞬間、胸が温かくなり、安堵感が押し寄せてくる。


――ああ、そうだ。


彼女はこんな風に笑っていた。


これが美雨の笑顔なのだ。


自然と笑みが零れる。


2人で微笑みあっていると、栞は急にぺたりと座りこんでしまった。


「にゃ、栞ちゃん?」


驚く美雨に、頬を赤らめ恥ずかしそうに答えた。


「……ごめん。安心したら、力抜けた……。」


その答えに美雨は笑い、栞も笑った。


ほのぼのとした空気が流れ、少女たちは楽しそうに笑い合った。



「………俺ら無視していい雰囲気作ってんじゃねーよ……。」


押し殺したようなくぐもった声が、和んだ空気を一蹴する。その声は足もとからしてきた。


ちらりと視線を下にやると、先ほど栞の腕を掴んでいた男が、美雨の下敷きになっていた。


またしても既視感を感じる。


さっき自分も下敷きにされたなぁと、栞はどこか遠い眼をした。



ふんっと気合いの声を出し、男は立ち上がった。


その衝撃で投げられたかのように放り出された美雨は、地面に叩きつけられることもなく、身軽に着地する。


「やってくれるじゃねぇか。猫のくせに。」


口元から垂れる一筋の血をぐいと拭い、忌々しげに吐き捨てる。


とんっと軽い音をさせて着地した瞬間、美雨の体が傾ぎ、片膝をつく。


「み……美雨?!」


慌てて声をかけると、美雨は困ったように笑って答えた。


「ごめん。まださっきのが効いてるみたい。足に力が入んないや……。」


その口調はどこか弱々しく、彼女の言を証明するかの如く、立ち上がった後もふらふらとしていた。


それをみた男たちは、勝ち誇ったように語りかける。


「はんっ!ふらふらじゃねぇか。猫女。そんなにマタタビはお気に召したかよ?」


「ははは。生まれたての仔馬のようになってんじゃねぇか。」


「ついでだ。こいつも喰っちまおうぜ。」


そりゃぁいいと同意を示す。


そんな男たちを睨みつけ、美雨は叫ぶ。


「お前らなんて、これで充分だ!!栞ちゃんには手出しさせないから!!」


その小さな背中を見て、栞は泣きそうになった。



今、どういう状況なのかがわからない。


わかっているのは、自分が危険にさらされているということ。そして、出会ったばかりのこの少女が、自分を、身を挺して守ってくれているということ。


ただ、それだけだった。


栞は滲む視界の中、感謝の思いを込めて、その頼もしい小さな背中を見つめていた。


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