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あやかし学園奇談  作者: 水瀬紫苑
★学校案内編★
10/16

癒されない……

大変お待たせ致しました


 少女はただ茫然と立ち尽くしていた。様々なことが立て続けに起きてしまい、脳の処理能力が追いつかなかったのかもしれない。否、例え意識がはっきりしていたとしても、やはり立ち尽くす以外の事なんて出来なかっただろうが。

 少女はこの場の土地勘がない。しかしそれは少女が方向音痴だというわけではなく、分からないのは至極当然のことともいえる。少女がこの場に足を踏み入れたのは、今日が初めてなのだから。

 ――それどころか、踏み入れた記憶すらないのである。

 今迄自分で歩いてきた道は、大小色とりどりの美しい花の咲き乱れる楽園だった。対して今少女のいる場所は、花一つ咲いていない森。最早樹海といっても過言ではないほどの不気味さである。楽園が、瞬き1つする間に樹海に変わってしまったのだ。矢張り呆然とする事しか出来ないだろう。ましてや、少女は1人で樹海に取り残されてしまったのだ。

 先程までは良かった。少女の傍らには常に案内人がいたのだから。

 バスを降りてからは、不気味な黒づくめの男。

 学園までは天女のような美貌の青年。

 彼が来るまでは、落ち着いた年配の男が相手をしてくれていた。

 そして学園についてからは、美雨と呼ばれていた少女が案内をしてくれていた筈だ。たった今まで会話をしていた筈だった。しかし、何処を見渡そうとも彼女の姿は見えない。

 たった一瞬で、人が消えるものなのだろうか。

 1歩違うだけで風景が変わるという話は聞くが、これは変わり過ぎだろうと思う。


 ふと、先程会った青年の顔が脳裏を過ぎる。彼は、本当に存在したのだろうか。1人が怖くて、己の脳内で勝手に作り上げてしまった存在なのでは、と疑問に思ってしまう。彼が実際にこの場にいたという証拠なんて何処にもないのだから。

 彼は何の前触れもなく唐突に現れては、同じく唐突に消えてしまった。今や余韻の欠片すら残ってはいない。

 栞の意識が彼に集中する。――そうでもしないと、恐ろしさの余り気がふれてしまうという自己防衛が働いたのかもしれないが。


 黒い長髪。黒い瞳。黒い服。

 彼は黒づくめだった。しかし、数時間前に会った黒づくめの男とは全く印象が違った。

最初の男は、どこか恐ろしい雰囲気を纏っていたが、今会ったばかりの男は、柔和な雰囲気を持っていた。

(しかしあの笑顔、どこかで見たことあるような……)


 そんなことを考えていた時だった。栞の耳に、聞き覚えのある声が届いた。


「栞さん!!」


 それは、今現在最も聞きたい声でもあった。

 彼女の笑顔は、人を和やかな気持ちにさせる。きっとこういう人を「癒し系」というのだろう。一刻も早く、その恩恵にあやかりたい。その無垢なる笑顔に癒されたかった。

「美雨っ!!」

 名前を呼んで、声のした方を振り返る。すると予想通りの人物が、癖っ毛を揺らしながら駆け寄ってくる。

「吃驚したよ。いきなりいなくなるんだもん」

 そう言いながら、徐々に栞に近づく。

「ごめんね?私がこけてしまったから」

 謝罪を唇にのせ、至近距離から栞を覗き込んだ時――


 1歩。

 

 栞は何故か後退してしまった。

 だがそれは無意識の行動で、美雨も、栞自身でさえも気付かぬ程に自然なものだった。

「でも、気付かずに歩いて行くなんて酷いなぁ。おかげで探すのに時間かかっちゃったよ」

 そう言って、美雨は小さく笑った。その笑顔を見た瞬間、栞の心に何かが引っ掛かった。

(……癒されない……)

 先程見た、満面の笑顔とは違う。たった数分しか会ったことのない人間のことなんて分からない。しかし、その数分でも解かることだってある。

 彼女は、まるで太陽のような温かい笑顔をしていた。にこにこと微笑んでいる姿は、見る者を和ませる力を持っていた。

 ―――だが。

 今の彼女からは、それを感じない。

(怒らせて、しまったのだろうか) 

 いつの間にかはぐれてしまい、探すという手間をかけさせてしまったのだ。頭にきていてもおかしくはない。少しばかり不安に駆られてしまうが、目の前の少女はそんな杞憂には気付いていないようだった。

「この辺は広和の敷地だから、私もよく分からないのよね」

 そう言って辺りをゆっくりと見渡す。

「取り敢えず、来た道を戻って見ようか?」

 そう言って1歩こちらへ踏み出す。それに合わせたように、やはり栞は1歩後退してしまった

(――如何して……?)

 2度目ともなると、流石に栞も気付いた。

 ――どうしてだろう。それ以上、踏み込まれたくない。

 そう思ってしまった。

 目の前の少女を見つめる。確かに、先ほどまで一緒にいた少女だ。

 同じ声、同じ顔。なのに、何故こんなにも不安に駆られるのだろう――

「どうしたの?」

 そう言って笑いかける目の前の少女。その笑顔に癒されるどころか、何故か背筋に冷たいものが奔った。


 ――美雨なのに。

 美雨にしか、見えないのに。

 何故こんなにも気になるのだろうか――


 出会ってから数分。その短い軌跡を辿る。必死に彼女との会話を思い出す。ふと思い浮かぶのは太陽のような笑顔。

『私の名前は美雨だよ!!宜しくね!!』

 そう言って微笑む姿形は、目の前の少女と寸分違わず。

 なのにその笑顔は――


『宜しくね。栞ちゃん。』


 はっと顔を上げる。目の前の少女は、さっきなんと言っただろうか……?

「どうしたの?」

 動かない栞を不思議に思ったのか、顔を覗き込んでくる。


 2歩。


 詰められただけ、距離をとる。そして後ずさりながら、言葉を紡いだ。


 ほとんど無意識だった。


 何故その言葉を選んだのかすら分からない。


「美雨……さん」

 擦れた声で呟く。

「何?」

 美雨は呼びかけに笑顔で応える。

『み~う!!さんいらない!!』


 ――ああ、そうだ。彼女はそう言っていた。

 敬称はいらないから、気易く「美雨」と呼べと――


 では、目の前の「美雨」は一体誰なのだろう?

(二重人格とか……)

 想像力の貧困な自分には、そんなことしか思いつかない。

「……羊ちゃん……?」

 少女は更に笑顔で距離を縮めてくる。その無機質な笑顔に恐怖を覚える。

「あ……」

 何かを言わなければ。そう思うのに、喉まで出かかっている単語が口内で引っかかり、言葉になって出て来ない。


――どう、しよう


――どう、すれば、いい……?


 美雨が不振に思ってしまう。何かを言わなければ。何かをしなければ。

 そう思うのに、栞の思考は固まったまま。

 再び美雨が足を踏み出そうとした瞬間――

「美雨」

 聞き覚えのない、澄んだ声が耳に届いた。


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