第八話 吐き出して、夜
喫煙所を出て、夜の街に二人並んで繰り出せば、すぐに金曜日の喧騒に包まれる。
「うっわぁ~そうじゃん今日、金曜日だ。どこも混んでそうかも」
「そうですね。……夜の繁華街ってこんな感じなんですね」
夢見さんは物珍しそうに、きょろきょろと辺りを見回しながらも、若干の怖さがあるのか、手は繋がないにしても、お互いの肩が触れ合う距離でぴったり私について歩いている。
……お姉さん風な外見をしてるからこそ、この小動物的距離感がいちいちかわいい。
……冷静に考えれば、今の私とんでもない状況じゃない?
Vtuberの中の人と言う、かなりタブーに近い存在を連れて、夜の街を歩いている。
それも自分の推しであり、職場の言わばタレントの一人……。
これってもしかしなくてもまずいかな? ……まずいよね。
………………でも——
信号で立ち止まったところで、頭半分私より背の高い夢見さんの顔を見上げると、その瞳は僅かに赤く腫れていた。
多分、私が喫煙所に行くまでも、あそこでか、それとも別の場所でかは分からないが、ずっと泣いていたのだろう。
今、ようやく立ち直らんとしている彼女を、手伝いたいと、何か役に立ちたいと、そう思ってしまう。
「……とりあえず、あの辺のお店、入ろっか」
「はい」
信号の切り替わる直前に、前方に見える居酒屋を指させば、夢見さんも頷いてくれた。
◇◇◇
「適当に選んじゃったけど、半個室だし、悪くないね」
入った居酒屋は席それぞれに簾が掛かっている掘りごたつタイプのお店。
何か込み入った話をしようだとか、そんなことを考えていたわけではないが、傍目をそこまで気にしなくていいと言うのはありがたい。
「……そうなんですか?」
なんて考えていれば、夢見さんはここでも物珍しそうな顔をしていた。
「もしかして、居酒屋もあんまり来たことない?」
「あ、はい。初めて来ました」
「Oh…………」
やばい、見た目に反してびっくりするほど純情ガールだ、夢見さん。
なら、なおのこと、半個室の居酒屋で良かった。
「お酒は飲める? あ、無理はしなくていいからね?」
「お酒は大丈夫です。一人でならたまに飲んでるので」
「そっか。じゃあ、とりあえず注文しちゃおっか。……こういう時にカッコいいお酒とか知ってればよかったんだけど、私も一人宅飲みばっかりで、あんまお酒には詳しくないんだよね」
カッコつけようとか、そう言うんじゃないけど、年下の子を連れてきたら、何か、こう、ね?
それに推しだし……いいところ見せたかったという下心もあったり……。
「あ、なら私、あれ頼んでみたいです。とりあえず生!」
「……ははっ。いいね! じゃあ、一杯目はビールにしよっか」
なんて、そんな軽薄な私の下心も、純情に振り切った推しの前ではきれいさっぱり洗い流されていく。
ここまで素を見せてくれているなら、わざわざ私が一人気取るのも違うだろう。
それからは変に夢見さんのことを意識するのをやめ、私たちは少しずつ酔いを回していった。
◇◇◇
「どうしよう枢木さん。私……もう、終わっちゃうのかなぁ」
「大丈夫、大丈夫だから。ね? さっきも言ったでしょ。私はずっと応援してるし、きっと表面化してないだけで、私と同じ思いの人はたくさんいるから。ほら、サイレントマジョリティーって言うでしょ?」
飲み始めから一時間余り。
大した量を飲んだわけでもないのだが、アルコールによって我慢していたものが破裂したのだろうか?
夢見さんがしとしと涙を流しながら、思いの丈を吐き出し始めた。
「でも、でも、だって、ほんとに嬉しかったんですよ!」
「え?」
「覚えてますか? 去年のオフイベ、枢木さん来てくれたじゃないですか」
「う、うん。行ったね」
「あの時の喋り方とか、何となくの雰囲気で私すぐに、あ、この人がクルルさんなんだって気が付いて……いつか直接話したいなって思って、うちに来れば? なんて、勝手なことを言ってみたら、ほんとに来てくれたんですよ? そんなの、そんなの嬉しくないわけないじゃないですかぁ!」
泣いていたかと思えば、一人分しかない掘りごたつの隣に無理やり入り込み、私の肩に思い切り寄りかかってくる夢見さん。
泣き上戸かと思いきや、絡み酒だったか……。
と、言うか……あの私の人生を好転させてくれた「じゃあ、うちに来れば?」発言の裏にそんな意図が隠されていたとは……。
「……ちょっと、声抑えよ。喉も、ね? ほら、大事でしょ?」
……すぅ~、はぁ~。
落ち着け、落ち着きなさい枢木鈴音。
夢見さんをなだめながら、内心では自分を落ち着ける。
「喉……そう、ですね。はいし——ンンッ、お仕事のためにも、そうですよね……」
私が火照った顔を深呼吸でコントロールしていれば、また態度が一変し、スンとなる夢見さん。
「今日、痛感したんです。私は、一人じゃないって。マネージャーやその他、枢木さんのような方々に支えられて、私はお仕事が出来ているんだって」
少しすっきりした顔で立ち上がり、再び対面の席に戻ってから、語りだす。
「うん」
「私は言わば商品です。皆さんのお仕事が少しずつ積み重なって、私から出力される。それが私のお仕事なんだって」
商品……確かに、タレントマネジメントの業務視点からすれば、そう言う見方も出来る。
かなり、絶妙な言い方だが、夢見さんからはネガティブな雰囲気を感じないので口は挟まない。
「今までは、正直ずっと夢の中にいる感覚でした。世間を知らない子供だった私が、いきなりこのお仕事を始めて、言われるがままに続けるうちにこんなところにまで上って来て、これ、ほんとに現実かな? って」
「うん」
「でも、今日、今回のことで、ああ、これはちゃんと現実で、ちゃんと私のお仕事なんだって。そう言う実感が湧いたんです」
「そっか」
不幸中の幸い、と言うと少し違うかもしれないが、少なくとも夢見さんは今回の件で折れたりはしていない。
それどころか、今回の件をきっかけに何かを掴んだようだった。
「だから、だから——」
夢見さんの言葉が詰まる。
テーブルに載せられている拳にはかなり力が入っているのが分かった。
だから、私はそんな拳に自分の手を重ね、包み込んだ。
「大丈夫だよ。絶対、大丈夫」
そして、その手の震えを止めるようにギュっと握り、声を掛ける。
すると、夢見さんはそんな私の手に額を合わせるようにして、頭を下げた。
「枢木さん……ありがとう、ございま……す」
「ううん。だって、私は運営の一人で、そしてファンだからね」
言い切ると手にかかる重みが、少しずつ増していく。
信頼、してもらえたってことかな?
……と、しばらくは思っていた。
だが……。
「え? 夢見さん?」
「すぅ…………」
全てを吐き出し切り、疲れとアルコールの回りが最高潮に達したのだろう。
私の手に額を沿わせたまま、夢見さんは夢の世界へ旅立っていた。




