第十五話 隠さない本心
電車を降り、自宅への道を急ぐ。
スマホを一瞥するが、静からの返信はなかった。
どうやら本当に直接告知をしてくれただけのようだ。
時間的にはギリギリと言ったところ。
あんなメッセージをわざわざ送ってきてくれるくらいだ。
きっと静は私に冒頭から配信を見て欲しい理由があるのだろう。
気分的には走りたいところだが、残念ながらパンプスで走れるほど、いいバランス感覚はしていない。お酒も入っているし、余計なことは出来ない。
私はスマホをバッグにしまい込み、あえて時間を見ずにまっすぐ自宅を目指した。
◇◇◇
部屋に入り、ようやく時間を確認すれば、ナゲクちゃんの配信予告時間まであと二分。
何とかギリギリ間に合った。
早足で歩くには歩きづらかったパンプスを脱ぎ捨て、スーツもそのままにPCを立ち上げる。
私がナゲクちゃんのチャンネルに辿り着いた頃には、既にオープニングBGMが流れており、先日の炎上の注目もあってか、待機の時点で視聴者は3000人を超えていた。
「ナゲクちゃん……」
このうちの何人が純粋なファンで、何人が野次馬目的の人なのだろうか?
ファンとして、運営として、そして静の友人として、その炎上に触れた身としては、この3000人と言う数字の怖さが少し分かるような気がする。
だが顔の見えない、自分に友好的かどうかも分からない相手3000人と対面することの意義は、きっとこんな想像の比にならないほどの重さだろう。
心なしか、いつもよりオープニングの流れる時間も長い気がする。
「頑張れ……静!」
気が付けば、私は画面の向こうの静にそう叫んでいた。
すると、私の声に応えるかのようなタイミングで幕が上がり、ナゲクちゃんが顔を見せる。
「みんな、こんばんは。あ~んでっどライブのネクロマンサー、夜泣ナゲク。今日も配信始めるね」
いつも通りの挨拶。
だが、その声音はどこか真剣さを孕んでいるように聞こえる。
「……すごい、今日はもう4000人。……きっと気にしてくれてる人も多いと思うから、先に触れるね」
そしてそんな調子のままに、ナゲクちゃんは例の件について、話を始める。
この話に触れた後で普通の配信が出来るのだろうか? と思ったが、きっとこの形が最善だと色々な人の判断とナゲクちゃん、静自身の決断があったのだろう。
「まずは、応援してくれているみんなに。お騒がせしてごめんなさい」
画面上でナゲクちゃんが頭を下げる。
繊細な表情の変化までは表現しきれないVtuberだが、私にはその真剣な表情が見えるようだった。
「でも、その上で私はみんなに伝えておきたい。あの日に話した私の気持ちは紛れもない本心。もちろん熱が入っていたこともあって、見苦しい、聞き苦しい姿を見せられた、ショックだったという人には申し訳ないと思ってる。でも、この謝意と同じくらい、あれは私の本音でした」
「——!?」
驚き、画面の前で固まる。
炎上からは二日が経ち、SNS上でも悪意のある切り抜きの方に争点が移っていたこの現在。
そんな中でナゲクちゃんが……いや、静が夜泣ナゲクとして選択したのは、流れに乗じて炎上を流してしまうことではなく、真っ向から向き合うという体勢だった。
これが賢い選択なのかと問われれば、きっと運営の一人としては、そうは思わないかもしれない。
でも、こんなにまっすぐな姿を見せられて、炎上鎮火のために流すのではなく、正面から向き合う姿勢を見せられて……私の心は大きく揺れた。
コメント欄はあの日の雑談配信時以上の速さで流れている。
偶に、更新のタイミングで止まって見えるコメントには賛否やわざわざこの件に触れることに対する杞憂、視聴者を刺激するような煽りのコメント、色々なものが見える。
「色々な意見、考えがあると思う。でも、この思いは私が活動を続けていくためにも、みんなにちゃんと知っておいて欲しかった。曲解された表現ではなく、しっかり私の想い、言葉として、みんなに聞いて欲しかった。……以上、です」
もう一度、深々と頭を下げるナゲクちゃん。
そんな姿に私は……。
「——っ! ぇ……? なんで、私……泣いて……?」
自分でも理由の分からない、涙を流していた。
いや、理由が分からないと言うのは嘘だ。
もちろん本人ではないため、この解釈が静の意図と完璧に一致しているという訳ではないかもしれない。
だが、ナゲクちゃんは、静は有耶無耶にせずに、本心だと言ってくれた。
私が必死に思い上がりだ、妄想だと思おうとしていた、あの「大好きな人」発言の行き先を、しっかり私に伝えるように、こういう対応を取ってくれたのかもしれないということが、私にはたまらなく嬉しかった。
あの日、私が喫煙所に行かなければ、あそこで静と出会わなければ、この炎上はなかったかもしれない。
ずっと頭の片隅で考えていたことだった。
自分が原因で、大好きな推しに辛い思いをさせてしまっている、そして、今後もするんじゃないかと思うのが、すごく辛かった。
だけど、そんな私に彼女は、「私のせいじゃない」と、「自分が望んだことだ」と言ってくれた。
「しず……か……」
とめどなく溢れてくる涙を拭いながら、バッグからスマホを取り出す。
配信中では迷惑をかけてしまうかもしれない。
そんな思考が一瞬過るも、今はそれ以上にこの気持ちを伝えたかった。
この話しをリアルタイムで聞き届けたことを、彼女に知ってほしかった。
枢木鈴音「ありがとう」
お酒も入り、涙を流しながらの今では本音以外の言葉が出てこない。
でも、これだけは伝えたいという確かな気持ちを私はメッセージに残した。
もちろん、既読は付かない。
だが、送信ボタンを押し終えた今、ずっと心にのしかかっていた重りがスッと溶けて消えたような感覚があった。
◇◇◇——夢見静(夜泣ナゲク)視点——
言いたいことを言い終えて、フッと一息つく。
この対応は、事前にマネージャーたちと議論して、私が譲らなかった選択だった。
マネージャーや他の運営の方たちには、落ち着いて来ている流れに、余計な火をくべる様なことはすべきじゃないと何度も止められた。
でも、確かに褒められた発言ではなかったかもしれないけど、あれは紛れもなく私の本心だった。
それに、自分のせいでナゲクを炎上させてしまったかもしれないと思っているであろう鈴音さんにそうじゃないと、私の選んだ結果なのだと知ってほしかった。
だから、私は今日のつい先ほどまで、一日中ずっとマネージャーやその他の人たちを説得し続け、なんとかこの対応を許してもらったのだった。
コメント欄は凄まじい勢いで流れている。
『これからも応援するよ!』
『俺らの金が知らない相手に貢がれてるかもしれないのにまだ応援とか、馬鹿らしいわ』
『真剣な対応には好感持てる』
『V豚どもは脳みそお花畑で羨ましいわ~w』
純粋な応援の声、今回の件でファンを離れてしまった人の声、対応には納得してくれていそうな声、野次馬をしにやって来た見覚えのない人の声。
色々な声が入り混じる。
でも、もう、恐れない。
私には、鈴音さんが、確かなファンのみんながついている。
「さて、『嘆き』の配信に——」
ミュートしたマイクの前で、思考を切り替え、本題の配信に入ろうとしたところで、手元のスマホに一件の通知が入った。
枢木鈴音「ありがとう」
「……よかった」
たった一言のメッセージ。
だが、今の私にはそれだけで、なによりも効果の大きな力が湧き上がって来た。
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