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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第七章 かつての戦友編

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第99話 太陽より恐ろしいもの

 坂道が終わると、次は基礎動作へ移った。


 アイゼンは木剣を振るたび、無意識に雷魔法で初動を速めようとする。ガルムは盾を構える時、守る相手がいない側の足がわずかに遅れる。クロウは右手の短剣をおとりとして使う癖が強く、左側へ意識が偏っている。ルナは強大な魔力で押し切れるため、杖を戻す動きがわずかに大きい。


 長い年月を戦ってきた経験は強みだ。同時に、それだけの時間をかけて染みついた癖もある。


「お前たちは四人合わせて、七百十三年生きている」


「また合計したな」


「戦った時間が長い分、直すべき癖も深い。だから一からやり直す」


「七百年以上の経験を持つわらわたちへ、十二歳のそなたが基礎を教えるというのか?」


「不満なら、もう一度戦うか?」


「……続きを申せ」


「素直だな」


「昨日と同じことを二度も繰り返すほど、わらわは愚かではない!」


 障害走では、ニーナにも手伝わせた。ニーナが両手を構えると、五つの小さな《火弾》が同時に浮かぶ。半年前なら一つの炎を形にすることさえ難しかったが、今は大きさと速度を一つずつ変えながら制御できる。


「皆様、申し訳ございません。アレス様のご命令ですので」


 火弾が四方から飛んだ。ルナが頭を下げる。その上を火弾が通り過ぎ、後ろにいたアイゼンの髪を焦がした。


「本当に申し訳ございません!」


「謝るくらいなら撃つな!」


「ですが、避けなければ追加で一周と……」


「そなたも完全にアレスの側ではないか!」


「私はアレス様の侍女ですので」


 今度は正面から二発、左右から三発が時間差で飛ぶ。クロウが虫を使って火弾の軌道を読み、三人へ伝える。ガルムが大盾で二発を受け、アイゼンがその陰から抜ける。ルナは火魔法で打ち消そうとした。


「魔法で消すな。避けろ」


「わらわは火魔法を使えるのじゃぞ! 使って何が悪い!」


「今日は身体の訓練だ」


「先ほどは魔力を三つ同時に使わせたであろう!」


「あれは魔力制御の訓練だ」


「都合よく目的を変えるでない!」


 火弾がルナの足元で弾けた。


「熱い!」


「姫様!」


「止まるな、アイゼン。全員追加になる」


 ガルムが走りながら言う。


「なぜそなたが一番順応しておるのじゃ!」


「飯が出る」


「理由が一貫しすぎじゃ!」


 昼までに、一巡目が終わった。四人とも地面へ倒れていた。クロウはあお向けになりながらも、虫の配置だけは崩していない。アイゼンは木剣を握ったまま、荒い呼吸を繰り返している。ガルムは大盾へ寄りかかり、目を閉じていた。


 ルナは地面へ座り込み、長い紫髪を土まみれにして俺をにらんでいる。


「そなたは……わらわたちへ恨みでもあるのか……」


「ない」


「では、なぜここまで……」


「半年後には、今の自分が弱かったと分かる」


「九十二年生きて初めて、昨日までの自分ではなく、明日の自分が憎くなったぞ」


 四人の身体を順番に確かめる。筋肉は限界に近いが、骨も、筋肉と骨をつなぐ腱も壊れていない。魔力も底をつく前で止めている。厳しく追い込んではいるが、二度と立てなくなるような壊し方はしない。


 裂けた筋肉と細かな傷だけを、《超再生》で治した。


 力が戻ったことに気づき、ルナの顔がこわばる。


「まさか」


「一刻休んで、二巡目だ」


「板に書いてあったことを、本当にやる気なのか?」


「そのために書いた」


「普通は脅しではないのか!」


「訓練内容でうそはつかない」


「そこだけ誠実である必要はない!」


 ニーナたちが、水と昼食を運んできた。肉、魚、卵、野菜。失った体力と血を戻せるよう、量も種類も用意してある。


 クロウが上半身を起こし、食事と俺を交互に見た。


「ふぉふぉ……なるほど」


「何だ?」


「アレス様は、私どもを壊れる寸前まで追い込まれます。ですが、決して壊しはしない。水も食事も、再生も、初めからすべて用意しておられた」


「当たり前だ」


「使い潰さない、というお言葉にうそはないようでございます」


「当然だ。ただし、使えるところまでは使う」


「最後の一言で、すべてが台無しじゃ!」


 ルナが叫んだ。


 午後の二巡目が終わるころ、太陽は西の空へ傾いていた。結局、四人は日中の訓練から一度も逃げなかった。


 文句は多い。特にルナとアイゼンは、追加された往復の半分以上を自分の口で増やした。それでも、誰か一人を置いて先へ行くことはない。


 クロウが遅れればアイゼンが速度を落とし、ルナの魔力が乱れればガルムが横へ立つ。ガルムの視界が盾で塞がれれば、クロウが虫を通して道を教えた。


 最初から、四人は強い。だからこそ、もっと強くできる。


 日が沈む。夜の魔力が、周囲へ満ち始めた。


 倒れていた四人の身体へ、変化が起きる。血が夜の魔力を取り込み、昼の三倍から五倍へ力を引き上げていく。


 アイゼンが腕を動かし、驚いたように起き上がった。


「力が戻ってくる」


 ガルムも立ち上がり、大盾を軽々と背負う。


 クロウの周囲へ、昼の間は温存していた別の虫たちまで次々に集まった。


 ルナは夜風に長い紫髪を揺らし、勝ち誇ったように俺を見る。


「残念であったな、アレス。夜になったぞ」


「ああ」


「わらわたちは、昼とは比べものにならぬ。今日の訓練で疲れておろうと、今ならまだ動ける」


「分かっている」


「ならば、今日はここまでじゃな」


「何を言っている」


 四人の顔から、同時に表情が消えた。


「昼は、弱った状態での基礎を見ただけだ」


 俺はグレイグへ目を向けた。グレイグが訓練場の奥から、新しい石籠と模擬武器を運んでくる。


「ここからが本来のお前たちだ。夜間訓練を始める」


「まだやるのか!」


 アイゼンが叫んだ。


「アレス様。老骨へ、多少のご慈悲をいただけませんでしょうか」


「さっき、あと何十年も生きると言った」


「覚えておられましたか」


「腹が減った」


 ガルムが言う。


「終わったら夜食を出す」


「なら、やる」


「ガルム! そなたは少し反抗せよ!」


 最後に、ルナが俺の前へ立った。朝日を初めて浴びた時とは違う意味で、その赤い瞳が震えている。


「アレス」


「何だ?」


「わらわは今日、太陽が恐ろしいものではないと初めて知った」


「よかったな」


「そして今、太陽より恐ろしいものが、この世におると知った」


「ヴァンパイアのことか?」


「そなたのことじゃ!」


 ルナの叫び声が、夜の石切り場へ響き渡った。クロウが笑い、アイゼンが怒鳴り、ガルムは夜食の内容をニーナへ尋ねている。


 何一つ変わっていない。かつて失った四つの声が、今はすぐそばにある。俺の配下になっても、こいつらは俺へ遠慮しない。敬いすぎず、恐れず、言いたいことを言う。


 それでいい。やり直した今も、この関係だけは変えなくていい。


「全員、持ち場につけ」


「少しは余韻に浸らせよ!」


「訓練が終わったらな」


「その訓練は、いつ終わるのじゃ!」


「強くなったらだ」


「一生終わらぬではないか!」


「よく分かっている」


「アレス――!」


 五つの声と足音が重なる。


 この声を、もう一度失うわけにはいかない。


 再び出会えた。それだけでは、まだ四人を救ったことにはならない。


 こいつらを鍛える。俺自身も、もっと強くなる。この先に待つ戦いを、全員で生き抜くために。


 今度こそ、誰一人死なせない。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

これにて『第七章 かつての戦友編』終了となります。

滅びた世界で共に背中をあずけ、最後まで共に戦った四人。そして失ってしまった四人をやっと仲間にすることができました。

ああ、やっとだ。もっと早く登場させたかったです。ずいぶん時間がかかってしまった。


少しでも面白いと思っていただけましたら、

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