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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第八章 勇者セレスティア・グランベル

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第100話 勇者の成長4

新連載

『婚約破棄され、冒険者パーティも追放されたモブ貴族です~前世の知識と転生特典で借金を返して楽しく生きるつもりが、いつの間にか英雄になりそうです~』

https://ncode.syosetu.com/n9633mt/

もよろしくお願いします!

勇者セレスティア・グランベル視点


 鑑定の儀式から、ちょうど八か月が過ぎた日。


 三日前、グランベル城へ一人の貴族が訪れた。モルガン・デボルト子爵。アークハルト男爵領の南に領地を持ち、王都と東部を結ぶ二本の街道が交わる商業地を治める人物だ。


 大きく張り出した腹を揺らしながら来客を迎える広間へ入ってきた子爵は、お父様の前まで来ると、腰が折れるのではないかと思うほど深く頭を下げた。


「これはこれは、レオナルド・グランベル辺境伯閣下。王国東部を守る閣下に、またお会いできて光栄です」


 油で固めた七三分けの髪は、窓から差し込む光を不自然なほど弾いている。上等な服には金糸の刺しゅうが入れられ、両手の指には色の違う宝石がいくつもはめられていた。


「久しぶりだね、デボルト子爵」


「はい。ますますお元気そうで何よりです。帝国の荒々しい兵たちも、閣下のお姿を目にするだけで震え上がるでしょう」


「帝国軍が、私の顔を見るところまで来ないことを願っているよ」


「そのとおりです! 閣下が雷を放たれるまでもなく、このデボルトが王都へ働きかけ、必要な品を――」


 子爵は大きな声で笑った。けれど、お父様は笑わなかった。


 私も、お母様と並んで少し離れた椅子へ座り、その様子を見ていた。デボルト子爵が私へ挨拶したいと願い出たためだ。


「して、こちらが王国の希望、勇者セレスティア様でございますな!」


 子爵の身体が、今度は私へ向いた。先ほどまでお父様へ向けていたものより、さらに大きな笑みが浮かぶ。整髪油と甘い香水の匂いが、こちらまで流れてきた。


 笑顔を向けられているだけなのに、背中がぞわりとする。ほんの少し、椅子ごと後ろへ下がりたくなった。


「女神ルミエラに選ばれた勇者様へお会いできたことは、私の一生の誇りです!」


「セレスティア・グランベルです。本日は遠路より、ようこそお越しくださいました」


 教わったとおりに立ち上がり、礼を返す。


「おお、何と気高く、何とお美しい! そのお姿こそ、まさしく伝承に語られる勇者そのもの。ささやかながら、勇者様へ献上の品をお持ちいたしました」


 子爵が指を鳴らすと、二人の付き人が横長の大きな箱を運んできた。蓋が開かれると、中からまぶしいほどの光があふれた。


 剣だった。


 さやにも柄にも金が使われ、赤、青、緑、透明な宝石がすき間なく埋め込まれている。つばは翼を広げた鳥を模していたが、左右の形が大きく異なり、握れば手へ食い込みそうな装飾までついていた。


「王都最高の職人へ命じ、勇者様のためだけに作らせた儀礼剣でございます。その価値は、金貨千枚にも及びましょう」


「金貨千枚……」


 思わず剣を見る。だが、美しいとは思わなかった。さやだけで、私が普段使う長剣より重い。宝石を外さなければ、腰へ下げて走ることもできないだろう。柄は太すぎて、私の手では正しく握れそうにない。


 戦うための剣ではなかった。


「どうぞ、お手に取ってくださいませ」


「今は遠慮いたします」


「またまた! 勇者様ほどのお方であれば、この程度の重さなど――」


「セレスは、飾るためではなく戦うために剣を持つ」


 お父様がおだやかな声で遮った。


 デボルト子爵の笑みが、一瞬だけ固まる。


「もちろんでございます。実戦用の剣につきましても、いずれ我が領の名工を――」


「これほど価値がある品なら、売却しよう」


「……は?」


「先月、国境で起きた小競り合いで、五人の兵士が任務へ戻れないほどの重傷を負った。その家族へ分ければ、しばらく生活に困らずに済む。勇者への贈り物が、勇者を守る兵士たちの助けとなる。よい使い道だとは思わないかい?」


 来客を迎える広間が静かになった。


 子爵は、開いた箱とお父様を何度も見比べている。


「ま、まことに……慈悲深きご判断でございます」


 最後には、そう答えるしかなかった。


「私も、それがよいと思います」


 私が言うと、子爵の頬がわずかに引きつった。


「勇者様まで、そのようにおっしゃるのであれば……このデボルト、これ以上の喜びはございません」


 どう見ても、喜んでいる顔ではなかった。


 その時、箱の片側を支えていた若い付き人の足が滑った。


「あっ」


 箱が傾き、宝石だらけのさやが床へ落ちる。


 大きな音が響いた。


「何をしている、この愚図が!」


 デボルト子爵の声が変わった。先ほどまで私たちへ向けていた甘い声ではない。


「貴様のような役立たずを連れてきた覚えはないぞ! その汚い手で、勇者様への献上品に傷をつけおって!」


「も、申し訳ございません!」


 付き人は慌てて床へ膝をついた。さやを拾おうと伸ばした右手から血が流れている。箱の金具で切ったらしい。


「触るな! これ以上汚せば、貴様の家族ごと――」


「その方は、怪我をしています」


 私が声を上げると、子爵が口をつぐんだ。


「勇者様?」


「剣より先に、手当てをしてください」


 携えていた清潔な布を取り出し、付き人へ差し出す。


 付き人は受け取ってよいのか分からないように、私と子爵の顔を交互に見た。


「受け取りなさい。傷口を押さえなければ、血が止まりません」


「あ、ありがとうございます、勇者様」


 震える手が、布を受け取った。


「まったく、勇者様のお優しさには限りがございませんな」


 デボルト子爵は、再び笑っていた。


「この者も、勇者様から直接お情けをいただいたことを、一生忘れないでしょう」


 けれど、付き人へ謝ることも、怪我を気遣うこともなかった。


 子爵が退出した後、私は閉じた扉を見つめた。


「お父様」


「何だい?」


「私、あの方は苦手です」


 口にしただけで、肩へ入っていた力が少し抜けた。


「奇遇だね。父もだ」


 お父様があまりにすぐ答えたため、お母様が小さく息を吐いた。


「レオナルド。娘の前です」


「だから、正直に答えたのだよ」


「あの方は、私を一度も見ていませんでした」


「あれほど褒めていたではありませんか」


「違います、お母様」


 首を横へ振る。


「あの方が話しかけていたのは、私ではありません。《勇者》です。私が何を考えているのかも、どのような剣を使うのかも、知ろうとしていませんでした」


 お父様の目が、少しだけ細くなった。


「よく見ていたね」


「付き人の方へ向けた顔は、もっと嫌でした」


「人は、自分より立場が上の者へ向ける顔より、弱い立場の者へ向ける顔に本性が出ることがある」


「では、やはり悪い方なのですか?」


「今見たものだけで、その者のすべてを決めてはいけないよ。だが、見たものを忘れる必要もない」


 お父様は、付き人が落とした剣へ目を向けた。


「言葉ではなく、何をするのかを見る。それを続けなさい」


「はい」


 宝石の輝きは、少しも美しく見えなかった。


◇


 それから三日。鑑定の儀式からは、八か月が過ぎた。


 朝の訓練場で、五人の騎士が私を囲んでいた。正面にはセドリック。左右に二人ずつ。誰も新兵ではない。全員が騎士団の正式な試験を通り、国境の警備にも出ている、グランベル騎士団の標準的な実力を持つ騎士たちだ。


「本当に、五人でよろしいのですか?」


 セドリックが念を押す。


「昨日は四人に勝てたもの。今日は五人よ」


「四人を相手にした後、地面へ座り込んでおられましたが」


「今日は座り込まない」


「そこではなく、人数を減らすという選択肢は――」


「ないわ」


 言い切ると、訓練場の端で見学していた兵士たちから笑いが漏れた。


 長い青髪は、剣を振るう邪魔にならないよう高い位置で一つに結んでいる。朝日を受けた髪は、動くたびに澄んだ青い光を散らした。母譲りだと言われる白い肌と顔立ちには、まだ十二歳らしいあどけなさが残っているらしい。


 けれど、今の私を守られるだけの令嬢として見る兵士は、もういなかった。


 見学していた兵士の一人が、私を囲む五人の騎士へ声を飛ばした。


「ぼんやり見とれていると、お嬢様に五人まとめて倒されるぞ」


「見とれてなど――」


 五人の中で最も若い騎士が言い返しかける。


「聞こえているわよ」


 私が声をかけると、若い騎士は慌てて口を閉じた。見学していた兵士たちから、また笑いが起こる。


「――お嬢様。五人を相手に、よそ見とはずいぶん余裕がおありですね」


 ローガンの低い声に、私は五人へ向き直った。笑い声も一瞬で消える。


 五人の騎士が木剣を構え、私も右手の木剣と左腕の小盾を上げた。


 皆が見ているのは、女神に選ばれた《勇者》だけではない。剣を振り、土にまみれながら、八か月かけて強くなってきた私自身だ。


 ならば、その目に私の力で応えたい。


 ローガンが、開始の合図を送る右手を上げた。

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