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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第八章 勇者セレスティア・グランベル

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第101話 勇者の成長5

勇者セレスティア・グランベル視点


「始め!」


 ローガンの声が響くより早く、五人が動いた。


 正面からセドリック。左右の四人は、わずかに時間をずらして踏み込んでくる。最初から全員で斬りかかるのではない。


 一人目を受けた直後へ二人目、その回避先へ三人目を置き、最後の二人が逃げ道を塞ぐ。昨日、四人で私に負けた後に考えたのだろう。


「でも、遅いわ」


 五本の木剣すべてを見る必要はない。足音。呼吸。土を蹴る強さ。肩と腰の向き。半年前から何度も剣を交えた相手なら、視界の端にいるだけで次の動きが分かる。


 私は退かず、正面のセドリックへ踏み込んだ。


「また正面から――」


 セドリックの木剣が振り下ろされる前に、小盾をその胸に押し当てた。木剣を右腕ごと外へ流し、セドリックの身体を右から迫っていた騎士の進路へ押し込む。


「うわっ!」


「セドリック、退け!」


 二人の足が止まる。


 その瞬間、左側から来た騎士の木剣が私の肩を狙った。


 身体を低く沈める。


 木剣が青い髪の上を通り過ぎた。私は屈んだまま身体を回し、相手の足首へ木剣を当てる。


「一本!」


 ローガンの声が飛ぶ。


 一人目。けれど、残りは四人いる。


 背後から、風を切る音が二つ重なった。左右から同時に木剣が迫る。


 右足へ魔力を集めた。


「《風駆(ハヤテ)》!」


 靴底と地面の間で風が弾ける。


 身体が斜め前へ押し出され、二本の木剣が私の背後でぶつかった。着地と同時に右足を軸として反転し、体勢を崩した一人の胴へ木剣を当てる。


「二本目!」


 もう一人は、すでに木剣を引き戻していた。速い。けれど、その目は私の木剣だけを追っている。


 盾の陰で集めていた魔力を、指先から放った。


「《火花》!」


 小さな火の粉が、目の前で弾ける。


「くっ!」


 熱はほとんどない。目を焼くほどの光でもない。ただ、一瞬だけ視界を奪えば十分だった。


 相手の懐へ入り、木剣を握る手首を小盾で打つ。跳ね上がった木剣の下から、柄頭を胸当てに押し当てた。


「三本目!」


 見学していた兵士たちから歓声が上がる。


「まだです!」


 声に重なって、セドリックの木剣が右肩へ迫った。


 避け切れない。


 私は肩を引きながら、その内側へ入った。木剣の先が訓練着をかすめる。同時に、私の木剣もセドリックのわき腹に触れた。


「四本目!」


「相討ちです!」


 セドリックが抗議する。


「お嬢様の方がわずかに早い」


 ローガンの判定は冷静だった。


「ですが、実戦なら右腕を斬られております」


「分かってる!」


 答えながら、最後の一人へ向き直る。


 最も身体の大きな騎士だった。仲間が倒される間、無理に入ってこなかった。私が魔法と身体強化を使い、呼吸が乱れるのを待っていたのだ。


「参ります」


「どうぞ」


 騎士が地面を蹴る。速さより、重さを選んだ踏み込み。木剣を小盾で正面から受ければ、腕ごと押し潰される。


 私は半歩だけ横へずれ、小盾を斜めに構えた。


 木剣が盾へ触れる。衝撃を受け止めず、そのまま外へ流すと、騎士の身体が前へ泳いだ。


 けれど、相手もすぐに左足を踏ん張った。空いていた左手が、私の小盾をつかもうと伸びる。


 左手が来ることは分かっていた。盾を自分から手放す。


「なっ――」


 重さを失った騎士の身体が、さらに前へ傾いた。


 その横をすり抜け、背中へ木剣を当てる。


「五本目! そこまで!」


 訓練場へ、ローガンの声が響いた。


 私は大きく息を吐き、木剣を下ろす。


「ありがとう」


 五人に向かって礼をする。


「……ありがとうございました」


 セドリックたちも礼を返した。


 五人とも悔しそうだった。けれど、訓練場の端からは、それを吹き飛ばすほど大きな歓声が上がった。


「お見事です、お嬢様!」


「五人抜きだ!」


「だから見とれるなと言っただろう!」


「最後のは関係ないでしょう!」


 息を切らしているのに、思わず笑ってしまった。


 勇者に選ばれた直後、兵士たちは私を見るたびに背筋を伸ばし、「勇者様」とかしこまった。今も公の場ではそう呼ばれる。けれど、ここにいる者たちは、私が幼いころに訓練場へ忍び込み、重すぎる木剣を引きずっていた姿も知っている。


 彼らが誇らしげに笑うのは、勇者が強くなったからだけではない。グランベル家のお転婆な娘が、毎朝泥だらけになりながら、ようやく自分たちと肩を並べ始めたことを喜んでくれているのだ。そのことが、私はうれしかった。


 半年前は、一対一でも十回に三回はセドリックに負けていた。今では、騎士団の標準的な騎士が一人なら、身体強化も魔法も使わずに負けることはほとんどない。


 身体強化と《火花》《風駆》を使えば、四人を同時に相手にしても十回に七回は全員から一本を取れる。そして今日、初めて五人を相手に勝った。


「五十九呼吸です」


 ローガンが告げた。


「昨日、四人を倒した時よりも二呼吸長いだけでした」


「もう少し、うれしそうに言ってよ」


「事実を申し上げております」


「五人よ? 少しくらい褒めてくれてもいいじゃない」


「では、反省点は必要ありませんか?」


「……聞くわ」


 褒めてもらうことは諦めた。


「最初にセドリックを押し込んだ判断はよろしいでしょう。五人を同時に相手にせず、互いの動きを妨げさせた。三人目を倒したところまでは問題ございません」


「分かったわ」


「その後、二度死んでおります」


「勝ったのに?」


「勝敗と、死んだ回数は別です」


 ローガンが、私の右肩を指した。


「セドリックの木剣が肩に触れました。真剣であれば、右腕の動きが鈍っております」


「かすめただけよ」


「毒が塗られていれば?」


「……死んでるわ」


「鎧を裂く魔法剣であれば?」


「右腕を失っているかもしれない」


「それが一度目です」


「もう一度は?」


「最後の打ち合いです。相手の力を流すことには成功しましたが、木剣へ意識を向けすぎました。左手が空いております」


 最後に倒した騎士が、申し訳なさそうに左手を上げる。


 腰には、訓練用の短剣が差してあった。


「使ってよかったの?」


「使わないように、始める前に命じられていました」


「それなら、死んでないじゃない」


「実戦の敵も、ローガン様の命令を守ってくださるのであれば」


「……二度、死んだのね」


 認めるしかなかった。


「勝ったことを喜ぶなとは申しません。しかし、勝ったから見落とした傷が消えるわけでもございません」


「はい」


「一度目の負けで腕を失い、二度目の負けで命を失えば、五人に勝ったという結果も残りません」


 胸に刺さる言葉だった。けれど、半年前のように腹は立たない。ローガンは、私を負かしたいのではない。私が本物の戦場で負けないよう、訓練の中で何度も殺してくれている。


「もう一度、お願い」


「休憩が先です」


「呼吸は乱れてない」


「右手が震えております」


 言われて初めて気づいた。木剣を握る指先が、わずかに震えている。身体強化と二つの魔法を続けて使ったことで、腕だけでなく、魔力も消耗しているらしい。


「じゃあ、休憩の前に一本だけ、ローガンが相手をしてくれない?」


「話を聞いておられましたか?」


「一本だけ」


「お断りいたします」


「怖いの?」


「その挑発に乗るのは、セドリックだけです」


「ローガン様。なぜ私を見るのですか?」


 セドリックが困ったように尋ねる。


「事実だからです」


「一本も当てなくていいの。先ほどの五人を倒した私が、ローガンを一歩動かせるか試したいだけ」


「休憩の後ではいけないのですか?」


「疲れている時に、どこまでできるのか知りたいの」


 ローガンは黙って私を見つめた。


 何を確かめているのかは分からない。


 やがて、ローガンは訓練場の端に置いてあった木剣を手に取った。


 五人を倒した喜びは、もう頭から消えていた。今の私が見ているのは、その先に立つ、まだ越えられない壁だけだった。

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