第96話 太陽の弱点を乗り越えろ
食事が始まると、ガルムの前からパンと肉が凄まじい勢いで消えていった。ニーナが追加を置くたび、皿がすぐに空になる。
「ガルム様、お代わりはいかがですか?」
「欲しい」
「ガルム。少しは遠慮せよ」
「昨日、食ってよいと言われた」
「あれは山での話じゃ」
「ここでも、全員食えと言われた」
「そのとおりだ。好きなだけ食え」
「うむ」
「そなたは甘やかすな!」
「身体が大きい。必要な量も多い」
「わらわにも、もう一つ寄越せ」
「お前も食うのか」
「ガルムだけに食べさせておけるか!」
ニーナが笑いをこらえながら、ルナの皿にも肉を置いた。
食後、セルジュが四人を宿舎の中へ案内した。用意していた四つの個室、洗い場、倉庫、読み書きを教える部屋、子供たちの部屋。地下には食料庫があるが、誰かを閉じ込めるための牢屋も、鎖もない。
ガルム用のベッドは、太い木材と鉄の金具で補強されていた。大盾を壁へ立てかけても床が沈まないよう、そこだけ梁の本数まで増やしてある。
ガルムがベッドへ腰を下ろす。
ぎしり、と重い音がした。
全員が止まった。
ベッドは耐えた。
「頑丈だ」
ガルムが満足そうにうなずく。
「ゲオルグが作った」
「よい仕事だ」
「お、おう」
ゲオルグが、なぜかガルムへ認められたような顔をした。
ルナは窓のない地下室も確かめた。ヴァンパイアが昼を過ごせるよう、光が差し込まない部屋を用意させている。
「本当に、四人分すべて作っておったのじゃな」
「だから、何度も言った」
「わらわたちが来なければ、どうするつもりだった」
「連れてくるまで通った」
「迷惑という言葉を知らぬのか?」
「知っている」
「意味まで学べ!」
窓の外が、少しずつ明るくなっていく。日の出が近い。四人の表情が同時に変わった。
「ルナ様。そろそろ地下へ」
クロウが告げる。
「うむ。話の続きは、日が沈んでからじゃ」
ルナたちが地下へ向かおうとする。
「待て」
「何じゃ」
「外へ出るぞ」
四人がそろって俺を見た。
「今、日の出が近いと申したのが聞こえなかったのか?」
「聞こえた」
「ならば、なぜ外へ出る!」
「太陽の弱点を乗り越えるためだ」
誰も動かなかった。ルナの赤い瞳が細くなる。
「……何を申しておる」
「お前たちは、太陽の光を浴び続ければ死ぬ」
「知っておる! だから地下へ向かっておるのじゃ!」
「今日で、その弱点をなくす」
ルナは俺の顔をしばらく見つめた。
「山で頭を打ったのか?」
「打っていない」
「では、わらわの王血を取り込んだせいでおかしくなったのか?」
「元からだ」
アイゼンが即答した。
「アイゼン。否定はせぬが、今は黙っておれ」
「否定しないのか」
「そなたは話を進めよ!」
ヴァンパイアは、太陽の光へ触れた瞬間に灰になるわけではない。まず皮膚が焼ける。次に血と魔力が乱れ、全身のヴァンパイア細胞が内側から壊れ始める。再生能力がある間は傷を治し続けられるが、陽光はそれ以上の速さで細胞を破壊する。
血と魔力を使い果たせば、再生は止まる。やがて内臓も脳も崩れ、最後には死ぬ。強いヴァンパイアほど長く耐えられる。それでも、太陽の下で生き続けることはできない。
「昨夜、俺はルナのヴァンパイア細胞を自分の身体へ取り込んだ」
「支配も弱点も捨て、夜の力だけを盗んだ話なら覚えておる」
「盗んでいない」
「今は、そこを争っておらぬ」
「俺の細胞は、ヴァンパイアと同じように夜の魔力を取り込める。だが、太陽には焼かれない」
ルナの顔から、いら立ちが消えた。クロウが静かに問う。
「その仕組みを、私どもの身体にも再現できると?」
「できる」
「言い切られるのですね」
「そのために、昨夜わざとかまれた」
「わらわの王血を奪うためだけではなかったのか」
「それもある」
「やはり奪ったのではないか!」
「お前たちを昼にも動けるようにする必要があった」
「戦わせるためか?」
アイゼンの声に警戒が混じる。
「それだけではない。太陽が出ているというだけで、逃げ込める場所が限られるのは不便だろう」
四人が黙った。生まれてから、こいつらは太陽を避け続けてきた。昼に敵が来れば、限られた場所で戦うしかない。仲間が陽光の下へ連れ去られても、追うことさえ難しい。太陽の下で空を見上げる自由すら、最初から持っていなかった。
「条件は何じゃ」
ルナが問う。
「ない」
「配下となることを求めぬのか?」
「配下にはなってもらう」
「それが条件ではないか!」
「違う。太陽の弱点を乗り越えた後、お前が配下にならないと言っても、元へ戻すつもりはない」
「では、なぜ」
「お前たちに必要だからだ」
昨夜と同じ答えだった。俺にとって必要である前に、四人が生きるために必要な力だ。従うことへの褒賞として与えるようなものではない。
「最初はルナだ。王血を持つお前の細胞が、最も強い」
「失敗すれば?」
「俺が治す」
「その治療に失敗すれば?」
「成功するまで繰り返す」
「答えになっておらぬ!」
「嫌ならやめてもいい」
ルナは閉じた扉と、明るくなり始めた窓を見比べた。クロウたちは何も言わない。三人とも、自分たちの主が決めるのを待っている。
「……わらわから試せ」
「姫様」
アイゼンが心配そうに声を低くする。
「この者が申すことが真実なら、わらわたちだけではない。いつか、同胞すべてが太陽の下を歩けるやもしれぬ」
ルナが俺へ右手を差し出した。
「ただし、わらわを死なせれば、末代までたたるぞ」
「死んだ後も元気だな」
「ものの例えじゃ!」
全員で宿舎の中庭へ出た。東の空から、朝日が昇り始めている。石壁の上を越えた細い光が、地面へ一本の線を作っていた。
四人は深いマントを被り、建物の影から出ない。光へ近づくだけで、身体が危険を訴えるのだろう。アイゼンとガルムは、いつでもルナを引き戻せる位置に立っている。
「手だけを光へ入れろ」
「本当に大丈夫なのであろうな」
「大丈夫にする」
「その言葉は、安心させる時に使うものではないぞ」
ルナがマントから右手を出し、朝日の中へ差し入れた。
白い指先から、煙が上がった。
「くっ……!」
皮膚が赤く変わり、すぐに水膨れが浮かぶ。それが破れ、わずかな時間で黒く焼け始めた。
ルナの再生が働き、焼けた皮膚を内側から治す。だが、新しく生まれた皮膚も、同じように陽光に焼かれていく。
俺はルナの手首をつかんだ。
「俺の力に抵抗するな」
「もう少し、優しく頼めぬのか!」
「力を抜け」
「言い方を変えただけではないか!」
《超再生》を流し込む。
焼けた皮膚を治すだけでは意味がない。元と同じ細胞へ戻せば、また太陽に焼かれる。陽光を浴びた時、どの細胞が最初に壊れるのか。魔力がどの経路を逆流し、再生を上回る破壊を生むのか。昨夜取り込んだ王血の記憶と、目の前で起きている反応を重ねる。
見つけた。
ヴァンパイア細胞は、夜の魔力を大量に取り込む。その性質が、太陽の力に触れた時だけ逆向きに働き、自らの血と魔力を燃やしていた。
夜の力を取り込む性質は残す。
再生能力も残す。
太陽を受けた時に、自分自身を破壊する命令だけを消す。
焼けた指先を、新しい形へ再生した。
「もう一度だ」
「今も光の中じゃ!」
「一度目は失敗した」
「さらりと申すでない!」
新しく生まれた皮膚から、再び煙が上がる。だが、先ほどより遅い。
もう一度、壊れた部分を再生する。今度は陽光を外からの熱として受け流し、血と魔力へ入り込ませないよう、細胞の働きを変える。
三度。四度。五度。
「いつまで続けるのじゃ!」
「煙が出なくなるまでだ」
「わらわの手をくん製にする気か!」
「食べないから安心しろ」
「そういう心配ではない!」
七度目の再生が終わった。
ルナの手は、朝日の中にある。
誰も声を上げない。生まれた時からルナを拒み続けた太陽が、今度こそ彼女を受け入れるのか。全員が、白い指先を見つめていた。




