第94話 今度こそ、四人全員で
腹が落ち着いたところで、四人と向き合う。
クロウとアイゼンの傷は、すでにほとんど塞がっていた。ガルムの身体からは砕けた岩の装甲が落ち、ルナが失った血も少しずつ補われている。
ヴァンパイアの再生は強い。だが、俺の《超再生》とは違う。傷を治せても、失った体力と魔力まですぐに戻るわけではない。四人の顔には、隠し切れない疲れが残っていた。
「約束どおり、わらわたちはそなたの宿舎へ行く」
ルナが最初に口を開いた。
「配下になることも認めるか?」
「話を急ぐでない。わらわが約束したのは、そなたの作った場所を見に行くところまでじゃ」
「分かっている」
「ほう。力ずくで従わせると言い出すかと思うたが」
「勝ったから来いとは言う。だが、配下になるかは見てから決めろ」
ルナの眉がわずかに動いた。
「そなたが申したことと、ずいぶん違うのではないか? 四人まとめて配下になれと、あれほど勝手に言い切っておったであろう」
「配下にはする」
「今の言葉を聞いておったか?」
「見れば、お前たちが自分から選ぶ」
「どこから、その自信が湧いてくるのじゃ」
「半年かけて作った」
「答えになっておらぬ」
「俺に従っている者は、人間だけではない」
四人の顔から、わずかに表情が消えた。
「獣人もいる。子供も三人いる。誰も奴隷のまま働かせてはいない。自分で俺の配下になると選び、契約を結んだ者たちだ」
「契約?」
クロウが反応する。
「主従契約だ。配下は俺を裏切らず、秘密を守る。その代わり、俺は配下を守る。命令するだけの契約ではない」
「魔法による強制力があるのでございますか?」
「ある。だが、本人が望まなければ結ばない」
「ずいぶんと都合のよい話に聞こえます」
「だから、自分の目で見ろと言っている」
クロウはそれ以上追及せず、代わりにアイゼンが口を開いた。
「仮に俺たちが貴様の配下になったとして、何をさせるつもりだ」
「戦ってもらう」
「やはり、戦う力が欲しいだけではないか」
「それだけなら、お前たち四人にこだわる必要はない」
「どういう意味だ」
クロウを見る。
「クロウ。お前には、虫を使って遠くを見て、誰よりも早く危険を見つけてもらう。俺が世界中へ伸ばす情報網の中心になれ」
クロウの赤い目が細くなる。
「アイゼン。お前の雷と剣は、敵の守りを破るために使う。短気は直せ。だが、仲間のために真っ先に踏み込めるところは、そのままでいい」
「余計なことまで言うな」
「直さなければ、訓練を増やす」
「なぜ、すでに命令する側なのだ!」
答えず、ガルムへ視線を移す。
「ガルム。お前は前に立て。後ろにいる者へ、誰一人近づけるな。お前なら、戦場で動く城壁になれる」
「城壁か」
「不満か?」
「ない。守れるなら、それでよい」
最後に、ルナを見る。
「そしてルナ。お前には三人を率いてもらう」
「今と変わらぬではないか」
「今は四人だけだ。これからは、もっと多くなる」
「何を率いさせるつもりじゃ」
「戦う者だけではない。情報を集める者、物を運ぶ者、建物を作る者、魔物を狩る者。種族も国も関係なく、俺のもとへ集まった者たちだ」
ルナの視線が鋭くなる。
「そなたは、何を作ろうとしておる」
「世界中へ根を張る組織だ」
谷を吹き抜ける風が、細かな土を運んでいく。
「商会を作った。傭兵団も作った。まだ小さいが、領内に店と人を置き、情報を集め始めている。次は近隣の領地、その後は王都、王国中、帝国にも広げる」
「帝国にまで?」
「最後は世界中だ」
アイゼンが理解できないものを見るような顔をし、ガルムは腕を組んで黙って聞いている。クロウだけは、俺の言葉の意味をすぐに理解したらしい。
「商売を通じて、人と情報を動かすのでございますね」
「ああ。商売でもきちんと稼ぐ。だが、金だけでは守れない。危機が起きてから知ったのでは遅い」
「だから、世界中へ目と耳を置く」
「そうだ」
クロウの視線が、わずかに変わった。
「その目と耳の一つに、私の虫を使うおつもりですか」
「一つではない。お前には、その仕組みそのものを作ってもらう」
クロウが黙る。考えているのだろう。
ルナが杖を両手で持ち、地面へ立てた。
「それほどの組織を作り、そなたは何と戦う」
「魔王教だ」
四人の空気が変わった。
「父上が手を結ぼうとしておる相手じゃぞ」
「だからだ」
「ヴァンパイアを守るために必要だと、父上は考えておる」
「魔王教は、ヴァンパイアを守らない。利用するだけだ」
「何を根拠に言い切る」
答えられない。滅びた未来で見たものを話すことはできない。魔王教に利用され、戦いへ駆り出され、命を失ったヴァンパイアを何人も知っている。父王ドレークの選択が、種族を救うどころか滅びへ近づけたことも。
「今は、すべての根拠を話せない」
「また、それか」
「だから信じろとは言わない。俺のもとへ来て見ろ。セルジュが集めた情報も、俺が作ろうとしているものも、すべて確かめればいい」
「それでも、わらわが父上のもとへ戻ると言えば?」
「止める」
「力ずくでか?」
「必要なら」
「結局、そこへ戻るのじゃな」
「ドレーク・ノクティスに、お前たちを渡すつもりはない」
ルナの目が細くなる。
「わらわは、そなたの物ではないぞ」
「知っている」
「ならば、なぜそこまで言い切れる」
「お前たちを、魔王教には殺させない」
四人が黙った。
「俺の近くも、安全とは言えない。これから先、何度も危険な戦いへ連れていく。働かせるし、鍛える。今日より厳しい目にも遭わせる」
「今日よりもか?」
アイゼンが顔を引きつらせる。
「当然だ」
「当然ではない!」
「だが、使い潰さない。退かなければならない時は俺が最後に残る。誰かが傷つけば連れ帰る。死なせない」
口にした瞬間、滅びた未来の光景が脳裏へ浮かんだ。守れなかった四人。冷たくなった身体。一人ずつ失い、それでも足を止められなかった自分。
もう、同じことは繰り返さない。
ルナは目を閉じ、長い沈黙の後、ゆっくりと開いた。
「クロウ」
「どこへなりとも、お供いたします」
「アイゼン」
「俺の主は姫様です。姫様が行かれるなら、俺も行きます。ただし、この小僧を主と認めるかは別です」
「もう負けたぞ」
「黙れ!」
「ガルム」
「俺も行く」
「理由は?」
「飯がうまい」
「そこなのか?」
「強い。仲間を守る。飯もうまい。十分だ」
ガルムは真顔だった。
ルナが額へ手を当てる。
「もう少し、王女の護衛らしい理由を申せ」
「ルナ様が行く。それが一番だ」
「最初に申せ!」
「聞かれなかった」
クロウが口元を隠して笑っている。最後に三人の視線がルナへ集まり、ルナは小さく息を吐いて俺を見た。
「では、三人とも異論はないようじゃな」
「最初から、そういう約束だ」
「最後まで言わせよ!」
「まだあるのか?」
「ある!」
ルナが杖の先で俺を指す。
「わらわたちは客人じゃ。配下となるかは、そなたの話が真実か確かめた後で決める。それまでは、命令されるいわれはない」
「分かった」
「本当に分かっておるのか?」
「客として連れて帰る」
「うむ」
「着いたら、全員働け」
「何一つ分かっておらぬではないか!」
「客に働かせるおつもりですか」
クロウが冷たい目を向ける。
「食事と寝床には金がかかる」
「わらわたちは、まだ一晩も泊まっておらぬぞ」
「先に用意させた」
「それは、そなたが勝手にしたことであろう!」
「使わなければ無駄になる」
「それも先ほど聞いた!」
ルナの声が夜の山へ響いた。アイゼンは額を押さえ、ガルムはまた低く笑っている。クロウだけは表情を変えていないが、俺を見る目には深い疲れが浮かんでいた。
これだけ騒げるなら、山を下りるだけの体力は残っている。
「自分たちの荷物をまとめろ。夜のうちに山を下りる」
「少しは休ませぬか」
「歩きながら休め」
「無茶を申すでない!」
「無理なら、ここへ置いていく」
「一人も置いていかぬと、先ほど叫んでおったであろう!」
「なら、ついてこい」
ルナが言葉を失う。俺は立ち上がり、腰のマジックバッグを確かめた。
「帰るぞ」
「わらわたちにとっては、帰る場所ではない」
ルナが、不満そうに言う。
「これから、そうなる」
「まだ配下になるとは決めておらぬ!」
「来れば分かる」
「そなたは、そればかりじゃな!」
首筋の傷は、すでに消えている。それでも、ルナから得た夜の魔力は、四人と共に戦うための新しい力として、この身体へ確かに残っていた。
背を向け、谷の出口へ歩き出す。後ろから、四つの足音が聞こえた。滅びた未来では、何度も聞いた音だ。
クロウの静かな足取り。いら立つとわずかに速くなるアイゼンの歩幅。大盾を背負っても決して乱れない、ガルムの重い足音。そして三人の中心を進む、ルナの杖が地面を打つ音。
あの時は、一つずつ消えていった。最後には、俺の足音しか残らなかった。
だが、今は五つある。
もう二度と、一つも失わない。
今度こそ、五つの足音をそろえたまま、全員で帰る。




