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怠惰で傲慢だった貴族がやり直しで世界を救う  作者: 雅
第七章 かつての戦友編

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第93話 四人すべてを倒す

 残るのは、ルナ一人。


 振り返ると、杖から赤黒い光があふれていた。


「血術《緋王断(ヒオウダン)》!」


 巨大な血刃が振り下ろされる。先ほどより速い。それでも、今の俺には遅く見えた。


 身体を半歩ずらし、血刃の横へ手を添える。


「《流転(ルテン)》」


 力の向きを変えると、巨大な刃が俺の横を通り、地面へ深い溝を刻んだ。


 そのままルナの前へ出て、右拳を顔の寸前で止める。左の手のひらも、胸元へ触れる寸前で止めた。


 拳から流れた風圧が、長い紫髪を大きく揺らす。


 ルナは動かなかった。


 俺も拳を進めない。


「今度こそ、終わりだ」


 ルナが自分の胸元を見る。


 俺の左手は、心臓を捉えられる位置で止まっている。右拳で頭を砕き、左の手のひらで心臓を潰す。


 俺がその気なら、どちらもできた。ルナにも、それが分かっている。


 杖を握る手から、力が抜けた。


「……わらわの負けじゃ」


 静かな声が、谷へ落ちた。


 俺は拳を下ろし、ルナから一歩退いた。


「この戦いは、ここまでじゃ」


「姫様!」


 アイゼンが地面へ手をつき、起き上がろうとする。


「動くでない」


「しかし、俺はまだ戦えます!」


「ならば、何度殺されれば負けを認める。そなたも先ほど、胸へ一撃を受けた時点で終わっておる。わらわなど、これで三度も命を取られておる」


 ルナが、先ほどまで俺の拳が止まっていた顔と胸元へ触れる。


「この者が殺すつもりなら、わらわたちはすでに一人も残っておらぬ」


「ですが……」


「敗北を認められぬ者に、次の勝利はない。そなたも分かっておろう」


 アイゼンは歯を食いしばった。


 やがて、そばに落ちていた剣を拾って地面へ突き立て、その前へ片膝をつく。


「……申し訳ございません、姫様。俺も、負けを認めます」


「最初から、そう言えばいい」


「貴様は一言多い!」


「元気だな」


「誰のせいだ!」


 ガルムの喉から、低い笑い声が漏れた。


 滅びた未来で何度も聞いた、懐かしい笑い声だった。


 ルナが、ガルムへ目を向ける。


「ガルム」


 ガルムは大盾を地面へ置き、ルナへ深くうなずいた。


「承知した、ルナ様。俺も、負けを認める」


 それから俺を見て、もう一度うなずく。


「見事だ」


 ガルムの大盾の後ろから、小さなせきが聞こえた。


 クロウが片手を地面へつき、ゆっくりと身体を起こす。


「……戦いは、終わったのでございますか」


「ルナ、アイゼン、ガルムは負けを認めた。残るのはお前だけだ」


 クロウは周囲を見回した。


 杖を下ろしたルナ。剣の前へ片膝をつくアイゼン。大盾を地面へ置いたガルム。


 三人を順に確かめ、最後に俺を見る。


「二度も意識を奪われておいて、なお戦うと言い張るほど恥知らずではございません。私も、敗北を認めましょう」


「これで、四人全員だ」


「ただし、あなたの態度まで気に入ったわけではございません」


「それも、すぐに慣れる」


「慣れるつもりはございません」


 四人全員が、自分の言葉で敗北を認めた。


 これでようやく、同じ場所へ向かうための話ができる。


 ◇


 戦いが終わると、急に腹が減った。


 《超再生》で身体を何度も作り直したうえ、ヴァンパイア細胞の性質を自分の細胞へ取り込んだ。力を抜いた途端、身体の奥が空になったような空腹が襲ってくる。


 戦いで崩れた場所を離れ、少し開けた岩場へ向かった。


 腰のマジックバッグへ手を伸ばす。


「どこへ行くのじゃ」


「食事だ」


「今からか?」


「今だからだ」


 中からニーナの包みを取り出し、開く。


 焼いた肉と香草の匂いが広がった。


 ガルムの視線が肉へ向き、すぐに逸れた。アイゼンも見ている。クロウだけは平然としていたが、鼻がわずかに動いたのを俺は見逃さなかった。


「食うか?」


「いらぬ」


 ルナが即答した。


「そうか」


 肉を一つ取り、口へ運ぶ。


 冷めてはいたが、柔らかい。香草の香りと肉汁が口の中へ広がる。


 セルジュが用意した固焼きのパンとは、確かにまったく違う食べ物だった。


 ニーナの言ったとおりだ。


「うまい」


「その程度で、わらわたちを懐柔できると思うでないぞ」


「思っていない。いらないと言ったから、俺が食べている」


 もう一つ食べる。


 ガルムの腹から、大きな音が鳴った。


 誰も何も言わない。


 もう一度、鳴る。


「ガルム」


「何だ」


「食え」


 ガルムは肉へ手を伸ばさず、ルナを見た。


「ルナ様が先だ」


「わらわはいらぬ。そなたが食べよ。この者がわらわたちを殺すつもりなら、先ほどの戦いで殺しておる。今さら毒を使う理由もなかろう」


「ニーナは毒など入れない」


「そなたの侍女を、わらわたちは知らぬ」


「会えば分かる」


 ルナは俺をしばらく見つめた後、ガルムへ顔を向ける。


「食べよ、ガルム」


「承知しました、ルナ様」


 肉を一つ取り、ガルムへ差し出す。


 ガルムは大きな手で受け取り、しばらく眺めた後、一口で半分ほど食べた。


 赤い目が、わずかに見開かれる。


「どうじゃ?」


「うまい」


「それだけか?」


「肉が柔らかい。塩もよい。この草も合う」


「香草だ」


「そうか。香草もうまい」


「草が香草に変わっただけではないか」


 ルナが呆れたように言う。


 ガルムは手に残った肉を見てから、ルナへ目を戻した。


「ルナ様も、食べれば分かる」


 ルナがガルムをにらむ。


 俺は包みから別の肉を取り、ルナへ差し出した。


「……そこまで申すなら、確かめてやろう」


 ルナは肉を受け取り、小さくかじる。


 赤い目が、一瞬だけ丸くなった。


「どうだ?」


「……悪くない」


「うまいだろう」


「悪くないと申した」


「もう一つ食うか?」


 ルナは一瞬だけ迷ったあと、小さくうなずいた。


「……もらおう」


 その時、今度はルナの腹が小さく鳴った。


 アイゼンがそっと顔を逸らす。


 ガルムは聞かなかったふりをして、手に残った肉を口へ運んだ。


 クロウは何も聞かなかったように視線を伏せ、ルナへ水袋を差し出す。


「お飲み物も、いかがでしょう」


「……もらおう」


 俺も何も言わず、ルナへ二つ目の肉を渡した。


「やはり、気に入ったのだな」


「悪くないと申しておる」


「アイゼン、クロウ。お前たちも食え。ガルムも、まだある。話はその後だ」


「そなたの食事であろう?」


「俺には保存食もある。それに、ニーナが、お前たち四人にも分けるよう、多めに作ってくれた」


「会ったこともない、わらわたちの分までか?」


「ああ。四人を連れて戻ると言ったら、最初から五人分を用意していた」


 ルナは、手の中の肉へ目を落とした。


「……ずいぶんと気の利く侍女じゃな」


「では、その心遣いに甘えるといたしましょう」


 クロウが肉を一つ受け取る。


 アイゼンも少し迷った末、包みへ手を伸ばした。


 一つ目こそ慎重に口へ運んでいたが、二つ目からは早かった。ガルムは俺以上の勢いで食べ続ける。クロウは食事中まで姿勢を崩さず、ルナの様子を確かめながら、自分の分を静かに口へ運んでいた。


 ルナは王女らしくゆっくり食べようとしていたが、空腹には勝てなかったらしい。


 最後には、残った肉を誰よりも気にしていた。


 四人が生きて、同じ食事を囲んでいる。


 滅びた未来では、望んでも二度と得られなかった時間だ。


 胸の奥へ、言葉にできないものが込み上げる。


「何を見ておる」


 ルナが肉を持ったまま、俺をにらむ。


 今のルナに、この感情の理由を話すことはできない。


「食い過ぎだと思った」


「そなたとガルムに言われたくはない!」


「俺は再生に使った」


「わらわも魔力と血を使った! そのうえ、そなたに王血まで奪われた!」


「なら、もっと食え」


 残っていた肉を渡す。


 ルナは文句を言いながらも受け取った。


 拳で認めさせる戦いは終わった。


 だが、勝ったからついてこいと命じるだけでは足りない。


 四人自身に、俺と共に歩く道を選ばせる。


 そのために次は、俺が何を守り、何と戦うつもりなのかを伝える番だった。

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